ニッセイ情報テクノロジー株式会社様では、2022年4月に「Insurtech 推進室」(インシュアテック・ラボ)が新設され、アジャイルの推進に組織で取り組まれています。レッドジャーニーは同年より支援を行ってきました。レッドジャーニー主催のカンファレンス「Red Conference 2023 October」(2023年10月開催)で行われた、Insurtech 推進室 室長の小泉様とレッドジャーニーの市谷による対談の概要をご紹介します。
※肩書、部署名などはイベント開催当時の情報です。
ニッセイ情報テクノロジー
株式会社
保険インフラ事業
Insurtech 推進室 室長
小泉 岳人 様
株式会社レッドジャーニー
代表
市谷 聡啓
あらためて実感した、アジャイルコーチの存在感
市谷 聡啓(以下、市谷):
インシュアテック・ラボさん(Insurtech 推進室。以下、ラボ)と私たちレッドジャーニーが活動をともにするようになって1年半ほどになりますが、その前はどんな様子だったのでしょうか?
小泉 岳人様(以下、小泉様):
レッドジャーニーさんに声をかけさせていただいたのは、ラボの設立直後でした。
その前は、私は生命保険会社のSI開発に携わっていました。SoR(System of Records)と言われる社内の管理システムを扱う開発で、安定性や正確性が重視されるところです。
社会の変化に伴い、顧客との接点を強化するためのSoE(System of Engagemenet)開発の必要性が増したり、クラウドの活用が進んだりといった流れの中で、アジャイル開発に取り組む機会が少しずつ増え、そのケイパビリティの蓄積と全社展開が本格的に必要だと考えたことがラボ設立の経緯です。
市谷:
いろんな選択肢があった中で、レッドジャーニーにお声がけいただいたきっかけは何かあったのでしょうか?
小泉様:
ラボを設立し、書籍やウェブを参考にしながら取り組みを進めようとしていた中で、ちょうどその頃に出版された市谷さんの本『デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー』と出会いました。「探索」と「適応」についての考え方や枠組みが、自組織にも絶対に必要だと感じました。
市谷さんのスライドをすべて拝見して、ぜひお話をうかがいたい、と。その後、レッドジャーニーさんのイベントに参加させていただき、お声をかけさせていただきました。
市谷:
何かを感じてくださったんですね。ありがとうございます。
これまで試行錯誤を重ねながら活動してきたわけですが、レッドジャーニーとの取り組みの中で最初に気づいた変化はどんなことでしたか?
小泉様:
最初は、何をどう支援してもらうのかがあまりよく分かっていなかったんです。何かアドバイスをしてくれるのかな? というくらいのイメージを持っていたのですが、実際は思った以上に深く関わってきてくださったのでびっくりしました。
いただいたアドバイスの中には、その意味がすぐには理解できなかったものも正直ありました。後になってその重要性が分かることが多かったので、コーチという存在は大きいとあらためて感じます。
市谷:
「こういうことをした方が良いのではないか」というのは、えてしてご自身が既に気づいていることが多いものです。コーチにもいろんなスタイルがありますが、私たちのスタンスとしては、そこから最初の一歩を踏み出していくところを一緒に取り組んでいくことが大事だと思っています。ただアドバイスをして終わりというのではなかなかうまくいきません。
ちなみに、後から「なるほどそういうことか」と気づいたというのは例えばどんなことでしょうか?
小泉様:
「合宿」は、割と早い段階から勧めていただいていたのですが、実施したのは半年くらい経った後でした。実際にやってみると「もっと早くやっておけば良かった」と思いました。
市谷:
タイミングはそれぞれですから、その経験がこれから生きてくると良いですね。
「To」だけではなく「From」を捉えることの重要性
市谷:
支援させていただくようになった最初の頃、ラボの皆さんがミッションをしっかりと掲げられて「ラボで何を実現したいのか?」という問いに真剣に向き合っていらっしゃるのがとても印象的でした。
その印象は今も変わりません。一人や二人ではなくラボ全体で「そこに向かっていくぞ」という想いを持っている。その「まじめさ」ゆえに直面する課題だと思いますが、何でも一生懸命に取り組もうとするあまり、やるべきことが山積し身動きが取れなくなってしまうというのが最初にぶつかった壁でしたよね。
自分たちの現状や方向性を確認するための問いかけをさせていただきましたが、こちらからの働きかけを素直に受けとめ、スムーズに切り替えて動いていかれる様子も印象に残っています。
「今のままではいけない」という意識を持ち、適宜やり方を工夫しながら取り組まれる姿勢は、変革に挑むチームとして非常に良いところだと思います。複数の難しい課題に対して一生懸命取り組みつつ、一方でちょっとした違和感にもきちんと目を向けて切り替えていける力は、変革に挑む上でとても大事です。
レッドジャーニーに対しては、どんな印象をお持ちでしょうか?
小泉様:
市谷さんはたくさん著書を出されていることもあり、「有識者」としてアドバイスをしたらあとは様子を見るというような関わり方をイメージしていました。実際は、私たちの状態を深く理解した上で適格なアドバイスをしてくださることに最初とても驚きました。市谷さんだけではなく関わってくださった他のメンバーの皆さんも、当初抱いていた「コーチ」のイメージとは違いましたね。
変革伴走者としては、「To」だけではなく「From」を大事にされていることが伝わってきます。私たちも伴走者として保険会社さんの新しい取り組みをサポートしていきたいと考えていますが、自分たちがやりたいこと(To)だけではなく、現状(From)をしっかりと捉えることが非常に大事だなと感じています。
市谷:
変革の場面では特に「どこへ行こうか」という「To」に着目しがちです。でも、活動の主体は「人」ですから「今していることからどう移行してToへ向かうのか」「どのようにしてギャップを乗り越えていくのか」を着実に考えないと、力ずくではうまくいかないことが多いでしょう。
私たちも様々な組織を支援する中で、決して順風満帆ではなく、毎回何かしら躓いたり学んだりしながら「From」から「To」への過程が大事だと意識するようになってきました。見落とされがちな「From」に目を向けて一緒に乗り越え方を考えましょう、というところを重視しています。
小泉様:
私たちの「To」に向けて伴走するのと同時に、レッドジャーニーさんとしての「To」もあることを感じています。レッドジャーニーさんも何かしらのミッションを持って私たちの変革に関わってくれているというのは、とても興味深いです。
市谷:
「変革」が大きく言えば「日本の組織」に共通する課題となっている今、どの業界のどの組織も変わっていかなくてはならないという想いがあります。ある組織でうまく突破できた事例は他の業界でも参考になるはずですから、いろんな形で発信し共有できれば、「日本の組織」全体にとって有意義なはずです。
だからこそ、ただひたすらに目の前の方にとっての「To」を実現しましょうということだけではなく、「どんな変化がどうやって起きたのか」ということを丁寧に捉えるようにしています。そこから学びを得て、他のところに伝えていけたらと思っています。
右手に「正しいものを正しくつくる」、左手に「組織を芯からアジャイルにする」
市谷:
ラボで取り組んでいることを大きく分けると主に二つの取り組みがあります。
1つ目のキーワードは「正しいものを正しくつくる」。プロダクトづくりを探索的にできるようにしようというテーマで取り組んでいます。もう1つは「組織を芯からアジャイルにする」。アジャイルの考え方や取り組み方を組織運営や様々な業務に適用していこうという取り組みです。
これらはお互いに影響しあっています。組織がアジャイルになっていくためにはプロダクトづくりを通じて探索的な取り組み方を経験していくことが大事ですし、組織がアジャイルになっていくからこそ、プロダクトづくりや事業づくりが機動的にできるようになっていきます。相互に補完し合う関係にありますから、両方に取り組んでいく必要があります。
しかし、価値創出と組織変革を両面で進めていくのは非常に難しいことです。実際に取り組まれてみて、どんなことを感じていらっしゃるでしょうか? 順番に、まずは価値創出についてお聞きできればと思います。
小泉様:
私は、市谷さんの著書である『正しいものを正しくつくる』を読んで仮説検証とアジャイルにぜひ取り組みたいと思ったのですが、実際にやってみるととにかく「難しい」の一言に尽きます。
市谷:
特にどの辺りに難しさを感じられますか?
小泉様:
仮説検証のポイントが複数にわたる点でしょうか。
まず、誰にとってのどんな価値か? ということを考えなくてはなりませんよね。そして、その仮説が少し立ったと思ったら次はそのレベル感について検証が必要になってきます。「課題は?」「機能は?」というように価値を具現化するためのポイントが幾つかありますよね。そこをクリアすればうまくいくのかなと思いきや、さらに「我々はなぜその価値に取り組みたいのか?」というような自分たちのミッションやビジョンまで見ていかなくてはなりません。これらがいずれも重要だという点が、非常に難しいと感じます。
市谷:
たしかに難しいですよね。仮説キャンバスなどのフレームを利用する理由がそこにあります。1つの枠組みで捉えることができるので、偏りや見落としを防ぐことができます。
今、どれくらい手応えを感じていらっしゃるでしょうか?
小泉様:
プロダクトマーケットフィットと言えるような、グロースしていくプロダクトはまだ作れていませんから、実際はまだまだだと思っています。
ただ、開発メンバーが価値創出やプロダクトづくりに対して前向きに取り組んでいけるような雰囲気はできていますので、組織づくりという点では少し手応えを感じています。引き続き成果を出せるように取り組んでいきたいです。
市谷:
ラボ単体に限らず所属する事業部や会社全体を見たとき、ミッションや役割をどう捉えていらっしゃいますか?
小泉様:
会社としては金融に関わる保守というミッションクリティカルな側面が大きく、大規模開発が多いですから、おのずとウォーターフォールが主体になりやすいのですが、それらをすべてアジャイルに切り替えようとは考えていません。ウォーターフォールであっても、価値を探索することやアウトカムを重視していくことは当然必要ですが、だからと言って「ウォーターフォールかアジャイルか」という二極論で語るのではなく、「度合い」を見ながら変革していくような進め方が重要です。
実際、ウォーターフォールの開発でも変化への意識は年々高まっていますから、そこを進めていくことがラボの重要なミッションだと感じています。
市谷:
アジャイルに取り組んでいこうという領域もあれば、今までのようにフェイズをしっかりと切る進め方が求められるところもある。どちらか一方へ振り切れるほど事は簡単ではありませんから、「それぞれのやり方をどう加減すればうまくいくか?」に意識を向けられているということですね。
小泉様:
おっしゃる通りです。今、大規模なウォーターフォール開発の中で「全体PMO」(全体を横断的に見るプロジェクトマネジメントオフィス)のような組織をお客様と一緒に運営しています。アジャイルのフレームワークを使って、デイリースクラムやふりかえり、スプリントプランニングなどをしながら取り組んでいるのですが、ウォーターフォールであってもそうした進め方は変化に適応する上でとても重要だと実感しています。
事業部の運営にもアジャイルのフレームワークを活用しています。プロダクト開発に関する「正しいものを正しくつくる」の考え方が組織運営にも活きているので、両方をバージョンアップしていく必要性を感じています。
市谷:
素晴らしいですね。どちらか一方だけでも難しいことを、両方並行して取り組んでいくというのは本当に大変です。実現できている組織は限られると思います。進めていく中でどんな難しさを感じていらっしゃいますか? また、それをどんな風に乗り越えていらっしゃるのでしょうか?
小泉様:
私たちの組織の特徴として、両方を考えないと進まないということが大きいと思っています。つまり、ウォーターフォール中心にならざるを得ない環境にありながら、変化にも適応していく必要があるという状況下では、少しずつ実験しながら進めていくしかないんですよね。できているかどうかは別として、アウトカムを出すには両方に取り組む以外にありません。
チームや組織、個人の成長を支えてくれたもの
市谷:
難題に挑むラボの取り組みは、組織にとって大きな希望なのではないでしょうか。小泉さんは、この先の未来に向けてどんなことを考えていらっしゃいますか?
小泉様:
これは私個人の考えですが、元々ラボは3年で終了するつもりでいました。ここまでがちょうど1年半ですから、折り返し地点に立っています。「どう終わらせるか?」を考えると、まずはプロダクトを生み出して、しっかりとプロフィットを出していく部門になっていきたいという想いがあります。また、育成や戦略に関わる全社組織へ格上げしていくという展望も持っています。このいずれか、あるいは両方を実現して、解散できれば良いなと考えています。
市谷:
そのストイックさが私は大好きです。3年で終えるということをさらっとおっしゃるのはすごいと思うのですが、なぜ「3年」なのでしょうか?
小泉様:
キリがいいからでしょうか(笑)。そもそも「ラボ」(研究室、実験室)と名づけられた組織ですから、何かしらの発展的解消をしていかなくてはならないとは思っていました。
市谷:
あえて期限を置くことで、やりたいことや実現したいことを進める手がかりができるという面はあるかもしれませんね。
小泉様:
たしかに、1年半でできることしかやれないとなると優先順位が付けやすいというのはありますね。
市谷:
この先、どんなことに「ワクドキ」感を感じられますか?
小泉様:
「ワクドキ」で一番に思いつくのは自分自身の成長でしょうか。組織の室長という立場でこんなことを言ってはいけないのかもしれませんけど(笑)。数年前まで何も分からなかった自分が、この1年半でいろんな方に教わりながら新しいスキルを身につけたり、そのスキルを元々のSoRの開発に活かせたりしているというのは、すごく「ワクドキ」感があります。
もちろん、チームや組織の成長も実感していますから、それが会社全体や業界全体、さらには日本全体へ広がっていく可能性があると考えると、とても素敵ですし大きな「ワクドキ」を感じます。
市谷:
主語が大きくなるほど直面する課題も大きくなっていきます。私たちが貢献できるところは尽力していきたいと思っていますが、レッドジャーニーに期待されるのはどんなことでしょうか?
小泉様:
自分たちだけでは考えられる範疇が限定的になり、どうしても気づけない部分があります。我々が思う「常識」をどんどん壊していただけることを期待しています。今までも、それでだいぶ助けていただいたと感じています。
市谷:
自分たちの「前提」とは違った考え方を取り入れながら進めていけるのは良いですね。
残りの1年半も、恐らくあっという間だと思います。ちょうど折り返し地点でこうしたお話ができて良かったです。いろんなことを確認し、また前へ進んでいける良い機会になったのではないでしょうか。
同じようにプロダクトづくりや組織のあり方を変えていこうと取り組んでいらっしゃる方が恐らくたくさんいらっしゃいますが、そんな皆さんへ、ぜひメッセージをいただければと思います。
小泉様:
プロダクトづくりや組織づくりは本当に不確実性が高く、私たちも1年半ずっと悩み続けているのが実情です。そんな中で何とか進めてこられたのは、レッドジャーニーさんのサポートはもちろん、「コミュニティ」の支えも大きかったと思っています。アジャイルやプロダクトづくりに関するコミュニティは結構たくさんありますから、そういうところで知見を共有し合いながら一緒に成長していけると嬉しいです。
市谷:
今に至るまでアジャイルを盛り立ててきたのは、「コミュニティ」の力が大きいと私も思います。今回のようなカンファレンスも活用していただきながら、みんなでアジャイルの取り組みを進めていけると良いですね。
今日はお忙しいところありがとうございました。
小泉様:
ありがとうございました。