刻一刻と変化し続ける世の中に適応しながら、新たな価値を創出し続けるために、組織変革の必要性が叫ばれています。変革の足掛かりの一つが、ソフトウェア開発で用いられてきたアジャイルの手法です。アジャイルの持つ探索と適応のシステムは、まさに新しい時代に組織が身につけたいものと言えますが、実際に定着させるまでには数々の難題を乗り越えなくてはなりません。アジャイルという新しい取り組みを組織に展開し浸透させるためには、どのようなアプローチが必要でしょうか。
野村證券株式会社様では、IT部門以外の社員も参加する社内勉強会を開催され、レッドジャーニー代表の市谷が講師としてお話させていただきました。500名以上が参加したという社内勉強会の狙いと成果、参加者を集めるための発信の工夫について、企画された南嶋様にお話をうかがいました。
話し手:
野村證券株式会社 コーポレートIT部
Vice President 南嶋様
聞き手:
株式会社レッドジャーニー 市谷聡啓
※部署、肩書はインタビュー当時のものです。
アジリティ、柔軟性を高め、価値を生み出す組織へ
市谷:
はじめに、部署としてのミッションや活動内容について、また、南嶋さんの役割についてお聞かせいただけますか。
南嶋様:
野村グループの中にアジャイルを浸透させることが部署のミッションと捉えています。
アジャイルを通して変化に素早く対応できるような組織になっていきたいと考えています。
その中で私が担っているのは、具体的にどうやってアジャイルを広めていくのか、そのプランと実行の部分です。
前職でのチェンジマネジメントの経験と一般的なセオリーをもとに、より自組織に合った形を模索しています。
市谷:
アジャイルの組織展開を主なミッションとする部署は他にもあるのでしょうか。
南嶋様:
デジタル化の推進を担う部署は幾つかありますが、アジャイルの推進をメインの業務として取り組んでいる部署はないと思います。
チェンジエージェント(組織変革を促す役割)については、有志によるコミュニティのような形で取り組む人たちもいて、社内でも関心の高いテーマだと思います。
市谷:
自組織にアジャイルが必要とされる背景として、どのような組織課題があると思われますか。
南嶋様:
一言で言うと、アジリティ(機敏性)を高めたいということでしょうか。
金融機関という性質上、綿密な計画をはじめとした「慎重さ」がより重視される傾向にあります。
その良さはもちろんありますが、一方でスピード感や柔軟性をもって対応すべきこともありますから、優先度を臨機応変に変更できる状態にしておく必要があると思います。
市谷:
そうした課題は以前から認識されていたのでしょうか。
南嶋様:
常々考えられてきたことでしょうし、その流れの中でアジャイルの推進という方向性が出てきたのではないかと思います。
私自身もその方向性のもとで入社していますし、社内のいろいろな方とコミュニケーションする中で、多くの人がアジャイルは既に「当然のもの」または「必要なもの」として捉えられている印象を受けます。
アジャイルに対する考え方は人それぞれですが、「価値を生み出す働き方」が求められていることは実感しています。
グループへアジャイルを浸透させるために、まず取り組んだこと
市谷:
この一年間、どのような取り組みに注力してこられたのでしょうか。
南嶋様:
まずは、「アジャイルマニュフェスト」(アジャイルソフトウェア開発宣言)などをベースとして、より具体的に価値観や行動指針を定義するところから始めました。
部門やチームによってビジネスの形やシステム、働き方が大きく異なる中で、野村として何を実現したいのか? とグループ全体を対象として捉えている点が、大きなポイントだと思います。
市谷:
「アジャイル」という言葉には本当にいろんな意味があって、開発や開発以外の業務、あるいは価値観という意味合いで語られることもあります。
グループにおける「アジャイル」の定義づけや行動指針を整理されることは非常に大事ですね。
それがないと、同じ「アジャイル」という言葉を使っていても、うまく噛み合わないということが起こってしまいます。
南嶋様:
グループとして推奨するチームの形や役割、働き方などを定義していますが、あくまでも「推奨」であって、これをベースに各部門でアジャストしていくイメージです。
完全に横展開するのは難しいと思いますから、最小限のベースとなる部分と言葉の定義を揃えていきたいと考えています。
そこをある程度共有できれば、その後のコミュニケーションや異動した場合のキャッチアップもスムーズになるのではないでしょうか。
IT部門に限らず幅広くアジャイルを知ってもらうために
市谷:
今回、社内勉強会を企画、開催された狙いをお聞かせください。
南嶋様:
アジャイルを広めていくための最初のステップとして、ITに限らずより幅広い部門でアジャイルについて知ってもらいたいという狙いがありました。
関心を持っている部門や、実際に取り組み始めている部門もありますが、まだ一部ですし、IT部門以外ではアジャイルという言葉も聞いたことがない人もいるのが現状だと思います。
勉強会を通して、少なくとも聞いたことがある、何となく意味するところが分かる、というくらいまでの理解と認識を得たい。難しいことや具体的なことは、もう少し先のステップで構わないと考えました。
市谷さんに講演をお願いしたのは、弊社でサポートしてくださった経験がおありですし、経験も豊富ですから、そうしたイメージを察知した上で、参加者のバックグラウンドやテーマに合うお話をしてもらえるのではないかと思ったからです。
※参考:野村グループ様のアジャイルの取り組みについてうかがったレッドジャーニーによるインタビュー記事
- 組織アジャイルへの挑戦。初めての仮説検証がチームにもたらしたこと ―Red Conference DAY1 野村證券株式会社(前編)
- 正解も終わりもない、難しいからこそおもしろい「アジャイル」の世界 ―Red Conference DAY1 野村證券株式会社(後編)
- 半信半疑で飛び込んだ仮説検証型アジャイル開発と、その先に見えたフロンティア ー野村證券株式会社
- 【対談】デジタルトランスフォーメーションで組織は変わるのか ~アジャイルな価値創出の挑戦~ 野村ホールディングス株式会社(前編)
- 【対談】デジタルトランスフォーメーションで組織は変わるのか ~アジャイルな価値創出の挑戦~ 野村ホールディングス株式会社(後編)
アジャイルの「本質」に触れた勉強会
市谷:
実際にお話を聞いていただいて、南嶋さんの印象に残っているのはどんなことでしょうか。
南嶋様:
幾つかありますが、冒頭の「なぜ、アジャイルなのか?」というお話から非常に共感できました。コミュニケーションする上でのアプローチ方法としても勉強になりました。
同様に、アジャイルの「はやさ」についての観点も非常に参考になりました。
市谷:
一般的に、アジャイルだと早くものができる、早く活動が終わるといった速度的な「はやさ」のイメージがありますが、結果としてそうなることはあるものの、よりアジャイルの本質に近いのは「適応のはやさ」です。
やってみて、分からなかったことが分かるようになるという学びと、それに基づいて次にとる判断や行動をより適切に近づけることができるようになります。
南嶋様:
一番印象に残っているのは「最適化の呪縛」というお話です。私以外にも多くの人が共感し実感できた部分ではないかと思います。
※最適化の呪縛とは
1980年代の日本企業では、組織の構造、体制、業務、技術、意思決定に至るまであらゆることにおいて「効率性」が優先され成果をあげていました。効率化を極めるべく、選択肢が限定され標準化が進んでいきました。
やがて時代は移り変わり、近年においては、急激かつ急速な変化に柔軟に適応しながら常に新たな価値を創出し続けることが求められるようになってきています。ところが、長きにわたり「効率化への最適化」に徹してきた組織が、その指向性のまま新たな価値の「探索」と変化し続ける環境への「適応」を実現しようとしても、容易なことではありません。
より良くなろうとするほどに“最適化”に嵌る。我々が今直面しているのは、1980年代から連綿と培われてきた“最適化”の呪縛と言えます。
500名以上の参加者を集めた工夫
市谷:
今回の参加者数はどれくらいだったのでしょうか。
南嶋様:
500名以上が参加して、半数以上はIT部門以外の所属の社員でした。終了後の調査では、およそ92%の方にポジティブなフィードバックをいただきました。
市谷:
ありがとうございます。実際の反応をご覧になって、どんなことを感じられましたか。
南嶋様:
実践している人が思った以上にいるということと、一方で、まだ全然声が届いていないということも感じました。
話したり聞いたりする機会が足りなかったというのは大きな気づきで、まだまだやることがあるのだなと思っています。
市谷:
500名という参加者数はすごく多いと思うのですが、発信する上でどんな工夫をされたのでしょうか。
南嶋様:
草の根的な発信が、意外と届いていたという感じです。
私も野村グループでの就業経験が浅かったので、どう広げたらいいのかメンバーと相談して、まずはIT部門の全員に案内を送りました。
また、少し前にビジネス部門を交えたアジャイルに関するワークショップが開催されていたので、その参加者や関連する部門へも送って、そこから興味のありそうな人に転送してもらいながら徐々に広げていきました。
今後は、今回参加してくれた500名以上の社員とのネットワークが発信のベースとして生かせると思います。
市谷:
大きな組織の中でこうした新しい取り組みをする場合、声をあげれば人が集まるかと言うと、そんなチャネルやルートがないことも多いですし、場があっても気づいてもらえないこともあります。多くの組織で苦労しているところだと思います。
そんな中で、切り口となる人を発端として口コミのように広げていくという活動を意図的にやっていかなくてはいけないというお話は、非常に参考になるのではないでしょうか。
仲間とのふりかえりが次のステップへ進む原動力になる
市谷:
アジャイルへの取り組みを進められてきて、どんなことを感じていますか。
南嶋様:
取り組みには終わりがないと思っています。人によって求めるものも理解度も異なりますから、セグメントを作ってやっていく必要があります。
また、何が当たるか分からないという側面もありますから、探索と適応が必要です。
やってみて、受け入れられることとそうではないことを、反応を見て学びながら、次のステップを考えていくことが大事だと思います。
市谷:
継続することが重要になってくると思いますが、不安や懸念されていることはあるでしょうか。
南嶋様:
すべてがうまくいくわけはありませんし、労力に見合った成果が出ない経験は今までもしてきています。
うまくいったことと、いかなかったことをふりかえることが必要です。
思うような結果にならなくても、原因を分析し、次に繋げていこうという実験的な気持ちで取り組んでいくしかないのではないでしょうか。
私たちも次のステップへ向かうため必然的にふりかえりをしています。
「だめだったね」と時に愚痴を言い合えるような仲間がいれば、次に進んでいけますよね。
失敗を笑い飛ばすくらいの心持ちで取り組もう
市谷:
今後、どんなことに取り組んでいきたいとお考えですか。
南嶋様:
アジャイルについて、「何だろう?」というアウェアネスの段階から、「ちょっと良さそう」「必要なのかもしれない」と思ってもらい、さらに「やってみよう」と自分事にしてもらうまでには、幾つかステップがあると思います。ステップごとのコミュニケーションをしていけたらいいですね。
コミュニケーションをとりながら、原則をしっかりと理解してもらった上で、具体的に自分のチームで何ができるか? のアイデアに辿り着けるところまで導いていけたら、その後も一緒に取り組んでいけるのではないかと思います。まずは、いろんなことを試しながら話をしていきたいです。
部門やチームごとに、変えられるところと変えられないところがあるのは仕方のないことです。
どうしても変えられないところがあっても、他のチームがどうやって乗り越えているのかを共有できれば、端から諦めてしまわずに前を向いて進んでいく励みになるのではないでしょうか。
市谷:
これからアジャイルに取り組もうとする方、組織で広めようとする方にとって、今回のお話は大きなヒントになるのではないかと思います。あらためて、何かメッセージをいただけますか。
南嶋様:
失敗を笑い飛ばせるような心持ちで取り組むと続けられるのではないでしょうか。
害になる失敗というのは、あまりないと思うんですよね。失敗しても、そこから学びながら取り組みを広げていけば、きっと共感してくれる人が増えていきます。それが自分のモチベーションにも繋がって、失敗してもまた新たな気持ちで取り組みに向かっていけるのではないでしょうか。
市谷:
今日はありがとうございました。