大企業や伝統的な業界では特に難しいとされるDXを推し進めるべく、野村ホールディングス株式会社では2019年4月未来共創カンパニーが創設され、レッドジャーニーは2020年からアジャイル支援を行ってきました。提供価値の変革と組織の変革、二つの変革を備えたDXを実現するためには組織横断的な取り組みが不可欠ですが、多くの組織で抱える「水平上の分断」がそれを難しくさせています。未来共創カンパニーは大きな組織の中の「出島」として探索的な活動を担い、獲得したケイパビリティをやがて組織全体へ広げていくという使命を持って取り組みを進めてきました。小さなところから経験を積み重ね、活動を継続してきたチームに訪れた変化とは。執行役員 未来共創カンパニー長池田肇様にお話を伺いました。(聞き手:レッドジャーニー 市谷聡啓)
※役職・肩書は当時のものです。

この記事は後編です。前編はこちらです。

日本の企業がこれから新しい価値創出に取り組む意義とは?また、新たな価値創出に向けて必要なこととは。

市谷:未来共創カンパニーでは、FiNTOS!OneStockなどの新しいサービスをこの数年で提供されていますよね。新しい価値創出のためには探索的な取り組みが必要です。多くの日本企業にとってはあまり慣れていない領域と言えますが、そこへ乗り出していく意義とはどのようなことでしょうか。

池田様:お客様のライフスタイルや価値観と連動するように、お客様のニーズも大きく変化しています。最も大事なのは、そのことにどれだけ真剣に向き合っているか。期待に応えることにとどまらず、潜在的なニーズを捉えて期待を越えていくことが求められています。それが新しい価値の創出であり、会社としてそこに投資できるようになれば大きな成長へとつながるはずです。

 未来共創カンパニーで、市谷さんのような外部の方々との接点を多く持つようになり、多様な経験や価値観を持ち寄りながら取り組むことによって新しい価値が生まれることに大きな可能性を感じています。まったく新しいことというよりは、何かと何かを組み合わせたりすることから、イノベーションというのは生まれてくるのではないでしょうか。

市谷:たしかにそうですね。伝統的な大企業が外部との接点を作ることで新しい何かを生み出そうとする動きは、この数年で非常に増えていると感じます。これは意図的な経営判断によるものなのでしょうか。

池田様:この20年間、欧米や中国では、時流をとらえ広く受け入れられるサービスを生み出すことで大きく成長を遂げた企業の事例が多く見られます。一方、翻って国内に目を向ければ、そういった事例がほとんど生まれていません。我々証券会社としても忸怩たる思いですし、責任も感じているところです。

 しかし、見方を変えれば我々にもチャンスがあるということです。新しい価値を創出し、大きく成長できる可能性があることを、日本の経営者の方々も感じているのではないでしょうか。この挑戦には大きな意義があります。このムーブメントを日本全体に広げていくことが重要です。

市谷:重要な観点ですね。一方で、取り組み方や進め方には注意が必要です。外部の人材と協働し、新しい技術を活用したり仕事の進め方を大きく方向転換しようとしたりして従来のやり方を否定してしまうと、対立が生まれ、うまく進まないことが多いからです。

 本のなかでも大きなテーマとして取り上げていますが、アップデートという概念を手放すことが必要です。「これまで」も「これから」も両方を残しつつ、状況に応じて取捨選択して使い分ける、あるいは第三の道を模索するなどの方法で活かしていくことが大切です。「あれかこれか」という二項対立ではなく、「あれもこれも」という二項動態を目指すのです。

 組織の中には様々な「分断」が起こります。「深化」と「探索」、「既存」と「新規」、「経営」と「現場」など、容易に起こりえる分断をどう乗り越えていくのか。これはDXの大きなテーマの一つです。

 また、新しい価値創出を進めるためには、探索のケイパビリティとしてアジャイルや仮説検証といった組織能力を獲得していく必要があります。そのためには、いわゆる「出島」を作り、そこでスピード感をもって小さく繰り返し活動を行いながら定着させていきます。そして、出島で得られた知見や経験、人材を転用しながら新しいケイパビリティを既存事業へ伝えていくのです。出島での取り組みをそこで終わらせるのではなく組織本体へ展開していってこそ、大きな組織としての強みが活かされるのではないでしょうか。

 仮説検証などの探索やアジャイルな仕事の進め方を組織の運営に活用する動きは、少しずつ増えてきています。未来共創カンパニーも、アジャイルの取り組みを既存の事業部門でも活用できるように伝えることをしていますよね。私にとっても非常に大きな学びとなりました。

 アジャイルはソフトウェア開発に端を発したものですが、これからは組織運営など企業の取り組みにも適用していく必要があると考えています。アジャイルを組織運営に適用することで何が大きく違ってくるかというと、スピード感です。

 IPAによる「DX白書2021」では、日本と米国を比較した様々なデータが示されています。「評価や見直しの頻度」について見てみると、顧客体験価値(CX)の向上推進、従業員体験価値(EX)の向上推進、新規事業への予算配分、事業ポートフォリオの作成、戦略の見直しといった、まさに組織が重要視すべき観点について、米国のボリュームゾーンは「毎月見直す」となっており、毎週見直しを行う企業も少なくないことが分かります。一方、日本のボリュームゾーンは「評価対象外」です。毎月どころか年に一度すら見直しを行わないとなると、その差は歴然としています。

大企業にとっての「アジャイル」とは?

市谷:とりわけ大企業にとっての「アジャイル」とは、どのような意味を持つものでしょうか。また、どのような向き合い方が必要だとお考えですか。

池田様:アジャイルは、状況や目標などの変化を前提としてフレキシブルにアプローチしていく考え方だと思います。大企業では、現状の延長線上に目標やゴール地点を定め、そこへ向かって最短・最速・最大で進むという効率を重視した考え方がとられがちですから、考え方や発想の転換が必要です。しかし、そうしたフレキシビリティは今のような時代には不可欠なのではないでしょうか。

 気をつけなくてはならないのは、アジャイルには軸が必要だということです。これは二年前に市谷さんから言われたことで、市谷さんは「背骨」という表現を使っていたと思います。アジャイルは軸がないと大きくぶれていってしまう可能性があるということを、取り組みが進むにつれ痛切に実感するようになりました。自分たちにとっての「背骨」となる軸とフレキシビリティを、どうバランスをとっていくのかが重要です。大企業にアジャイルの考え方や発想が根づき、そのバランスがとりやすくなれば、会社として本当の成長を目指せるようになると思います。

 その上で、見直しの指針となるデータを整備することが非常に重要です。意外と見落とされるケースがあり、ボトルネックとなることがあります。

市谷:組織としての軸とフレキシビリティを両立させることは、二項動態の概念にも通じます。軸を持ちながら状況の変化にどう対応していくのか。まさしくバランスが求められます。そして、「今何が起きているのか」「顧客は何に関心を持っているのか」など現状を正しく捉えることなくして、フレキシブルな対応は実現しません。おっしゃる通り、適切なデータの収集と活用が重要だと思います。

伝統的な企業の中で、どうすれば「アジャイル」や新たな思考と行動を展開、浸透させることができるのか?

市谷:私はおよそ20年にわたり様々な組織でアジャイルに取り組んできました。アジャイルを広げていく場面で感じるのは、伝統的な歴史ある企業ではアジャイルの考え方、探索的な視点や思考、行動が受け入れられにくいということです。大企業に限らず、地方の企業でも同様です。どのような伝え方をしていけばスムーズに理解を得られるのでしょうか。ぜひ、経営側の視点からアドバイスをいただければと思います。

池田様:小さくても成功体験があるといいのではないでしょうか。一年くらいは小さな失敗には目をつぶり、経験を重ねていくことです。我々も道半ばです。ここに至るまでの間にアジャイルの洗礼も受けました。市谷さんにご指導いただきながら試行錯誤するうちに、少しずつ形になっていき、この二年ほどはアジャイルの良さを実感する機会が確実に増えてきています。アジャイルとウォーターフォールを案件によって使い分け、やがて自然にアジャイルを選択できるようになっていく。そんな風にして一人でも二人でもアジャイルの本質を感じてもらう機会ができれば、そこから広がっていくのではないでしょうか。

市谷:ぜひ、日本中の企業へ届けたいメッセージです。

池田様:今や外部のアドバイザーの方も賞賛するくらいアジャイルに長けた営業マンがいます。最初はデジタルツールも使いこなせないようなところから、市谷さんに伴走支援していただきながら少しずつ経験を積んでいったのです。もちろん本人の努力もあったと思います。彼の姿に刺激を受けて周りのメンバーも徐々に変わってきています。光が見えてきたと感じています。

市谷:小さなところから経験を重ね、体験することが大切だというメッセージは、経営層の方々へまだ十分に届いていないと感じます。伝えていきたいと思います。

これからのDX、目指していく組織の変化とは。

市谷:三年前の未来共創カンパニー創立当時と今を比較して、大きく変わったのはどんな点でしょうか。

池田様:一番大きな変化は、投資家の裾野が爆発的に広がったことです。少額からの投資やオンラインでの口座開設をはじめ、多様な金融情報がオンラインで得られるようになったことで、投資をする人が劇的に増えたのです。未来共創カンパニーを立ち上げた三年前から、お客様のジャーニーに合わせてサービスを一つずつデジタルに置き換えていきましたが、ちょうどいいタイミングだったと思います。三年間で培った発想や考え方が、未来共創カンパニーという一部にとどまらず会社全体に広がりつつあります。非常にいい変化です。

市谷:これからのDX、目指していく組織の変化についてはどうお考えですか。

池田様:お客様の目線に立ってサービスを作っていく、顧客起点の姿勢をさらに進化させていくことが重要です。そのためにはお客様の行動パターンなどのデータが必要となりますが、お客様の期待を越えるようなサービスをご提供できなければ、データをお示しいただくことも難しくなっていくでしょう。組織としては横断的な取り組みを一気に進めていくことが必要です。小さく実験的に始め、横串を通していくような取り組み方が少しずつ可能になってきています。

市谷:日本の組織は本当にいろんな課題にぶつかっていて、突破できるかどうかの瀬戸際にいる組織もあります。そこを突破して次のステージへ進めるような場を作っていく責任を感じています。20年前からアジャイルを広めようと活動してきて、今ようやく手応えを感じられるようになってきました。池田さんのお話をうかがって、やってきてよかったと感じています。感慨深いです。

日本の組織とそのDXについて、提言やメッセージを。

市谷:最後に、日本の組織とそのDXについて、提言やメッセージをいただけたらと思います。

池田様:日本のDXは遅れていると言われていますが、大逆転は十分にあると思っています。そのポテンシャルが日本にはあります。遅れているからこそ、より新しい技術を活用することができますし、先行事例だって失敗を含めたくさんあるのです。そこから学ぶことでチャンスが生まれるはずです。発展途上国などでは、通貨を基本とした伝統的な金融システムの浸透を待たずして、より先進的なデジタル金融が広まっている例もあります。

 日本の組織にはいいところもたくさんあります。すべてを壊すのではなく、何を残して何を変えていくのかを見極めることが重要です。そして、組織全体でDXに取り組むことで得られた学びや失敗などの体験や情報を、ぜひ共有してもらえたらと思います。市谷さんのような方がハブになっていただけたら、いろんなポテンシャルやチャンスが活かされていくのではないでしょうか。

市谷:ありがとうございます。大変勇気づけられました。今日はお忙しいところありがとうございました。

池田様:ありがとうございました。

〔野村ホールディングス株式会社 未来共創カンパニーについて〕
2022年4月、野村ホールディングス株式会社は「未来共創カンパニー」を「デジタル・カンパニー」へとアップデート(改組)しました。デジタル・カンパニーを中心に社内外のステークホルダーとの協働を一層拡大していくとともに、グループとしてデジタル技術の活用を加速させ、より価値の高いサービスをお客様へ提供できる体制を構築しました。
参考:野村ホールディングス株式会社ニュースリリース
https://www.nomuraholdings.com/jp/news/nr/holdings/20220301/20220301_c.pdf

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