三菱電機株式会社様では、多様化する社会課題を解決するためのソリューション開発の手法として仮説検証、アジャイルを取り入れられ、レッドジャーニーは一年間の伴走支援を行ってきました。一年間、仮説検証の手法確立とアジャイルの導入支援に取り組んでこられた古賀様、古川様のお二人にお話をうかがった今回のインタビュー。後編では、取り組みを通しての気づきや成果、今後の展望についてうかがいます。

話し手:
三菱電機株式会社 生産システム本部 設計システム技術センター ソフトウエア技術推進部
古賀様、古川様
聞き手:
株式会社レッドジャーニー 市谷聡啓
※部署名はインタビュー当時のものです。

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仮説検証の取り組みが気づかせてくれたこと

市谷:
一年間の取り組みの中で、印象に残っているのはどんなことでしょうか。

古賀様:
いくつかありますが、まず一つは、実践的な仮説検証の手法を試す「PoC」(概念検証)に取り組んだことです。最終的に、一切ソフトウェアを作らずに終わったことが印象に残っています。

実際に作らなくても検証できる方法はいくらでもあるのではないか、と感じたことをきっかけに、今まで自分がプロトタイプとして捉えていた定義を広げてみようと思いました。

チームでワーキングしながら、まず画面イメージだけ作ってみたんですが、作っているうちに気づくんですよね。これで、果たして自分たちが実現したいことを伝えられるのか?手応えが感じられるのか? そこから、お客様の体験を軸とした形へブラッシュアップしていきました。

この体験を通して、プロトタイプというものへの考え方がすごく変わりました。ソフトウェアを作るよりはるかに短時間で、しかも誰にでも作れますから、より素早く仮説を検証できる手段として大きな可能性を感じています。

失敗から学んだことも、印象深く残っています。仮説検証がうまくいっても、それを実際の事業として成立させるためには、注意深くコミュニケーションをとりながらクライアントとのパートナーシップを構築していく必要があることを痛感しました。

例えば、「インタビュー」という言葉は人によって馴染みが薄く「ヒアリング」と捉えられてしまう場合があります。「インタビュー」と「ヒアリング」では求められる事前準備や働きかけが違ってきます。自分たちとクライアントの認識にズレが生じると、相互の関係性に決定的なダメージをもたらすこともありえますから、相手のことをよく見て注意しなくてはなりません。

(古賀様)

市谷:
誰もが不慣れな取り組みですから、社内外を問わず人を巻き込むにあたっては丁寧なコミュニケーションが要りますよね。言葉の受け取り方は人それぞれ、バックグラウンドによって違いますから、「インタビュー」なのか「ヒアリング」なのか、どういうことをしたいのかといった「意図」を丁寧に伝えないと噛み合わないことがあると思います。私も、あえて「インタビュー」ではなく「ヒアリング」という言葉を使うことがあります。

古川様:
私は、初めて仮説キャンバスに取り組んだときのことが印象に残っています。

最初は何をどうすればいいのか、あらゆることが手探りでした。1ヶ月くらいの予定が、結局2ヶ月くらいかかったんじゃないでしょうか。
今ふりかえってみると、「分かること」を書こうとして戸惑っていたのだと思います。「分かること」も「分からないこと」も描くというコンセプトを教えていただいてからは、抵抗感が軽くなりましたし、難しいものだという意識がなくなって取り組みやすくなりました。自分がファシリテーションする際も、「分からないことも、ひとまず言葉にしてみましょう」と伝えています。

もう一つ印象的だったのは、「体制作り」の重要性を実感したことです。
あるプロジェクトで、体制を作らないまま資料作りから全部自分一人で抱えこんでしまったことがありました。非常に大変でしたが、最後のふりかえりのときに市谷さんから「始める前に体制作りをしておくべきでしたね」とズバリ指摘されて、「それはそうだ」とハッとしました。考えてみると、アジャイル開発を導入しようとしている人たちにコーチするとき、「体制作りが一番重要です」と私自身がいつも話しているんですよ。なぜ気がつかなかったのかな。

市谷:
仮説キャンバスは、「分かっていること」を描こうとするといろんなことが気になって、なかなか進まなくなっていきます。自分は知らなくても組織内には情報としてあるかもしれない、と調査や聞き取りをしたくなるんですね。

扱うのが仮説ですから、どういう人にどんな価値があるのかどうか、仮説として立てて、それが本当に成り立つのかどうかということを確かめていくための「目印」になるようなものなので、描いてみると「分からないこと」の方がひょっとしたら多くなるかもしれません。でも、それが出てくることによって、次に「何を分かりに行かなくてはならないのか」「何をしなくてはならないのか」を考えつくことができるようになります。

そういったことをやるにあたって、一人で全部背負い込んでいるととても大変なので、チームで取り組もうというのがアジャイルの基本線です。慣れない複雑な取り組みこそ、チームで取り組んでいくことが大事じゃないかなと思います。

メタプロセスとしての仮説検証

市谷:
仮説検証型アジャイルについては、どんな風に捉えていらっしゃいますか。

古賀様:
「要求の不確かさ」に取り組むためのアプローチの型であり、メタプロセスのようなものだと思っています。あくまでも型であり、何を優先するかは状況に合わせて調節していかなくてはなりません。

古川様:
一言で言うと「言語化」なのかなと思っています。
いろんな人と話していて、ベースに仮説検証型アジャイルのような考え方があると感じることがあるのです。言葉の端々には表れているけれども、言語化されていないから共有できなくてモヤモヤが残ってしまう。

チームのメンバーに共有するにも、仮説キャンバスに表現するにも「言語化」が必要です。「言語化」ってすごくスキルが要ると思うので、修練して高めていかないとうまく伝えられません。それが一番重要なポイントなのかなと感じます。

市谷:
メタプロセスであり言語化がコアであるというのは、まさしくそうだと思います。
「手順」として捉えてしまうと、実際に取り組もうとしていることと合わなかったり、合わせるのが難しかったりしますから、古賀さんがおっしゃったように、あくまでも「型」なんですよね。
その上で言語化が大事であり、言語化のための手段としてキャンバスや他の方法を用いるわけです。

もう一つのポイントは、仮説検証の狙いです。
よく分からないものが検証によって分かってきます。ポジティブ、ネガティブ両方の結果がありえますが、とにかく分からないことを分かるようにしていって、本当に分かるようになったのか?これは分からないままでいいのか? というところに気を向けられるようにするのが、メタプロセスとしての仮説検証の一つの狙いだと思います。

今の現場にフィットする仮説検証を、どう組織に展開するのか

市谷:
実際に仮説検証型アジャイルに取り組んでみて、どんなことを感じられたでしょうか。

古賀様:
商業面での成果など、まだこれからだと思っています。
現場では、好意的な反応がとても多く見られます。今の現場の状況にフィットしているのだと思います。仮説検証の取り組みをぜひやってみたいという相談が、今年度も既に数件来ています。
とはいえ、まだ成功体験がありませんから、先の見通しを明確に提示することができません。少しずつ成功体験を積み重ねながら、小さくアウトプットしていくことが課題です。

もう一つの課題として、コンサルティングやファシリテートの必要性が高いにも関わらず、できる人が少ないことがあげられます。回数を重ねて、できる人を育てていくしかないと思っています。

古川様:

現場で実践した人は好意的に捉えてくれますし、やってよかったというポジティブな反応がよく聞かれます。一方で、上層部へアピールし社内展開していくためには、ポイントを押さえて定量的な説明ができるように準備していく必要があると思います。現場だけではなく、組織としていかに納得感が得られるかという点が、今後の課題ではないでしょうか。

(古川様)

本当に必要とされるプロダクトを作れる組織へ

市谷:
今後の展望をお聞かせください。

古賀様:
仮説検証型アジャイル開発の手法や考え方が組織の文化として広く根付いて、本当に必要とされるプロダクトを作れるようになるといいですね。
決められたものを作るだけではなく、何も分からないところから自分たちでプロダクトを作り始めていくというのは、おもしろいことだと思うんですよ。そのおもしろさに共感してくれる仲間を増やしていきたいです。

市谷:
コンサルティングやファシリテートができる人を増やすためにも、仲間が増えていくといいですね。
今回、我々レッドジャーニーが一緒に取り組みをさせていただきましたが、どうお感じになりましたか。

古賀様:
幅広い知見を持ったプロフェッショナルの集団という印象です。様々なイベントのセッションで市谷さんの講演やスライドを拝見していますが、会社や組織の戦略レベルでアジャイルの枠組みを適用されていると感じます。

また、安易にツールや方法論の適用に走らず、「そもそも何がしたいですか?」と問いかけてくれますよね。そういうところから一緒に考えてくれるところは、他にはない特徴なのではないでしょうか。

会社の公式サイトで紹介されている記事やスライドも、情報発信の方法として参考になる点が多いです。

※参考(レッドジャーニー公式サイトより)
・事例紹介:実績一覧 – Red Journey
・読みもの:読み物すべて – Red Journey

古川様:
コメントが的確ですよね。ズバッと本質をついて一言で伝えられるところが魅力的です。
今後も機会があれば引き続き交流させていただきたいと思っています。

市谷:
ありがとうございます。

(市谷)

正しいマインドセットが、正しい方向へと導いてくれる

市谷:
お二人のようにDXやアジャイル、仮説検証に組織で取り組もうとする方、今まさに取り組んでいる方へ、何かメッセージをいただけますか。

古賀様:
必要なことを誰かが教えてくれて、決められた手順で計画通りにものを作ればうまくいくという時代は、もう随分前に過去のものとなっています。今は自分たちが主体となって、何が必要か?何に価値があるのか? を試行錯誤しながら探索する必要があります。

仕事のあり方も変わってきています。自分たちを必要としている人たちを探してパートナーシップを構築していくような形が、今後は主流になっていくことでしょう。

そんな中、仮説検証を取り入れる動きは当社のような老舗メーカーでも盛んになってきています。やりたい人、アイデアを持っている人は、日本中にきっとたくさんいるはずです。

私たちの経験がそういう人たちのもとへ届き、モチベーションを奮い起こすきっかけになったらうれしいです。

古川様:
アジャイル開発、仮説検証に取り組む上で一番重要なのはマインドセットだと思います。古い手法が悪いわけではなく、それを無条件に続けてきたことで根付いた上意下達的なマインドセットが良くないんですよね。正しいマインドセットを持っていれば、自ずと正しい方向へ進めるのではないかと思います。

マインドセットのポイントは「なぜ」と向き合うことではないでしょうか。なぜ取り組むのか? 何をしたいのか? を考えることが一番重要な活動だと思って取り組んでいます。それがモチベーションにも繋がっていくと思いますし、課題を乗り越える突破口にもなるんじゃないでしょうか。

市谷:
今日はありがとうございました。

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