様々な未知の課題に対して、小さなサイクルを回しながらチームで取り組もうとするアジャイル型の組織運営は、従来型の組織運営と大きく異なる点もあります。組織内で広めていくためには、どのようなことを意識すれば良いでしょうか? 三菱重工業株式会社様では、様々な領域で機械製品を開発する中でデジタルを活用する取り組みを積極的に進めてこられました。2022年7月にデジタルイノベーション本部が発足し、DPI部にてアジャイル開発を軸としたデジタル製品の開発と事業プロセスのデジタル化に取り組まれています。レッドジャーニーは発足当初より支援を行ってきました。
2023年10月に開催したレッドジャーニーのカンファレンス「Red Conference 2023 October」では、およそ1年間の活動について、DPI部 部長の日浦様よりご講演いただきました。「チーム型の働き方は一朝一夕には実現できない」と語る日浦様ですが、管理職としてどのようにチームマネジメントに取り組まれたのでしょうか。講演の概要をご紹介します。
※内容はイベント開催時(2023年10月)の情報です。
日浦 亮太 様
三菱重工業株式会社
デジタルイノベーション本部 DPI部 部長
アジャイルで組織にたまったコリをほぐす!放浪管理職のチャレンジ
私が所属する「デジタルイノベーション本部」は、2022年7月に「ICTソリューション本部」から改組され発足した組織です。「戦略的な機能を強化する」「デジタルプラットフォームを提供する」「デジタルエクスペリエンスを向上させる」の3本柱で、デジタルを活用した新たな取り組みを進めています。
取り組みの全体を表すキャッチフレーズとして「ΣSynX」(シグマシンクス)という言葉を掲げています。コンセプトは「かしこく・つなぐ」。個々の機械製品を「かしこく」し、それらを「つなぐ」ことで様々な社会課題の解決を目指しています。
中でも私が担当している「DPI部」が担うのは「デジタルプラットフォーム」と「デジタルエクスペリエンス」の領域です。デジタル製品の開発と併行して、事業プロセスのデジタル化にも取り組んでいます。
これらの事業は全面的に「アジャイル開発」で取り組んでいます。今日は、取り組みを通して学んだことや感じたこと、また、私の今までのキャリアにおける「アジャイル」との関わりをふりかえりながら、皆様の参考になるお話ができればと思います。
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「アジャイル」のメリットは、スピードの速さよりも「品質の向上」
入社当時、私はロボット開発の技術者として研究所に所属していました。
コミュニケーションロボット「wakamaru」という新しい製品の開発に臨む中で、他部署間の連携や目標管理の難しさについて課題感を持っていたことが、当時の私が書いたレポートに書かれています。
2003年頃のことで、私が知っている範囲では「アジャイル」という言葉はまだ身近ではありませんでしたが、短期的なサイクルで目標を見直す必要性など、近いことを目指していたと思います。
この頃から「アジャイル」の必要性を感じ始めていたわけですが、社内での感触が芳しくなかったこと、周りに共感できる仲間がいなかったことなどから、私自身も信念を持って活動を続けることはできませんでした。
その後、2016年頃に国内と欧州の両拠点連携によるソフトウェア開発をコーディネートする機会がありました。
欧州側では既に「アジャイル開発」が当然の前提とされていました。長期では大まかな方向性を合意した状態で、日々の活動はタスク管理ツールで見える化して共有されていました。
それに対して国内側では、目標仕様と工程はあらかじめ宣言・約束してもらいたいというスタンスでしたから、その違いを目の当たりにした経験でした。
しばらくして、ドイツにソフトウェア開発拠点を新設するための構想を任されました。
ドイツ側の開発リーダーは当然「アジャイル開発」を前提に進めようとします。前回の経験から驚きはしなかったものの、東京本社のやり方とのギャップが大きく不安感がありました。
2年目頃までは、思った以上に人員と時間がかかるなと感じていましたが、3年目になると、ユーザーにとって本当に必要な機能を備えた「品質の高いもの」ができてきました。
当時開発されたプロダクトは今も様々な部門で活用されています。「アジャイル」のメリットは、スピードの速さよりも「品質の向上」であると理解しました。
行き着くところは「仮説検証型アジャイル開発」
その後、帰国して「デジタルイノベーション本部」に着任しました。
ドイツで取り組んできた、製品に組み込まれるソフトウェアを良くしていくための「製品のアジャイル開発」と、同時期に日本で取り組まれてきていた、お客様や従業員の間を繋いでいく「業務のアジャイル開発」が一体化して発足した組織です。
ドイツでは、日欧で「リーンキャンバス」を共有しながら製品戦略を議論し、2週間のスプリントと四半期ごとの定期リリースで品質を高めながら開発を進めていました。
日本では、実際のユーザーである事業部と「仮説キャンバス」を共有しながら事業課題への理解を深め、1週間を基本としたスプリントを回し、メジャーバージョンの後半では毎スプリントごとにプロダクトをリリースすることで事業へのフィットネスを高めていました。
このように日欧それぞれでゼロベースから「アジャイル開発」の取り組みを模索してきましたが、結果として辿りついた形は類似しています。
このことは、「仮説検証をベースとしたアジャイル開発」が、お客様に喜んでいただける質の高い製品を開発する仕組みとして一つの「解」であるということを示していると思います。
「チーム」=良き共同体であることの大切さ
DPI部では、「アジャイル」を機能させる前提として「チーム」=良き共同体でなければならないと考えています。
そのために、価値基準や行動原則を自分たち自身の言葉で定義して共有したり、レッドジャーニーさんに教えてもらいながら、チームとお互いの成長を話し合う「OST」という取り組みも行っています。
一人一人がチームのあり方に興味を持ち、より良くあるための取り組みをすることで、品質の向上につながっています。
我々が目指す「チーム」像について、二つのチームを例にあげてご説明します。
- リーダーのふるまい
- 個別に指示&報告を受ける
- メンバー間のタスク調整はリーダーが行う
- メンバーのふるまい
- 上司の方を向いて仕事する
- チーム内の問題もリーダーに解決してもらう
- リーダーのふるまい
- ステークホルダー(顧客、経営幹部)とチームを繋ぐ
- チームを向いた問いとアドバイス
- メンバーのふるまい
- チームに自分の状態を公開し共有する
- 隣人に関心を持ちフォローし合う
我々が目指し実践しているのは後者のチームです。
チーム員を取り巻く上司や同僚、後輩、ユーザーなど、360度に関心を向けて仕事することが大切です。上司からの指示や明文化された義務を強く意識するよりも、チームやチームを取り巻く環境など全体に意識を向ける方が、長い目で見て品質の高いものができると思います。
チームとの関係を「動機」に結び付けていくことが、組織運営においては大事なのではないでしょうか。
「チーム型」に変わっていくための処方箋
こうした「チーム型」の働き方は一朝一夕には実現できません。
特に、歴史の長い会社で苦労しそうなポイントとその処方箋として、高度成長期・大量生産時代に作られた管理手法を見直し、90年代以降に生まれた新しい方法を取り入れてみてはいかがでしょうか。
ソフトウェア業界だけではなく様々な分野の最新の研究成果に基づく手法を取り入れながら、「もっと高いところ」を目指しましょう。
例えば、アジャイルやEQ(Emotional Intelligence Quotient)、コーチング、問いかけ等の技法は、大量生産時代の管理手法とは対極にあると思われるかもしれませんが、矛盾するものではなく両立できるものです。
HRT原則(謙虚、尊敬、信頼)をベースとし、人の持つ力を引き出していくことで、より良いものができるはずです。
レッドジャーニーさんのような、いろんな分野で活動されてきた実績をお持ちの方々と相談しながら取り組まれるのも良いのではないでしょうか。
周囲の理解を得ながら進めていくことも大事です。
行動規範を変えていくと、ルールを逸脱しているように見られたり、他部門のやり方を否定しているように見られたりすることがあります。新しい取り組みを支援してくれる人もいれば、そうではない人もいますから、いろんな人がいるという理解が必要です。
リーダーは、丁寧に解説していくことが求められます。様々な形で対話しながら意図を理解してもらえると良いですね。
特に、我々のようなデジタル部門には、Eメールの導入から30年ほど経過する過程で、それによる副作用をきちんと取り扱ってこなかったという責任があると思います。上司と部下が個別にやり取りするツールを提供したことにより起こった問題に対して、一定の責任を自認した上で、チームで仕事をする文化と、それに合ったツールの整備まで含めて取り組んでいく義務があるのではないでしょうか。そのような点を踏まえつつ、様々な形で対話しながら意図を理解してもらえると良いと思います。
一人一人が「チーム」として誇りと責任を持てるように
目標を柔軟に変えていく「アジャイル」は、新規事業や新規プロダクト開発など不確実性の高い取り組みにマッチします。
一方、契約や予算といった約束事によって目標を柔軟に変えていくことが難しいという課題をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
これに関する処方箋として、業務を「コンサルテーション」と規定する方法がよく取られます。お客様と一緒になって、ワークショップやプロトタイプ試用を繰り返しながら、ともに探索することを業務とし、それにコミットするという形です。
また、請負契約ではなく準委任契約にしたり、「MoSCoW」などを用いて目標設定に柔軟性を持たせたりするのも良い方法です。
※MoSCoWとは、要件の優先順位をMust(必須)、Should(ぜひ欲しい)、Could(あればベター)、Won’t(先送り)の4つに分類して決める手法。
また、探索的な取り組みの時点では対価をいただかず、一緒に進めることだけを同意するという方法もあります。それにより成果物を柔軟に変えられる余地を残しながら、先行投資として自組織の負担で良いものを追求する開発を進め、結果として良いものができたときに利用料をいただく、いわば「ウルトラC」的な方法です。
幹部の理解が最低限必要ではありますが、大企業の中でアジャイルの推進に壁を感じている場合には良い方法だと思います。
このような活動をしていくと、高品質な製品ができていきます。それらが資産となり、会社の競争力を引き上げてくれます。また、その製品を社内の様々な部門で活用してもらい、成果をあげることで先行投資を回収することができます。
これが我々のコンセプトである「ΣSynX」(シグマシンクス)に繋がっています。
「かしこく・つなぐ」を実現し社会の発展に貢献していくためには、高品質な製品が必要です。品質を高めるためには、私たち一人一人が「チーム」として誇りと責任を持って取り組むことが不可欠です。
今後も新しい知識を取り入れながらより良い活動をしていきたいと思っています。同じように取り組まれている皆さんと交流しながら、日本全体を良くしていけたら幸いです。
ご清聴ありがとうございました。