”「知る」 「つながる」 「表現する」で新しい体験を提供し、人の生活を豊かにする” を企業ミッションに、さまざまなインターネットサービスを提供している 株式会社はてな 様。昨年10月には、生成AIを活用した発話分析ソリューションである「toitta」がリリースされました。
今回のインタビューでは、このゼロから始めた新規事業のソリューション開発で、チームのみなさんが歩んだジャーニーについてお話を伺いました。
後編では、手探りで始めた事業計画の立て方や、探索を追求したことで生まれたスピード感、また今回初めて外部のアジャイルコーチを導入した経緯と、おすすめの活用方法について語っていただきます。
スピーカー
【話し手】
株式会社はてな 米山 弘恭様
【聞き手】
株式会社レッドジャーニー 中村 洋
※内容や肩書は、対談を行った2024年10月時点の情報です。
目次
◇前編はこちらからご覧ください。
仮定を重ねて未来を描く~事業計画の立て方
中村:
既存事業がありながらの新規事業の支援をするとき、いつ出してどんな売り上げがたつのかといった、社内でのちょっとした壁や難しさを垣間見ることがあります。このあたりはいかがでしたか?
米山様:
そうですね。ふりかえって考えると、どうしても新規事業ってカオスなので、きっちりかっちりしたプロセスで進められることってほとんどないと思うんです。
その中でも今回は、進め方やマイルストーンの置き方といったことは、わりと自由度を持ってやらせてもらえたので、世間一般にあるような、新規事業やるときに既存事業とのコンフリクト(意見や利害の衝突)だとか、社内決裁的な困りが生じたという実感はないですね。
ただ、新しい事業をゼロから立ち上げるということをたくさん経験してきた会社ではないので、手探りなところはありました。
事業計画はどのくらいの粒度で立てるべきなのかとか、チームの割り方をどうしようかといったところは、いろいろな人と議論しながら詰めていった感じですね。
中村:
あの時期は結構悩まれていましたよね。
やはり数字を立てようとしたら予測や予想が必要で、そこに何もなかったら経営者や投資する側も判断できない。ここは考え抜かなければならないところだということを、私も一緒に壁打ちしながら学びました。
米山様:
ただ、事業計画をきちんと書いてステークホルダーに説明責任を果たす活動によって、仮定を積み上げて未来を考え抜くマインドセットを獲得できたのは良かったなと思います。もし時間軸だけが決まっていて、あとは好きに実験していいよと始めてしまったら、どこかで破綻してしまったかもしれません。
その中で中村さんには、既存事業をベースに新規事業の事業計画のモデルを作るところでたくさん壁打ち相手になってもらいました。第三者との壁打ちによって自分たちの見通しをクリアにすることもできたし、その中でどこにリスクがあるのかを見つけるきっかけにもなったと思います。
理解度の深さが開発のスピードを上げる
中村:
少しチームのお話に戻らせていただきます。
事業が始まった当初、まだ何も固まっていないころからチームのメンバーが7~8人いらっしゃいました。この時期としてはちょっと多いかもしれないとお伝えしたことがありましたよね。
新規事業のコアを探すときは3~4人くらいで取り組むことが多くて、そのくらいでやらないとスピード感が出ないのでは?と思ってお話したのですが、結果的にあの段階から一緒にいたからこそ深くなれたというところがあって。こういう形で上手くいくチームもあるんだなと思ったんですよね。
米山様:
確かに8人は多いんじゃない?と言われましたね。
本を読んでも、プロダクトマネージャー・エンジニア・デザイナーの3名程度の体制が望ましいという言説が多いことは、前提として分かってはいました。
それでも、実際に製品を作るといった本格的な検証ができるチャンスは多くないということもあって、ある程度の人数をサブチーム的に分けて、初期の探索・検証は並列で動いてもらう方が、経験値効率的にはいいのではないかと思ったんです。
事後的ではありますが、その結果みんながインタビューできるようになったし、チームの武器が増えて、経験値効率が得られた実感もあり、”みんなが実際に困ること”を解決するための事業をやっているので、これで良かったのかなと思います。
中村:
そうですね。最初から8人全員で動いたわけではなく、3人くらいづつで3チーム立てて、それぞれが関心のあるテーマを3本走らせてみて、良かった方と合流したりと、とてもフレキシブルに動いていましたよね。
米山様:
そうですね。リソース効率、フロー効率でいうと、最初は完全にリソース効率で全員で倒していって、少しづつ絞れてきたところでグッと集まってフロー効率を追求するといった形でした。
中村:
集まったときにはみなさんの考え方が揃っていたから、グッとまとまれたといった感じですね。
そして、前のめりになれる課題が見つかったあとのスピード感はすごかったですよね。プロトタイプが出来上がるまで、とても速かったなと思います。
米山様:
そうですね。ギリギリまでものを作らないという判断をしたはいいものの、ものを作る前の探索のフェーズではなかなかヒットが出ないなという感覚がありました。
でもいざ「これは手ごたえがあるぞ。」と作るものを決めてから、社外の方に触っていただけるところまで出来たのが1か月くらい、そこからどんどん社外の方のフィードバックを受けながら磨きをかけていって、半年後にはβ版をリリースしているので、手前味噌ながら本当に速かったと思います。
中村:
もちろんベースとなる腕前があってのことですが、一緒に探索していたものに対する理解度がしっかりしていたということもあったのかなと思います。
米山様:
やはりものを作るときには、”なぜ作るのか”、”どこを押さえなければいけないのか”ということを、チームの全員がどれだけ深く分かっているかということが、クオリティなどに関わってくるものだと思っています。
要点を特定の人しか理解していない状態で進めると、どうしても落とし穴にはまりがちですし、言葉を尽くして、ドキュメントをたくさん書いて、情報をみんなに共有できるようにしようとしても限界がある。
今回は最初のタイミングから、メンバーみんなが直接お客様と会って、どのくらい困っているかを直接聞く、言葉を浴びるという体験を共有できていたので、進みが速かったのだと思います。
中村:
そうですね。”なぜ作るのか”ということへの理解や共有が足りず、プロダクトオーナーとエンジニアがちょっとした衝突になるというのはよくあるお話です。
米山さんのチームはもっと建設的で地に足のついた議論をされていました。そこにもともと腕のいいエンジニアも集まっているということが、速さの理由かなと思います。
米山様:
探索を始めた初期の段階で”ギリギリまで作らない”と決めたことで、何が分かりたくてそのためには何が必要なのか、その時の検証に足りるMVP(Minimum Viable Product:お客様に価値を提供できる最小限のプロダクト)を見極めるというマインドができていました。
それをものを作るタイミングでも継承しているというか、問うていくという姿勢が養えたと思っています。
いまお客様はどういうところに困っていて、これを解決、解消するために最少限の要素はどこなのか。スコープ(領域)はどんどん絞っていくべきだ、という考えを基礎に持つことで、特定範囲の機能開発に集中できたので、お客様に便利に使っていただけるところにダイレクトヒットしたのかなと思います。
中村:
とはいえ新規事業ってやるからにはいろいろと膨らませたくなると思うんです。そのあたり、スコープを絞って削ぎ落すことへの不安や葛藤はなかったですか?
米山様:
ないと言えばウソになるのですが、リサーチのフェーズで”ここに困る”、”ここが課題”ということがしっかり見極められていたので、あれもこれもというふうになりようがなかったのかもしれませんね。
中村:
スポットゾーンが分かっていたんですね。
米山様:
そうですね。本当にそこから作り出したので。
今回でいうと”書きおこし”、”切片化”、”切片のエクスポート”という3つについて、まず私たち自身が困っていたし、お客様もそこで困っていました。これを押さえることが一番大事だから、あとのものは後ろにまわせるよねということだと思います。
中村:なるほど!
ただ、形が目に見えてくると、例えばそれをユーザーやステークホルダーに見せたとき、「こういう機能があったらいいな。」とか「こういうのも追加したらどう?」などと言われることもあると思うのですが、そんな誘惑はなかったですか?
米山様:
β版のリリース前までは、限られたお客様にご協力いただくことで、あまりたくさんの要望をもらいすぎないように進めていたのが良かったのかもしれません。
中村:
ターゲットユーザーを敢えて狭くしていたということですか?
米山様:
はい。10社、20社と増やしていくと、自分たちの軸を絞り切れなくなる懸念もあったので、じっくり向き合ってお話を聞ける範囲に絞っていました。
中村:
それはとてもいい作戦ですね!
米山様:
逆にいまは、β版をリリースしてたくさんのお引き合いをいただいて、ご要望もたくさん頂戴できる局面にきたという感じです。
そこでのトリアージ(優先順位)は、これまでインタビューをして課題を明らかにし、それに対してのソリューションを考えるという順序を身に着けてきたので、例えばご要望があると聞いても一旦「本当に?」と思うようにしています。
そしてそのご要望に対して脊髄反射的に答える前にしっかり咀嚼して、ご要望や期待いただいていることをさらに越えるような解決策を考える体制を整えているつもりです。
中村:
すばらしいですね。コアを見極めたということが、チームの文化としていまのフェーズにも生きているということですね。
となると、つぎは「売り上げだ! 拡大だ!!」と進みたくなると思うのですが。チームのサイズは以前よりも大きくなったのでしょうか?
米山様:
セールスを担うメンバーと開発メンバーが少しだけ増えましたが、急に大きくなったということはなく、あの時のメンバーがほぼそのまま残っています。
中村:
それはいいですね。チームが突然大きくなって売り上げ拡大も目指すとなると、過去の背景や独特の泥臭かった部分を知らない新メンバーとの摩擦が増えることもあるのですが。
米山様:
逆に最初からある程度の人数が揃っていたのが功を奏して、チームの急拡大を無理に目指さずとも独立独歩でやっていけているんだと思います。