デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉に対して抱く印象は様々です。一種のバズワードとして少し引いた位置から捉える人もいれば、自組織の未来に必要不可欠なものとして正面から取り組もうとする人もいるでしょう。一方で、社会の変化が今後ますます増大し、また急速さを増していくであろうことは、多くの人にとって共通の認識ではないでしょうか。そんな中で企業が競争力を高め生き残っていくためには、変化に適応しながら、新しい価値を生み出し続けられるよう、組織としての形を柔軟に変えていかなくてはなりません。組織を変革し続ける、その取り組みこそがDXの本質と言えます。株式会社リコーでは、2036年に迎える創業100周年を前に、「デジタルサービスの会社への変革」を宣言し、全社でDXに取り組んでいます。長い歴史を持つ組織がDXを推し進める突破口はどこにあるのでしょうか。レッドジャーニーが支援を行い、およそ一年が経過した今、次の一年へ向けた取り組みの下地が整えられたと話すデジタル戦略部の田中様、林様に、あらためて「リコーのDX」についてお話をうかがいました。
※役職、肩書は当時のものです。
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【対談】DXを推し進める突破口はどこに。創業100年を前にリコーが挑む、アジャイル組織運営の取り組み。
株式会社リコー 林貴彦 様、田中諭 様 × レッドジャーニー 市谷聡啓
あらためて「デジタルトランスフォーメーション」とは何か。
市谷:はじめに、お二人にとっての「レッドジャーニー」はどんな存在なのか、この機会にうかがってみたいと思います。
林様:レッドジャーニーさんにはお世話になりっぱなしです。伝えきれない細かいところまで察して提案してくれるので本当に助かっています。RICOH Hubの取り組みでは、プロダクトオーナーとしての自分の未熟な部分を支えていただきました。
田中様:「旅の仲間」という感じでしょうか。まだ一年弱ほどのお付き合いですが、市谷さんのお話にあった「重ね合わせ」ができている感覚があります。
市谷:ありがとうございます。組織のデジタル戦略に取り組まれる立場として、あらためて「デジタルトランスフォーメーション」についてどのように捉えていらっしゃいますか。
林様:言葉として最初に耳に入ってきたときは、単なる「バズワード」と捉えていました。海外やスタートアップ企業では既に当たり前に取り入れられていたものの、どこか遠く他人事のような感じがあったと思います。そんな中、経済産業省から「DXレポート」が発表され、DXは国が推し進める大きな施策となっていきました。大義名分の名のもとに、自分たちも前向きに取り組む良い機会だと今は捉えています。
田中様:「DX」という言葉を、この一年間で数えきれないくらい使いましたが、どんな言葉にも「DX」をつけると「それらしく」聞こえることには危うさを感じます。例えば「現場DX」。皆がDXという言葉に慣れすぎてしまって、実態が見えなくても何となく通じてしまいます。
市谷:デジタルトランスフォーメーションという言葉は私も長年使ってきていますが、また少し違った視点で捉えられるようになったらいいと感じます。今回の Red Conference で一日目に登壇してくださった、野村證券の安中さんは、デジタルトランスフォーメーションについて「フォーメーションである」とおっしゃっていました。「デジタル」と「トランスフォーメーション」に分けるのではなく、「デジタルトランス」と「フォーメーション」だと。まず、フォーメーションをどうにかしなくてはならない、つまりは人を引き入れるところから始まると話されていました。
林様、田中様:おもしろいですね。
デジタルトランスフォーメーションがもたらした変化。
市谷:ここまで取り組みを進めてこられて、「デジタルトランスフォーメーション」にまつわる謎や疑問はあるでしょうか。
田中様:「なぜ、こんなに流行っているのか?」ということが一番の謎かもしれません(笑)。これほど頻繁にDXという言葉を耳にするということは、多くの人の中に漠とした課題認識があるのではないでしょうか。ということは、やはり組織や社会に変革をもたらす大きなチャンスなのでしょうね。
林様:私は「どこまでいけばトランスフォーメーションの完了なのか?」を疑問に思っていました。これについては、以前社内での講演で市谷さんがおっしゃった「何処かへ辿りつこうと思わなくていい」という言葉が印象に残っています。何かや何処かに着地させることではなく、常に変わり続けることが大事なのだと今は解釈しています。
市谷:二日目にご登壇いただいた、生活協同組合連合会の新井田さんも、「がんばって取り組んでいるが、どこにたどり着くのだろうか?と思うと夜も眠れない」とおっしゃっていました。それに対して私はまさに今林さんがおっしゃったようなことをお伝えしました。つまり、変わり続けることが日常になるのがDXなのかもしれませんよ、ということです。今はその節目にきているのかもしれませんね。DXの取り組みによって、大きく変わったと感じることは何かありますか。
田中様:考え方、特に課題認識が変わってきていると感じます。自分も周りのメンバーも、一年前と比べると、DXについてより前向きで建設的な捉え方をしています。最初はDXと言っても具体的に何をするのかが分かっていませんでしたが、「DXは手段である」と聞いてから、自分たちの今置かれている状況や取り組んでいる事業に深く向き合い、まずはデジタイゼーションからでも着手し始めていった結果、頭の中で徐々に整理がついてきたと思います。最近は、特に事業部でどんどん新しい発想が生まれています。日々、社内の会議に出席しているとその変化を感じます。
林様:部署や部門を問わず、DXに関わる取り組みは恐らくこれまでもあったのだと思います。バラバラに点在して可視化されていなかったそれらの取り組みが、この一年間でようやく「点」として見えるようになってきました。見えてきた「点」を、これからどのように結んでいけばDXに繋がる線を描いていけるのかも、少しずつ分かってきています。そのための行動を起こしていく段階に足を踏み入れたのだと思います。これからのDXを進めやすくする下地が、この一年で整えられたのではないでしょうか。
市谷:一年を通してリコーグループの中で活動してみて、私もDXに繋がるドット(点)がたくさんあると感じました。大きな組織のそこかしこに新しい種が点在していて大変そうだなと。ですが、この一年でようやく機影が見えた感じがします。次の一年は、今まで分かってきたことを結んでいけたらいいですね。私にとっての大きな変化は、一年前に初めて出会ったお二人との関係性でしょうか。たった一年の付き合いとはとても思えません。それだけ中身が濃く充実した時間を一緒に過ごすことができたということだと思っています。
長く遠い道程を進むには、いかに我慢強く丁寧に進められるか。
市谷:DXに取り組む上で、どのようなことに課題感をお持ちですか。
林様:複合機という一つのビジネスを長くやってきた会社として最適化され尽くしていますから、固定概念や既得権益を抱えてどのように変革していくのかは、やはり難しいところです。我々デジタル戦略部はプロフィットセンターではありませんから、まずは自分たちとその周りの小さなところから始めて、徐々に周りを巻き込みながら大きくしていくしかないのだと思います。岸田総理の言葉(「はやく行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければみんなで進め」と所信表明演説で語った)ではないですが、リコーという大きな組織をDXするのは長く遠い道程で、一足飛びにワープするような方法はなく、いかに我慢強く丁寧に進められるかがこれからの課題です。
田中様:DXの取り組みはすべてが重要度の高いものばかりです。優先順位が付けられないため並行して進めていますが、今後はオペレーションを工夫するだけでは捌けなくなっていくと思います。また、組織をアジャイルにする過程は、重要な時間ではありますが、どうしてもその間のパフォーマンスは低下します。複数のプロジェクトを並行して進めれば、二人三脚のような状況になり、ひとつひとつのパフォーマンスが逆に下がることになりますので、このやるせない期間をどう過ごすのかは大きな課題です。
市谷:DXでは、すべてがこれまでとは異なる取り組みですから、自ずとすべての優先度が高くなりますよね。並行して進めるのは本当に大変なことですが、リコーでは「これは止めよう」という言葉があまり聞かれず、端から端まで全部に取り組もうとする姿にはとても驚きました。
田中様:せっかくDXという旗のもとに皆が同じ方向を向いているのですから、事業部を支援する立場の我々がストップをかけることで全体の流れが止まってしまうのは良くないと思っています。とはいえ、やりきれずに自滅に近いことになってしまうのが課題でした。
DXを推し進める突破口はどこにあるのか?
市谷:一年前と今とではDXに向き合う意味が違ってきていると思いますが、何がDXの突破口になりうるとお考えでしょうか。
林様:社内で広めていくには、小さくても実績を示して成果をPRしていかなくてはならないと思っています。その際、内と外、両方の情報を発信しながら徐々に切り拓いていく必要があります。実際に、リコーのDXエグゼクティブであり、レッドジャーニーの代表でもある、社内外をバランスよく見ている市谷さんがいらっしゃることで、期待感から現場の空気が変わるのを感じます。アジャイルについても、組織としてしっかり取り組みたいです。
市谷:林さんのアジャイルへの意気込みは、私にとっても心の支えになりました。内と外ということでは、大きな組織ではどうしても外部との接点が限られると感じます。私はアジャイルについて20年間いろんな場面で話をしてきましたが、まだまだ届いていないところがたくさんあるのだと実感しています。noteでの発信は、これから外と中とをつなぐ新しいチャネルになりますから、活かしていってほしいです。
田中様:市谷さんのお話にあった「意図を合わせる」ということは私も大事なことだと思います。DXの取り組みを「一番やりたい人」が誰なのか、はっきりしていることが非常に重要で、つまり目的意識があり自己統合できている人をどれだけ作れるか、ということがDXの突破口になるのではないでしょうか。
林様:通常は何かを始めようとすると目的や具体的な内容を細かく問われることが多いですが、田中さんはそういうことがなく、細かい部分が決まっていなくてもトライさせてくれますよね。そうしたマネジメントのあり方はDXの活動に向いているのではないでしょうか。
市谷:田中さんのような人が組織のDXの中心で、筆頭として旗を振っているということは、私はすごいことだと思います。いろんな組織を見てきましたが、「やりたいと思っている人がやればいい」と言えるマネジメントの方は意外と少ないです。
アジャイルが会社や組織を生き物に変えてくれる。
市谷:お二人にとっての「アジャイル」とは、どのような意味を持つものでしょうか。
田中様:やっと出会えた「流派」という感じがします。今、アジャイルについて市谷さんからお話を聞いていると、アジャイルと出会う前から既にアジャイル的な考え方や進め方は自分の中にあったと感じます。もっと早く基本を学ぶことが出来ていたら、もっとパフォーマンスを上げられたのではないか、と思っています。
林様:私も同様で、今までアジャイルという言葉を意識せずにやってきた日々の営みが、そもそもアジャイルだった気がします。中身としては、タスクを可視化し、一定期間のなかで着地させ、ふりかえりとフィードバックをするという、言わばごく普通のことです。ウォーターフォールも期間と頻度が違うだけで、それほど違わないのではないでしょうか。20年以上リコーでやってきて、自分の呼吸法として定着している方法です。
市谷:人が当たり前のようにやっていること、例えば、フィードバックを受けて判断を変えたり、頭で考えたことを行動に移したりということを、チームでするには時間がかかります。そのタイムラグをできるだけ少なくするための仕組みが、アジャイルではないかと思っています。組織でアジャイルに取り組むとき、メタファーとして「ひとりの人間のようにやる」という表現を使ったりもします。
田中様:仕事の優先度については、個人や一組織ではなく全体を俯瞰した上で判断できるようにしなくてはなりません。まずは現状と今取り組んでいることを可視化し、価値観をある程度揃えた上で次へ進むために、ルールや行動規範としてアジャイルがベースになってくれたらいいのではないでしょうか。
市谷:大きな組織では個人が考えたことを行動に移すのは本当に難しいと思います。リコーも大きな組織なので、常に同期のためのミーティングが開かれていますよね。テキストのみでやり取りするチャットツールでは状況把握が追いつかないと思います。
田中様:今は人の力に頼って何とか走り抜けている印象ですが、無理なくできるようにミーティング以外にも仕組みを整えることで、まだ案件になっていない「関心」の段階で新しいものを生み出すことができたらすごくいいと思っています。
市谷:ちょっとした関心の表出をアシストしてくれる仕組みが作れるといいですね。
林様:硬直した組織にとっての希望の星が、アジャイルなのかなと思っています。アジャイルって人間みたいなものだと市谷さんはおっしゃっていましたが、アジャイルが会社や組織を生き物に変えてくれるような気がします。最適化されつくした会社や組織は、効率良くコストを抑えてビジネスを回すためにプログラムされたロボットの様になっています。今まではそれでうまくいっていたかもしれませんが、これからはそうはいきません。生き物として変化に適応できるような、生きた会社にしていく手立ての一つがアジャイルではないでしょうか。
市谷:生きた組織、いい言葉です。固まったシステムではなく生きているシステム、有機的に動く感覚が得られると、さらにおもしろくなりそうですね。
これからのリコーのアジャイル。
市谷:今後のリコーのアジャイルとして思い描く姿はどのようなものでしょうか。
田中様:社内のコミュニティ作りなどを通してアジャイルを広める活動を進めています。それを多くの人がいいと思って取り入れて、お互いの方法を紹介しあったり、いいものは取り入れあったりできる状況が、自発的かつ多動的に起きるようになったらいいですね。リコーグループ内にもたくさんの仲間がいますし、お客様と一緒にやらせていただくお仕事も非常に多いので、はじめは軽い会話からでも、新たなものが生まれていくような世界が理想です。
市谷:そこまでのコストが少なくなるだけでも、かなり強い組織になりそうです。
林様:組織や仕事の進め方をアジャイルにするというのは、なかなか理解されにくいのかもしれませんが、形にこだわらずタスクの可視化など一部だけでも取り入れてみると、それだけでも意味があると思います。まず始めてみて、自分なりの工夫や使いこなし方を見つけることが大切です。それを社内外に展開していき、機動的な形でアジャイルが普及できるといいと考えています。かなり大変そうではありますが、たとえ百点満点ではなくても、この一年か二年くらいの間にやらなければ、世の中についていけないのではないでしょうか。
市谷:走り切るには一年では足りないかもしれませんが、走り始めることはきっとできると思います。そういうつもりで臨めばいいのではないでしょうか。最後に、これから組織のアジャイルに取り組む方へ向けたメッセージをお願いします。
田中様:この一年間を振り返って苦労したこと、感じたことを、先程の発表にたくさん散りばめました。今日の話に共感したり、レッドジャーニーさんを通して自分の経験を話したりしてくれる人がいれば、ぜひ意見交換をしながら一緒に盛り上げていただけたらと思います。
林様:これは市谷さんが社内の講演で話してくれたことですが、「まずやってみてはどうでしょうか」と伝えたいです。また、「良くなることを止めることは社長ですら誰もできない」という言葉が、多くの社員の心に響いています。変わっていくためには何かを始めなくてはなりません。その突破口としてアジャイルはあるのだと思います。まずは試してみることが大切です。やっているうちに固定概念を否定しなくてはならない場面も出てくると思いますが、そこに向き合うことが必要です。変化を受け入れず守りに入った先の未来を想像し、向き合うことで変化し続けることができるといいのではないでしょうか。
市谷:お二人とも、今日はありがとうございました。