新規事業や新サービスの開発など、新たな価値創造活動に取り組む際には、社内に点在する様々な情報にアクセスする必要があります。既存の事業やサービスに関する過去の事例、プロジェクトメンバー間での活動状況の共有、管理者や支援部署のメンバーとのコミュニケーションなど、多様な情報のやり取りが生まれる一方で、情報がデジタル化されていなかったり、個人所有に留まっていたり、複数のツールが混在していたりと、欲しい情報がすぐに見つからず、取り組みの足取りが徐々に重くなるケースも多いのではないでしょうか。株式会社リコーでは、デジタル戦略部 DX価値創造室が、顧客価値創造のイネーブラとしてリコーグループ内外における価値創造のための仕掛けと仕組み作りを担っています。その仕組みの一つが、価値創造支援ツール『RICOH Hub』で、レッドジャーニーは開発の支援を行いました。どのような方法で、どんな仕組みを作ったのか、成果と学び、今後の展望について、シニアスペシャリストの林貴彦様にお話いただきました。
※部署名や肩書は当時のものです。
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価値創造活動を支援するデジタルツール(RICOH Hub)の取り組み
株式会社リコー 林貴彦 様
リコーの”今”。
リコーと言えばコピー機や複合機などOA機器メーカーのイメージが強いと思いますが、以前から IT 機器やサービスなどの事業を手掛けてきました。2020 年からは、その流れをさらに加速させ、OAメーカーからデジタルサービスの会社への変革を目指しています。また、リコー100周年となる2036年に向けて、「はたらくに歓びを」というビジョンを掲げています。それらの実現に向けてデジタルというキーワードは欠かせません。リコーはデータの力を使って働く「場」をつなぎ、働く人の想像力を支えるデジタルサービスの会社を目指していきます。
リコーのDXと、イネーブラとしてのデジタル戦略部の役割。
デジタルサービスの会社への変革に向けて、グループ一体となり、カスタマーサクセスを中心にすえて5つの重要要素を軸とした活動をDXとして推進しています。企業風土・人材、デジタル基盤、データ利活用、社内プロセス変革、顧客価値創造の5つです。私の所属するDX価値創造室は顧客価値創造の役割を担っています。
また、デジタル人材の強化・育成もカギになっています。これからのリコーグループ全員に求められるマインドセットやあり方として、デザイン思考とアジャイルをあげています。アジャイルとはアジャイル開発だけではなく、アジャイルな仕事の仕方や組織アジャイルについても必要だと捉えています。
5つの重要要素を社内のビジネスユニットに広げていくなかで、我々デジタル戦略部は全社を横断したイネーブラとなっています。イネーブラというのは、他の組織や人の成功や目的達成などを可能にする組織、人という意味があります。DX価値創造室は顧客価値創造のイネーブラで、実践知を持ってリコーグループ内外の知識や経験、ケイパビリティを融合し、価値創造の仕掛け作りや仕組み作りを行うことがミッションです。今回ご紹介する価値創造活動を支援するデジタルツールは、この中の仕組み作りに当てはまります。開発にあたってレッドジャーニーさんにご支援いただきました。
価値創造活動支援ツール「RICOH Hub」。
RICOH Hubは、新規事業や新サービスのビジネス開発における仮説検証活動を支えるオンラインツールで、レッドジャーニーさんのRed Hubをベースに、リコーの価値創造活動に合わせてカスタマイズしたものです。基本機能としては、リーンキャンバスなどのキャンバスフレームワークを使って言語化し、プロジェクトのメンバーや伴走支援チームのメンバーがオンライン上でコメントなどをやり取りして、ビジネス開発の壁打ちができるようなツールです。現在は、DX価値創造室が伴走支援しているプロジェクトなどで試験的に使ってもらっていて、要望やフィードバックをもらいながら継続的にカイゼンを行っています。
なぜRICOH Hubに取り組んだか?
リコーにおける価値創造活動には様々な問題点がありました。まず、価値創造活動が各部門や部署で進められる中、可視化や一元化がなされておらず、それまでの実践知もまとまっていませんでした。また、活動状況が個人の手元に留まり、組織の知識として展開されていない状況もありました。結果として、新規事業や新サービスなど価値創造活動をしていく人が情報や事例を探せない状態に陥っており、歴史が長く様々なアセットやノウハウ、経験があるにも関わらず、価値創造活動に活かしきれていなかったのです。
それらの問題点を解消し、価値創造活動を効率的かつ再現性を上げて行えるようにするために、RICOH Hubは生まれました。我々がイネーブラとして行っている伴走支援の体制やプロセスの整備と合わせてRICOH Hubを提供することで、リコー全体でみんながうまく価値創造活動を進められるようになればと考えています。
RICOH Hubを広めるために。
RICOH Hubを社内で普及・展開するために作戦を立てました。まず、一番使ってくれそうな人をアーリーアダプターとして設定し、彼らが必要とする価値や機能を提供するところから始めることにしました。そこから範囲を広げていき、いずれは蓄積されたデータを分析・利活用する価値創造活動自体のDX化まで視野に入れていました。
アーリーアダプター像は、事業部で仕事の役割として価値創造活動を任されている人、もしくは事業部のミッションに関わらず自ら新規事業や新サービスを立ち上げている人です。まったくの素人ではなく、ある程度の価値創造活動をこれまでにもしてきた人や、もしくは場数は少なくても書籍やセミナーなどでリーンスタートアップや事業開発について学んだことのある人たちを想定しました。まずは、彼らについて幾つかの仮説を立てました。
一つは、私の経験からも言えることですが、周りに経験者が少なく孤独感を感じていること。また、自分で考え試行錯誤しているために、どうすればうまくいくのか相談できず、自分の活動が正しいのか、うまくいくのかの判断がしづらいという困りごとがあるのではないかということです。もう一つは、勉強はしてきたものの場数が少なく、流れは把握していても、そもそもどう始めればいいのか分からなかったり、始めたはいいもののそのあとの展開が分からず不安になったりするのではないかということです。RICOH Hubを使うことで、伴走支援してくれるメンバーやメンターとオンラインでコミュニケーションができれば、それらの仮説が解消できるのではないかと考えました。
また、アーリーアダプターの周辺にいる伴走支援のチームや価値創造活動を推進している部署などの人に、今後の社内での利用促進に関わってもらえないかと考え、彼らにもアプローチしフィードバックをもらうことにしました。
RICOH Hubへのフィードバック。
フィードバックの結果は予想以上に厳しい反応でした。Webブラウザからキャンバスが描けることに対してはポジティブな意見が多かった一方、想定外だったのは、実際の新規事業や新サービスを担当している人の中にキャンバスを描くのが難しいという人が多かったことです。伴走支援のメンバーが彼らの代わりにキャンバスを書いている事例がありました。また、価値創造活動全体にフィットしていないという意見もありました。初期案として仮説をキャンバスに描くところまでは良いとしても、実際はその後もインタビューやリサーチを行い仮説の検証を繰り返します。現状のRICOH Hubは初期案の壁打ちができるところまでしか対応しておらず、その結果、資料作成やインタビュー結果のまとめなどのためにRICOH Hub以外のツールを使用する必要がありました。価値創造プロセス推進部署のリーダーからは、マネージャーの日々の管理業務や決済などに対する情報が足りていない、あるいはプロセスに合わせた構想書のフォーマットに合っていないと使えない、といった意見をもらいました。
フィードバックから分かったこと。
フィードバックをもとに、RICOH Hubが置かれている価値創造活動のジャーニーを描いてみました。そこから分かったのは、このままでは使ってもらう頻度や機会が少なく、キャンバスを使ってもらえなければ情報がアップデートされないので鮮度が維持されないということです。リコーDXエグゼクティブである市谷さんからは、このままだと社内で賛同が得られにくく、影響力の強い部署や予算を出してくれる部署に価値が響かなければ継続が難しいのではないか、というアドバイスをいただきました。
むきなおりをし、方向転換を。
フィードバックとアドバイスを踏まえ、方向転換を行いました。
まずは、キャンバスそのものを描けないという担当者に対して、いきなりキャンバスを描くのではなく、問いかけやQ&A、フローなどキャンバスにある要素を言語化できるようなユーザーエクスペリエンスを提供できるようにした方がいいと考えました。また、実際の担当者だけではなく、このツールを推してくれる(推薦してくれる)ような、マネージャーや決裁者、プロセス推進部署など、影響力の強い人たちに響くように、実務の担当とマネジメントの両方にバランスよく価値提供する必要があるとも考えました。実際にRICOH Hubを使って価値創造活動をする上で、常にタッチポイントになるようなユーザー体験や機能を提供することが必要です。優先度を決めてアジャイルに探索と開発、検証を繰り返しながらカイゼンを進めていきたいと考えています。
RICOH Hubの取り組みから学んだこと。
ここまでの取り組みから学んだことをまとめてみます。まず一つ目は、社内ツールと外販サービスの違いについて。リーンな製品開発の経験から、一番困っている人に一番エッジの効いたソリューションを提供したいという想いがありましたが、社内ツールの場合は事情が違って、どこが予算を出すのか、社内のどこが推してくれるか、影響力が強いか、という点を念頭に置かないと続けられないことが分かりました。
二つ目は、既存のツールからの置き換えが難しいこと。価値創造活動のジャーニーの一部をRICOH Hubに置き換えることを想定していましたが、実際は普段から使いなれているオフィスソフトへ流れがちで、そうなるとユーザーは戻ってこないことが分かりました。ユーザーがツールを行き来することなくワンストップで価値創造活動を進められるように、ユーザーエクスペリエンスを磨いていくことが重要だと感じました。
三つ目はむきなおりの大事さです。まずは普及のために今一番大切なことが何かを考え、むきなおりをし続けることが大事だと感じました。そして、今回は”ありもの”(Red Hub)をベースに動くものを素早く作ることができ、それを使って素早く検証することができた結果、フィードバックを受けて早い段階で方向転換ができたことが、一番の素晴らしい体験であり一番の学びだったと思っています。
noteでの情報発信。
デザイン思考とアジャイルの普及についてお話しましたが、外部のnoteというブログサービスで我々の活動について発信をしています。DXに取り組んでいる企業ではデザイン思考とアジャイルは外せない要素だと思います。我々の活動や失敗談、経験がヒントになればと思い発信していますので、よろしければご覧ください。また、RICOH Hubは現状では社内向けのツールであり、外販や社外利用は想定していません。お問い合わせや情報交換の希望がありましたら、直接私へご連絡ください。
本日はありがとうございました。
Vol.3へ続きます。
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