新型コロナウイルスの感染拡大が社会や経済に与えた影響は、言うまでもなく甚大です。新型コロナウイルス流行前と後とではビジネスのあり方が大きく変化し、組織のあり方から根本的な見直しが必要となった企業、業界も少なくありません。Web完結型クラウド電子契約サービス 『クラウドサイン』(https://www.cloudsign.jp/)の開発現場では、市場における電子契約の存在感が高まるにつれて急速に拡大するニーズへの対応が不可欠となっていました。あらゆる面での不確実性という課題を抱えながら、より効率的なプロダクト開発の必要性が増すなかで採用されたのが仮説検証型アジャイル開発。レッドジャーニーの伴走支援により、取り組みはどのように変わったのでしょうか。吉本さん、開さんのお二人にお話をうかがいました。
(聞き手:レッドジャーニー市谷)
新型コロナウイルス感染拡大を機に電子契約に対する市場の見方が大きく変わった。
はじめに、クラウドサインの最近の状況をお聞かせいただけたらと思います。新型コロナウイルス感染拡大前と後とで変化したことは何かありましたか?
吉本さん:はい。新型コロナウイルス感染拡大を機に電子契約の利用用途が大きく広がったと思います。在宅勤務が推奨されるようになり、押印のためだけの出社に対する課題意識が高まるにつれて、大きな企業でもクラウドサインを利用されるケースが増えました。導入フェーズから浸透フェーズへ移行し、現在はエンタープライズ向けに更にご満足いただけるように機能を整えつつプロダクトを育てているところですね。
開さん:新型コロナウイルス感染拡大の前と後とでは、電子契約に対する市場の見方が大きく変わったと思います。実際のところ、2015年10月のリリースから2020年頃までは「電子契約って法的に有効なんだっけ?」という疑問も根強く、それを踏まえたご提案をしていました。
一方、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、「電子契約を導入したいんだけど、どうやって運用したらいいの?」といった深い質問が増え、お客様の電子契約導入と運用に対する本気度の高さを感じるようになりました。市場での電子契約の存在感が高まるにつれて、求められるレベル感が急速に上がり、全社運用に本腰を入れる必要が出てきました。
契約書のデジタル化が最初の入り口だったと思いますが、今、実際にチャレンジされていることは、デジタル化された後の業務や管理・運用のあり方、つまりデジタル上での契約行為全体についての再定義なのですね。
単純に電子化するということではなく、「そもそもデジタル上の契約とはどうあるべきなのか?」という難題に取り組んでいらっしゃるのではないでしょうか。
今回、取り組みに伴走させていただくなかで、その難しさは今後ますます増していくのではないかという印象を抱きました。どこにも正解がなく、まだ誰も想像すらしていないような、まったく新しいことに挑戦していくという難しさです。
吉本さん:同感です。前例がないことなので、単なる紙の電子化ではなく、電子化された契約をベースとしてどのように業務ができればよいのかというBPR(Business Process Re-engineering。業務本来の目的に向かって既存の組織や制度を抜本的に見直し、職務、業務フロー、管理機構、情報システムなどをデザインしなおすこと)的な要素があると思うんですよね。
まだ世の中にないものを作るのですから、お客様にお訊きしたとしても「こうしてほしい」というような答えは返ってきません。つまり、まずは我々のなかで構想を練り仮説を立ててからでなければヒアリングも難しいという状況です。
開さん:お客様へのヒアリングについては、お客様にとって本当に価値のあることを実現するために、かなり慎重にアプローチする必要があると感じています。この一年ほどは特に強く実感していて、例えば、新しくリリースした或る機能では電子契約の保管のあり方について随分考えさせられました。
お客様の組織の構造に合わせて柔軟にアクセスコントロールができるという機能なのですが、階層を深く設計して管理する従来の「フォルダ型」が適しているのか、それとも、メンバーやグループごとに管理する、いわゆる「キャビネット型」が適しているのか、という点でかなり議論を重ねました。何が価値になり得るのかがお客様にも想像できない状況なので、こちらから新しい価値をご提案していくことが必要だったのです。
今現在、お客様から必要とされるものをただ作るのではなく、目的とビジョンを明確にし、そこからプロダクトを作りあげていくということが大きな課題感になってきました。
たしかに、今目の前にある課題に対して、いかにして業務を効率化するか?という問いがある一方で、そもそもどうあるべきなのか?という問いも存在しますよね。果たしてどちらの問いに向き合うべきタイミングなのか、その見極めに難しさを感じる面もあるのではないでしょうか。
吉本さん:そうですね。とにかく目の前のことを何とか解決してほしいというニーズに対して、目先の使いやすさを提供するという価値は確かにあります。一方で、そもそもお客様がまだ想像しえない新しい方法も確かにあります。ありたい姿を解明するための「どうあるべきなのか?」という問いを目の当たりにしたとき、どちらをどういう順序でやっていくのがお客様にとっての最善なのか。ここは簡単に決定できる部分ではないので、時間をかけて議論を重ねています。
在宅勤務により実現した「異質」との出会い。
クラウドサインの組織としては、何か変化はありましたか。
吉本さん:弊社では在宅勤務を2020年2月から始めており、今も継続しています。エンジニアだけで見ると、在宅での業務は特に問題がなかったのですが、マーケットを見ている部門との情報連携といった点では少しコラボレーションがしづらくなったところはあります。
そんな中で、吉本さんという存在は大きいですよね。吉本さんがクラウドサインのメンバーに対して仮説キャンバス上でのフィードバックをしているところを拝見する機会があったのですが、今までのクラウドサインだったらここまでやれなかったかもしれないな、というアプローチの仕方をされていたんですよ。私から見ても、吉本さんの加入は組織がいい方向に変わっていく一つの力になるのだろうと感じました。
吉本:私は新しい風を吹かせるために、できる限りのことをやっているだけですが、「異質」という意味では、切り口が多角的になったのはあるかもしれませんね。
開さん:それは大きいですね。今までとは違う、吉本さんのアプローチがなければ形にならなかったプロジェクトもあったと思います。