「経験主義」を活かすポイントとは?

新井:
経験主義を活かすためには、チームメンバーがそれぞれ見聞きしたことや、起きたことを気にする必要がありますが、忙しくてそこまで気がまわらないというお困りもあるようです。
私が現場を支援するなかでも”忙しい”というキーワードはよく出てくるし、「ふりかえりができない…。」という話はよく耳にします。

中村:
そうですね。こういうとき私は、これはアジャイルのプラクティスではないのですが、5分でいいから日記を書いてみることをお勧めします。

一日の最後に「今日は何が起きたっけ?予想と違うことはあったかな?」と、短い時間でいいので書き溜める癖をつけたら、それだけでもふりかえりになるし、レトロスペクティブのインプットにもなると思うので、やってみるのはいかがでしょう?

参加者のコメント:
「書き溜める人」はスクラムマスターですか?開発者それぞれもですか?(個人的にはスクラムマスターがメモるイメージなのですが)

中村:
これはみんなでできるといいですね。スクラムマスターが見て、聞いて感じることもあれば、開発者やプロダクトオーナーだから気づけたこと、起きたことがある。もちろん全員が同じことを見ていることが望ましいのですが、違う場面では別のことが起きているかもしれない。みんなが書き溜めることで、いろいろな人の違う視点が手に入ることもあるのでおすすめですよ。

新井:
そうですね。これは各々が取り組めるのがベターですよね。

私は、短くても少人数でもいいので、何かしら言葉を交わす場があるといいなと思います。ロッカールームでの雑談でも、コーヒー飲みながら愚痴を聞き合うでもいいんです。何かの当番の交代のタイミングで申し送り的に懸念点を共有してもいいと思います。それこそが経験主義につながります。

自分が目にしたことを、感じたことを一人の中で納めてしまうのはもったいないし、もしイラっとしたことがあれば健康のためにも発散したほうがいい。お家でご家族に愚痴を言うくらいなら、会社内で発散して帰ったらいいかなと思いますよね。

中村:
もう1つ、経験主義をうまく活かすためのポイントとしては、外からあまり意見を出し過ぎないということもあると思います。経験主義は、三現主義(現場・現物・現実)に携わっている人たちのためのものだと思っているので。

新井:
解釈や意見は置いておいて、とりあえず事実を残そうということですね。

中村:
そうですね。ふりかえりの場でも「上手くいってうれしかった。」とか「バグが出て悔しかった。」といった感情が出てしまうことがあるのですが、それよりも”バグが2件出た”という事実が欲しいんだということを話します。

新井:
たしかに、意見や解釈、感情は事実を脚色してしまうんですよね。感情も大事なことだし、それを共有することを否定するわけではないのですが、客観的な事実が分かるとそれに対して手を打っていけます。同時にどちらも共有できると対策しやすくなるので、よりいいですよね。

中村:
あとはこのあとにお話する、「透明性」、「検査」、「適応」を上手に活用しましょうということですね。

Message from coaches

  • メンバーそれぞれがその日に起きたこと、感じたことを書き溜めることで、視点の違う気づきを手に入れよう。
  • 自分が目にしたことを、感じたことを一人の中で納めてしまうのはもったいない。短くても少人数でもいいので、何かしら言葉を交わして、経験主義につなげよう。
  • 解釈や意見、そのとき感じたことなどは一旦置いておいて、客観的な事実を残すことを心がけることで、経験を増やしていこう。

透明性について考える

中村:
私はスクラムガイドが「透明性のない検査は誤解を招き無駄なものである」とビシッと言い切っているところが好きなんです。

新井:
私も「透明性の低い作成物は、価値を低下させリスクを高める意識決定につながる可能性がある」のところが好きですね。陥りがちなところにメスを入れている感じですよね。
ではここからは、この「透明性」にまつわる”とはいえ”ついて考えていきましょう。

「透明性」とはタスク管理のことですか?

新井:
いろいろな案件で透明性を上げましょうとなると、タスク管理の話がよく出てきます。タスク名や受入れ条件をきちんと書きましょうとか、現在〇〇待ちといった待機ステータスを管理する「待ち」レーンを書きましょうとか。
だから、透明性=タスク管理と認識されている方がとても多いように思うのですが、透明性ってそれだけではないと思うんですよね。

例えばキャパシティプランニングのように、1週間のスプリントの中で、自分はどれくらいの稼働時間をとれるか、1週間40時間のうち今週は25時間とれるよとか、プロダクトバックログ的には何個くらいできそうとか。これはタスク管理とは違うけれど、透明性を上げることにつながっていますよね。

中村:
どんなリスクがあって、今どんな状況なのかといったリスクマネジメントの部分を、ちゃんと見える化することも透明性の対象だと思うし、もしかしたらニコニコカレンダーのようなもので、メンバーのその日の気分やコンディションを確認することも透明性の対象かもしれないし。

我々は今回のプロダクト・プロジェクトでは何を検査したいのか、どこを誤ると危なくなるのかによって、何の透明性を高めるのか、もしくは高めなくてもよいのかということもあると思うんです。意味もなく透明性を高くして、何でもかんでも見えるようにしてみたら、逆に情報量に圧倒されたり、ノイズばかりで見えにくくなることもありますからね。

だから自分たちにとって良い意思決定をできる、良い検査や良い適応ができる、かつコストが大きくかからないような透明性を探しましょうというお話することが多いですね。

Message from coaches

  • タスクの管理だけでなく、自分が確保できる稼働時間や、その日の気分やコンディションを見える化することも透明性を上げる。
  • やみくもに透明性を高めると、情報量が増えすぎてかえって見えにくくなることも。チームにとって適切で適量な透明性を探そう。

”ちょうどいい透明性”の見つけ方とは?

中村:
チームにどれぐらいの透明性が必要かが分かっていないときは、透明性の範囲を少しづつ広げていったり、透明性のレベルをちょっとづつ上げていきましょうとお話しをしています。そうすることで、まだこの辺が足りていなかったという”足りない場所”が分かるし、それなら次のスプリントでつけ足してみようという対応ができるからです。

反対に最初からフルスペックでいろいろやってしまうと、本当は必要のない部分の透明性を高めてしまった結果、その透明性を維持しなければならないと思ったり、維持すること自体にコストがかかってしまうこともあります。ですから私は小さい透明性を試しながら、徐々に広げていくことをおすすめしています。

そして、足りないことが分かったら、それを埋めていきましょう。まさにこれも経験主義ですね。「以前のチームではあれとこれを見える化して透明性を高めていました!」ということが、今回のチームに必要かどうかは、やはり何か起きてみないと分からないんです。

新井:
そうですね。コーチとして観察していると、「あれ?これ全然認識が合ってないけど、大丈夫かな?」ということや、「時間がなくても、そこの透明性は上げないとだめだよね。」というシチュエーションもわりとよくあります。

チームの中で認識の齟齬だったり、「この人とこの人、同じことのようで違うこと言っているよな…」といったことが発生していたら、それを合わせるための透明性を上げるための道具として、見える化してみましょうと提案することもあります。

中村:
これは今まで話した経験主義とは相反することかもしれませんが、私たちアジャイルコーチはいろいろな経験をしているので、ある程度「最低限これくらいはやった方がいいだろう」というものは持っています。

それをお伝えすることでショートカットできる部分もあるとは思うのですが、やはり基本は自分たちで今のチームに足りないと思うところを見つけて透明性を高めていく方が納得感もあるし、プロセスをちゃんと作っている感じがあるのでおすすめです。

新井:
こちらが提供し過ぎてしまうと、その通りにやらないと正解じゃないと思って、改善が出にくくなる。その辺は自分たちで作っていくと、その方が愛着も湧くし、どんどん改造できるし、時にはやめる、中止するという決断もしやすくなると思いますよ。

中村:
ただ、話し合いを進めるなかで、例えば付箋紙を使って「言って、書いて、貼る」を同時にするのは、慣れていないと難しいといったこともあるようです。

新井:
こういうときは代理投稿プラクティスがおすすめです。話している人の代わりに、手の空いている人が書いたり、タイプしたりしてあげましょう。そうすると自分が話すときは、また他の人が代わりに書いてくれたりもします。そういった貢献する場も作っていけるといいですよね。

中村:
その方法は私もよく使います。
それから、これはテーマにもよりますが、書くターンと会話するターンを意図的に分ける場合もあります。

まず2分ほどで自分のアイディアを1つ出し、書くことに集中します。次に、書いたことについて3分ほど使って発表したり、会話したりします。そしてさらにその会話を参考に、また次の2〜3分ほどでアイディアをアップデートしてみたり、書き足してみようといった取り組みです。このような書いて話すということを、短いスパンで繰り返す方法もよく取り入れています。

新井:
黙々タイムと共有タイムを分けるということですね。ハイブリットでできたらいいですよね。
こんなふうにタスクボードではないところでも透明性をあげるということはできそうですね。

中村:
いまはリモートが多くて、やっていることが見えないということが透明性を下げる原因でもあると思うんです。現場にもよりますが、チームのチャンネルなどに「今はこれをやってるよ。」とか、「ちょっと集中力が落ちてるからゆっくり進めています。」とか、自分のステータスを言っていくこともひとつの透明性かもしれませんね。

Message from coaches

  • 透明性は小さなところからだんだんと広げて、だんだんと深めることで”ちょうどいい”を探していこう。
  • チームに足りないことを自分たちで見つけられると、納得感も得られるし、いろいろな決断もしやすくなる。誰かの言いなりではないことが大切。
  • 見える化は透明性を上げるための道具の1つ。議論を見える化するときは、代理投稿プラクティスなどを上手に活用して、それぞれが貢献できる場を増やそう。
◆後編はこちらからご覧ください。