「何でも屋」から脱皮するには?
新井:
スクラムマスターが一時的にその場からいなくなってみるとか、ショック療法的なことをやってみるのも一つの方法じゃないかな。
意図的にチームに任せてみると、メンバーで回していかざるをえなくなります。
そうすると、いろんな発見や気づきがあるはずです。それがすごく大事なことで、そこからどう対処していくかを考えることでサイクルが回っていきます。
完全にストップしてしまったり、空中分解したりということはそんなにないでしょうから、ちょっとエクストリームかもしれませんが、実験的にしてみても良いのではないでしょうか。
中村:
本人が意図せず雑用を引き受けてしまっているというケースも、時々見受けられます。
チームを観察したり、フィードバックをしたり、思い込みにゆさぶりをかけるのがスクラムマスターの本来の役割なわけですが、そこで価値を発揮するのは決して簡単なことではありません。
何もわからない人から見たら、存在意義が見えづらかったり、何もしていないように見える可能性もあります。
スクラムマスター自身がそのことを不安に感じているということもありますね。
新井:
雑用を引き受けることで、本当にやらなくちゃいけないことが疎かになっちゃうわけですね。
中村:
知らず知らずのうちに、自分自身のこともそれで満足させようとしてしまう。サボタージュ的なところも多少あるんじゃないかな。
スクラムマスター自身も、周りの人たちも、スクラムだけでなくスクラムマスターの役割や価値についても理解しておく必要がありますね。スクラムガイドを読むだけでは、なかなか難しいところもありますけどね。
新井:
難しいですよね。特に初級者は、目先の明確なタスクやステップがあった方がやりやすいと思うはずですから。
中村:
経験のあるアジャイルコーチが背中を見せることで、何をすべきか、その理由や背景から伝えることができるといいですね。
Message from coaches
- 時には思い切ってチームに任せてみよう。スクラムマスターが一時的にチームを離れることで、メンバーにいろんな発見や気づきが生まれ、そこからサイクルが回り始めることもある。
- 一見何もしていないように見えても、チームを観察したり、フィードバックをしたりするのは大切な仕事。スクラムマスター自身はもちろん、周りの人たちも、スクラムマスターの役割や価値についてよく理解しよう。
- スクラムガイドを読むだけでは理解が難しいところもある。経験のあるアジャイルコーチが背中を見せることで伝えられることも。
チームに立ちはだかる障害を、ひとりではとても除去しきれない
新井:
まずは、「みんなでやろうよ」ということですよね。スクラムマスターが一人で抱え込む必要はありません。
中村:
最近では言わなくなりましたが、昔はスクラムマスターの持ち物として「妨害リスト」(Impediment List)というものがありました。開発する上でチームの進捗を妨げる様々な障害をリスト化したものですが、昔は、スクラムマスターがリードして障害を片付けていくことも多かったと思います。
でも、最近は、障害を見つけるのも片付けるのもチームが主体となって行い、スクラムマスターはそれを促したり手伝ったりするという形が多いですね。
具体的には、プロダクトバックログに入れた上で、どのタイミングで取り組むかをプロダクトオーナーと一緒にチームで考える。
もちろん、スクラムマスターが持っているスキルや人脈が役立つようなら活かせるといいですね。
新井:
スクラムマスターの得意分野が活かせるのであれば、どんどん障害を除去していっていいと思います。
ただ、スクラムマスターが一人でやり過ぎてしまうと、チームの成長を阻害してしまうこともあります。
例えば、上層部へのエスカレーションの仕方など、チームメンバーも知っておいた方が良いこともありますから、チームと一緒にやった方が良いこともありますよね。
中村:
私がスクラムマスターを務めるようになったのは2007年頃からですが、「貢献したい」という思いから面倒な交渉事を全部引き受けていたことがありました。
そうすると、いつの間にかチームが「面倒なことは全部スクラムマスターに任せる」っていう状態になっていくんですよ。
その時、師匠に言われたのが、「チームができることが増えていないよね」ということ。すごく納得したのを覚えています。
新井:
チームの成長を考えると、スピードを取るか、成長を取るか、悩むところですよね。
中村:
一回だけならサッとやって終わりでいいでしょうけど、今後も繰り返し発生するようであれば、最初はサポートしながらチームと一緒にやってみるといいんじゃないかな。
そういった意味では「自動化」と似ているかもしれませんね。
新井:
1回だけだと自動化するコストの方が高くつくけど、2回目、3回目と回数を重ねるほど「投資」した分が活きてくる。すごくわかりやすい例えですね。
Message from coaches
- スクラムマスターが一人で抱え込むのではなく、チームみんなで対応していこう。
- スクラムマスターの得意分野が役立つなら活かすのもよし。繰り返し起こることや、チームメンバーが知っておいた方が良いことに対しては、スクラムマスターが一人で片付けずにチームと一緒に取り組めると、チームの成長につなげられる。
- チームの成長を促すこともスクラムマスターの大切な役目。必要な部分はサポートしながら、長い目で見てチームが成長していける方法を探っていこう。
外部のステークホルダーと、どのように協働すればいい?
新井:
これは、人によってすごく格差がありそうですよね。
そもそも全体像が把握できていなかったり、コネクションがなかったりすることも結構多いと思います。
中村:
組織の構造にもよりますよね。例えば、プロダクトオーナーはビジネス部門に近いところでいろんな人と話す機会があり、ステークホルダーをよく知っているけど、スクラムマスターは開発者寄りでそこのところがあまりわかっていない、とか。
特にその組織での経験が浅ければ浅いほど、どんな他部署が関係してくるかわからないものです。
新井:
そういうときは、インセプションデッキの「ご近所さんを探せ」を関係者と一緒に整理してみるといいですね。
ただアクターをあげていくだけじゃなく、関係性のラインも同時に洗い出してみる。承認の矢印とか、一緒に働く仲間だとか、受発注の関係性だとか。
合わせて、経験の有無や人と人との接点まで見える化できていると、何か起きた時に関係するステークホルダーがすぐ浮かぶようになります。
そうすると、協働しやすくなるんじゃないかな。
中村:
相手に敬意を払いつつ、対話をしに行ってみるといいですね。想像やイメージで敬遠してしまうのはもったいないと思います。
「自分たちのチームに何を期待していますか?」と、率直に訊いてみれば、たいていは答えてくれるはずです。
もし「何も期待していない」と言われてしまったとしても、それはそれで受け止めればいいだけですから。
新井:
訊くことは決して悪いことじゃなくて、自分にとっても部署にとっても成長に繋がることなので、わからないことがあれば遠慮せず訊いた方がいいですね。
正しくなろうとしているからこそ悩んでいるわけなので、変に忖度しすぎるのは良くないです。
中村:
スクラムの価値基準にも「勇気」とありますからね。正しいことをする勇気は大事です。
新井:
ちょっと勇気を出して話せるといいですよね。あまり自分の中でハードルを上げすぎない方がいいと思います。
Message from coaches
- 関係者と一緒に、インセプションデッキの「ご近所さんを探せ」の項目を整理してみよう。それぞれの関係性や接点、経験の有無なども合わせて見える化することで、協働がしやすくなるはず。
- わからないことは率直に訊いてみる勇気も大切。訊くことは悪いことではなく、自分にとっても部署にとっても成長につながる「正しいこと」と捉えよう。
- 過度な想像や忖度が協働をより難しくしてしまう。あまり自分の中でハードルを上げすぎないようにしよう。