“とはいえ”シリーズは、スクラムに取り組む現場で起こる様々な「とはいえ」をピックアップし、それぞれどのようにアプローチしていけばいいのか、レッドジャーニーの経験豊富なアジャイルコーチがざっくばらんに語るシリーズです。
「スクラムガイドにはこう書いてあるし、ブログではこういう事例を見かけるんだけど、とはいえ…」と困ってしまったり、チームで対話しても道筋が見えてこない時、ここでのお話が何か一つでもヒントになれば幸いです。
第5回のテーマは「スプリント」です。前編では、スプリントについての基本的な考え方や、期間を決める基準、割り込みなどイレギュラーへの対応法についてお話します。
スクラムは、複雑なプロダクトを開発・提供・保守するためのフレームワークです。1990年代初頭、Ken Schwaber と Jeff Sutherland によって開発されました。
スクラムに取り組む際の拠り所となるのが、スクラムの定義やルールを示した「スクラムガイド」です。2010年に最初のバージョンが発表され、その後アップデートが加えられながら進化し続けています。
全18ページ(2020年版)という小さなガイドですが、目的や理論から実践まで分かりやすくまとめられており、スクラムの本質が理解できるようになっています。
「スプリント」について、スクラムガイドにはこのように解説されています。
スプリントはスクラムにおける心臓の鼓動であり、スプリントにおいてアイデアが価値に変わる。
一貫性を保つため、スプリントは1か月以内の決まった長さとする。前のスプリントが終わり次第、新しいスプリントが始まる。
スプリントプランニング、デイリースクラム、スプリントレビュー、スプリントレトロスペクティブを含む、プロダクトゴールを達成するために必要なすべての作業は、スプリント内で行われる。スプリントでは、
- スプリントゴールの達成を危険にさらすような変更はしない。
- 品質を低下させない。
- プロダクトバックログを必要に応じてリファインメントする。
- 学習が進むにつれてスコープが明確化され、プロダクトオーナーとの再交渉が必要になる場合がある。
スプリントによって、プロダクトゴールに対する進捗の検査と適応が少なくとも1か月ごとに確実になり、予測可能性が高まる。スプリントの期間が長すぎると、スプリントゴールが役に立たなくなり、複雑さが増し、リスクが高まる可能性がある。スプリントの期間を短くすれば、より多くの学習サイクルを生み出し、コストや労力のリスクを短い時間枠に収めることができる。スプリントは短いプロジェクトと考えることもできる。
出典:スクラムガイド
進捗の見通しを立てるために、バーンダウン、バーンアップ、累積フローなど、さまざまなプラクティスが存在する。これらの有用性は証明されているが、経験主義の重要性を置き換えるものではない。複雑な環境下では、何が起きるかわからない。すでに発生したことだけが、将来を見据えた意思決定に使用できる。
スプリントゴールがもはや役に立たなくなった場合、スプリントは中止されることになるだろう。プロダクトオーナーだけがスプリントを中止する権限を持つ。
…とはいえ、実際の現場ではガイド通りには進みませんし、そもそも書かれていないような事態も多々起こります。そうした「とはいえ」に、どのようにアプローチしていけば良いでしょうか。
中村 洋 Yoh Nakamura
株式会社レッドジャーニー
CSP-SM(認定プロフェッショナルスクラムマスター)・CSPO(認定プロダクトオーナー)
様々な規模のSIerや事業会社でのアジャイル開発に取り組み、今に至る。現在まで主に事業会社を中心に40の組織、80のチームの支援をしてきた。「ええと思うなら、やったらよろしいやん」を口癖に、チームや組織が自分たちで”今よりいい感じになっていく”ように支援している。
※発表資料 「いい感じのチーム」へのジャーニー、チームの状況に合ったいろいろなタイプのスクラムマスターの見つけ方、アジャイルコーチが見てきた組織の壁とその越え方、など多数。
新井 剛 Takeshi Arai
株式会社レッドジャーニー 取締役COO
CSP(認定スクラムプロフェッショナル)、CSM(認定スクラムマスター)、CSPO(認定プロダクトオーナー)
プログラマー、プロダクトマネージャー、プロジェクトマネージャー、アプリケーション開発、ミドルエンジン開発、エンジニアリング部門長など様々な現場を経て、全社組織のカイゼンやエバンジェリストとして活躍。現在はDX支援、アジャイル推進支援、CoE支援、アジャイルコーチ、カイゼンファシリテーター、ワークショップ等で組織開発に従事。勉強会コミュニティ運営、イベント講演も多数あり。
Codezine Academy ScrumBootCamp Premium、機能するチームを作るためのカイゼン・ジャーニー、今からはじめるDX時代のアジャイル超入門 講師
著書「カイゼン・ジャーニー」、「ここはウォーターフォール市、アジャイル町」、「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」、「WEB+DB PRESS Vol.111 見える化大作戦特集」
スプリントで行うことと、基本となる考え方
中村:
今回のスプリント編をもって、「スクラムイベント」に関するお話は終わりです。今回も楽しんでいただければと思います。
早速、スクラムガイドの「スプリント」の項目を読んでみると、まず最初の1行目から気になりますね(笑)
”スプリントはスクラムにおける心臓の鼓動であり、スプリントにおいてアイデアが価値に変わる。”
ここだけエモくなるのはなんでだろう(笑)。興味深いです。
新井:
たしかに、なんというか…エモい表現ですよね(笑)。
中村:
”プロダクトゴールを達成するために必要なすべての作業は、スプリント内で行われる”というところでは、スプリントの始まりから終わりまでの間から、はみ出る作業はないということをあらためて言っています。
新井:
スプリントの一番最後のイベントが「スプリントレトロスペクティブ」ですが、その後まで作業を続けているケースが時々あります。
それをOKにしてしまうと、さまざまなシグナルをキャッチする機会を失いかねません。もっと重要な問題が潜んでいるのを覆い隠してしまうことがあるので、やめた方がいいですね。
中村:
「あとちょっとで終わるから…」と、やってしまいがちかもしれませんね。気をつけたいところです。
もう少し読み進むと、スプリント内で行うこととして”プロダクトバックログを必要に応じてリファインメントする”とあります。
スプリントバックログに取り組みつつ、未来のスプリントに対してプロダクトバックログをリファインメントするという、二つの活動が併行して走るイメージです。
これがなかなか難しいというのは、よく耳にします。リファインメントに時間を多く割いてしまうと、スプリントバックログが終わらなくなってしまう、と。
新井:
直近と未来とで目線を行ったり来たりさせなくてはいけませんから、実践するとなると難しさがあるでしょうね。コツが必要かもしれません。
後半部分では、スプリントの期間について”スプリントの期間を短くすれば、より多くの学習サイクルを生み出し、コストや労力のリスクを短い時間枠に収めることができる”とあります。この部分を読むと思い浮かぶことがあって…。
『エクストリームプログラミング』だったかな。本の中に、「とにかくアクセルを踏みまくれ。そうするといろんなボロが、部品が落ちてくる」というくだりがあるんですよね。
例えば、車で大陸を横断しようとするとき、砂漠の真ん中で故障が起きたら致命的ですから、まだ修理が可能な市街地にいるうちにアクセルを思い切り踏み込んでおこう、ということだと解釈しているんですけど。
スプリントでも、サイクルが短ければ短いほどいろんなものが発見しやすくなりますし、フィードバックを得られることがすごくプラスであるということだと思います。これは、日々感じていることでもありますね。
中村:
私が後半部分でいいなと思うのは、”スプリントによって、プロダクトゴールに対する進捗の検査と適応が少なくとも1か月ごとに確実になり、予測可能性が高まる”というところ。目の前のスプリントの先にある「プロダクトゴール」についてもちゃんと見ると書いてあります。
どこに向かっているのかよく分からないままスプリントだけ回している、という状況に陥ることってあると思うのですが、そんなときに効く言葉ではないでしょうか。
それと、”プラクティスの有用性は証明されているが、経験主義の重要性を置き換えるものではない”というところ。”複雑な環境下では何が起きるかわからない。すでに発生したことだけが、将来を見据えた意思決定に使用できる”とありますよね。ここもすごく好きです。
予測は予測でしかなくて、実際に起こったこと、起こることではないんですよね。
新井:
何が起きるか分からないという経験は、みんなしています。
予定通りにはいかないことだらけなので、それを前提として向き合っていけるといいですね。
Message from coaches
- すべての作業はスプリント内で終わらせよう。あとちょっとだけ、と作業を続けていると重要な問題を見落としてしまうかも。
- 視点を切りかえて、未来のスプリントへ向けたプロダクトバックログのリファインメントもしていこう。
- スプリントの期間を短くすることでいろんな発見が生まれる。フィードバックを得る機会を大事にしよう。
- スプリントではプロダクトゴールを意識して進捗の検査と適応をしていこう。
- 何が起きるかは分からない。予定通りにはいかないことを前提に、実際起こったことを受けとめよう。