ともにレッドジャーニーを立ち上げ、さまざまな現場で”カイゼン”に挑み続けてきた市谷聡啓と新井 剛。
共著『カイゼン・ジャーニー たった1人からはじめて、「越境」するチームをつくるまで』の初版発刊から5年。著者のふたりが歩んできた”ここまでの5年”と、未来に向けて歩みたい”ここからの5年”について語ります。
Toshihiro Ichitani / 市谷 聡啓
プログラマーからキャリアをスタートし、SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発の実践を経て、自らの会社を立ち上げる。
それぞれの局面から得られた実践知で、ソフトウェアの共創に辿り着くべく越境し続けている。
訳書に「リーン開発の現場」、著書に「カイゼン・ジャーニー」 「正しいものを正しくつくる」 「チーム・ジャーニー」 「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」 「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」 「組織を芯からアジャイルにする」がある。
Takeshi Arai / 新井 剛
プログラマー、プロダクトマネージャー、プロジェクトマネージャー、エンジニアリング部門長など様々な現場を経て、現在はアジャイルコーチ、カイゼンファシリテーター、チームビルディング、ワークショップ等で組織開発に従事。
CodezineAcademy ScrumBootCampPremium、機能するチームを作るためのカイゼン・ジャーニー、今からはじめるDX時代のアジャイル「超」入門講師
著書:「カイゼン・ジャーニー」 「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」 「ここはウォーターフォール市、アジャイル町」
目次
ここまで、5年間のジャーニー
市谷:2018年2月7日『カイゼン・ジャーニー たった1人からはじめて、「越境」するチームをつくるまで』の初版発行から5年。先日、第7刷が決まりました。新井さんにとって、この5年間のジャーニーはどのようなものでしたか?
新井:私は勤めていた会社が変わって本業と副業が逆転しました。本業の株式会社ヴァル研究所がありながら、2017年に市谷さんと株式会社エナジャイル(現 株式会社レッドジャーニー)を立ち上げ、2020年2月に本業側を退社しました。コロナの真っ最中でしたね。
2017年当時から見ると、アジャイルの使われ方が変わってきたと思います。DXとの相性がいいことも影響していると思いますが、DXに引っ張られてアジャイルの活用が変わってきたように感じています。市谷さんはいかがですか?
市谷:アジャイルの立ち位置としては、この5年間でこれまでの10年分くらい進んだように感じています。
2019年6月に発刊した『正しいものを正しくつくる』は”プロダクト作りをもっとアジャイルに”というものでしたね。プロダクト開発としてのアジャイル、そして組織アジャイルへの変遷は、そのくらい大きな変化になっているのではないかと感じます。
新井:2022年の赤い本2冊(デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー 組織のデジタル化から、分断を乗り越えて組織変革にたどりつくまで/組織を芯からアジャイルにする)の発刊もありましたね。
確かに、2001年のアジャイルマニフェスト以降の10年分、もしかしたら20年分くらいが、5年に詰め込まれているかもしれません。
市谷:お互いに思い入れのあった会社を退職して、いまは一緒に活動している。この5年はすごかったですね。本当にお疲れさまでした。会社が変わり、仕事の仕方や顧客も変わったわけですが、どのような変化がありましたか?概ねポジティブな変化だったのかな?ネガティブもあるとは思いますが…。
新井:ポジティブかネガティブかということを考えたことはあまりないのですが、個人的な感想としては、めちゃくちゃ脳みそが忙しくなりました。コロナやリモートワークになったことに加えて、私自身の仕事内容が”自分の会社のマネジメント”から”社外の他組織のお客様に対する伴走支援業”に大きく変化しました。仕事の領域や取り組み方、業界も変わったので、忙しさの種類が変わった感じかな。
30分刻みのオンラインミーティングが続くので、スイッチングコスト(切り替えに対する心理的作用・労力)が高くなりました。会議室の移動や通勤時間にあった”ちょっとした考える時間”も、全部ミーティングで埋められてしまうんですよね。これはリモートワークに取り組んでいる世の中のみなさまも同じかなと思います。
市谷:この変化は大きいですよね。慣れない仕事にご負担もあったのではないですか?
新井:そうですね。私のキャリアから考えると”自社で何かをつくっている”という会社に所属していたことが多いので、”いくつものお客様を同時に支援する”といった経験は少なかったです。だからそのあたりの不慣れさや大変さはあるかなと思います。そんな中でも、お客様の担当の方々から「会社の中の人と遜色なく接しちゃってます」と言われるのはすごく嬉しいですね。
市谷:お客様を支援をしていく中で強く感じるのは、”背景に何をおいているかの違いは大きいな”ということです。自分の組織の中での活動は、自分たちの組織自体が良くなることを大前提に置きますよね。同じ屋根の下で取り組むことだから多少何かあっても許せるし、すべての時間が自分たちの会社のためにやってることだという暗黙の理解がある気がする。安心感があるんだろうな。
一方、支援業という外からの関わりとなると、常に別の組織の人と一緒に活動することになります。こちらとしてはもちろんよくなるように支援したいのだけど、どうしても”立ち位置が違う”という感覚がこちらも相手にも入ってくる。この感覚の違いは大きいんですよね。
新井:同じ会社内であれば、部署や部門が違うということで立ち位置が変わることはあるけれど、市谷さんの言うように、同じ屋根の下の仕事なので、同じ社長の元、同じプロダクトの元で、1つになろうと思えばなれるんですよね。メンバー同士の接点も多いですし。同じ釜の飯を食っているといった感じかな。支援業と比べると、その差はやっぱり大きいと思います。
市谷:社内だと互いの接点がそもそも多く、上手くいかなかった時でも取り戻せるチャンスもたくさんありますよね。例えばどれだけ仲たがいしても、上手くやらなきゃどうしようもない。仲間意識が強い。やっぱり家族なんでしょうね。
支援業だと、ほんの少しのすれ違いが大きくなってしまうこともあります。
新井:合わないからといって会社を次々と転職するわけにはいかないですしね。家族というか、仲間というか。その結びつきは強いですよね。いいなと思います。
新井:市谷さんはポジネガという観点でいうといかがですか?
市谷:私から聞いておきながらなんですが…ポジもネガも両方あるかな。良かったか悪かったかでは、測れないのかもしれないですね。
仕事のやり方も人事的なことも経営的なことも人間関係も、10年とか15年かけて経験することを5年でやってきて、それが良かったのかどうかということではないと思うんですよね。ここまでたくさん経験した分、この先はこれを踏まえて活動できることはいいこと(ポジティブ)だと思います。
でも一方で、もう少しじっくり時間をかけて進んでいたら、失わなくて済んだこともたくさんあった(ネガティブ)のかなとも思うんです。結局、この5年間でやってきたことは、これから先の5年をどうするか、どうしたいかだと考えています。
新井:ことわざ・故事成語の「人間万事塞翁が馬」ですね。未来が過去の評価を決めてくれると思います。そのときは「ダメだった」「過去の痛手だ」と思うことも、もしかしたら未来は違う評価をしてくれるかもしれないですよね。
とはいえ市谷さんの活動は、はたから見ていても濃縮してる感じは分かるし、すさまじいと思いますよ。
市谷:ずっとは続かないと思います(笑)
ここから、5年間のジャーニー
市谷:では次に”この先の5年”という観点で、新井さんが思うことはありますか?
新井:この先の5年は自分自身の成長というより、私のこれまでの経験を伝えていくことに重きを置きたいと思っています。私と同じ轍を踏まないように、知っていることやスキル、経験を伝授していきたいと、これまでよりも強く思うようになりました。
お客様を支援していく中で、最初のところでつまづく姿を目にします。見える化やふりかえりなどの手法は、すでにみんなが当たり前に知っているという前提でいましたが、それは違うのかもしれない。過去の轍を伝えるといったすそ野を広げていくような活動は、まだまだ世の中に必要なんだと感じています。
市谷:僕らの目が黒いうちは必要なのかもしれないですね。私たちが一緒に取り組んでいる組織はまだほんの一部で、日本の組織といえば何万社もあるわけですから。
新井:スタートアップ系や、新規プロダクトをどんどん作っているような会社は、アジャイルやスクラムが普通になってきている。そういう組織はそのまま成長してくれるといいですよね。次はこれまで活躍してきた既存の伝統のある会社に、アジャイルを入れるというすそ野をひろげていきたいなと思っています。
市谷さんのこの先の5年はいかがですか?
市谷:ちょっとずつ自分の役割を渡していく時期かなと思っています。5年・10年という単位で見れば必ず跡を継ぐ人が出てくるだろうし、そういう人たちに次を託して渡していく。
とはいえ、自分でも「まだまだやらないと!」と「いやいやもうそろそろ…」の板挟みなんです。日々の仕事では「まだまだ引っ張っていかないといけないかな」と思うこともあるし、若い方々に四の五の言わないようにしないとな、という思いを感じてしまうこともある。そういうもんなんだろうな。
新井:私もそれは考えています。市谷さんが5年で10年分進めたことを次の世代がさらに加速させて欲しいですね。
市谷:なので、もう少しうまく橋渡しができたらよかったかなと思います。例えば、コミュニティ活動なども「自然消滅しちゃうかも…」というリスクを恐れずに、どこかでバトンタッチしなければいけなかったのかな?とも思います。
新井さんの影響
市谷:新井さんの影響を受けて、私自身、人に穏やかに接するようになりました。
例えば、取り組むことが重要だと分かってることであっても、やらない、やれない、やりたくないことってあるじゃないですか。そんなとき、以前の私は「重要だと分かっているなら、やればいいじゃん!」と、厳しい指摘モードでやらせるタイプでした。「こんなことでは結果は出ない、話にならん」と思っていたんです。
だけどそれではうまくいかないのが人間の難しさであり”人間らしさ”だと思うようになったんです。やった方がいいと分かっていても、それでもやれないというのは起きることだし、それを許して受け入れられるかどうか。家族ですらない他人と他人、人と人とがつくる社会なんだろうなと。
”キレッキレのコンサルタント”という生き様もあるなかで、私がそちらに行かなかったのは、人間らしさにはかなわない、理屈をもってしても受け止められないものは受け止められない、勝ち負けではないと分かったからだと思うんです。これは新井さんと一緒に仕事をしていなかったらたどり着けなかったと思います。
新井:確かにロジックや正解で勝ったと思っても、実は逆に負けだったということもありますよね。短期的には勝ちでも、長期的には負けだったり。ただ私の判断は、もしかしたら資本主義社会の中では良くないのかなと思うこともあります。ジレンマですね。
市谷:現代組織における意思決定は建前が強いですよね。本音なのか建前なのかも分からなくなっていることもありそう。だからおかしくなってしまう。
人と人の間であったら言わないようなことを、会社と会社という関係では言ってしまったり、売り上げや利益、右肩を上げるために犠牲者を出しながら働いたり。それがいったい何につながるのか?と意味が分からなくなってしまいますよね。だからといって、全く逆にのんびりやろうやという世界が成り立つかというと、そうではないのですが。
だけど最後に仕事や生活の満足感を判断する時のよりどころは、切れ味の鋭いロジックや賢げな理屈、正解でありそうなことではなくて、人らしさじゃないかなと思うんです。
例えば、クライアントさんと一緒に活動する中でうまくいかないとき、相手を責めるようなことを言っても、その結果たどり着けるのって”無理やりやらされる感じ”くらいで。成果が出るとは限らず、それはこちらの自己満足に近しいと思うんです。それよりも相手なりになにか変わったり進んだりしたなと実感できることが大切なんじゃないかな。
新井:行動変容や人生のターニングポイント、モチベーションアップに繋がることの方が、⻑期的によくなっていくと思いますよね。
市谷:そう考えるようになったのは、この仕事から理解したことだし、新井さんの影響だと思っています。新井さんは、いつもいいことをおっしゃっている。まっとうなんですよね。ただ、キレッキレの方の人間からすると、ぐんにゃりしていて大丈夫なの?と思われるかもしれないけど。間違ったことは言っていないと思うんです。
新井:短期的に成果や結果を出すということでいったら、間違ってるかも知れないですけどね。その辺は、この先5年どうしますってことと繋がっているのかもしれないな。
若手に結果を出すように詰め寄って委縮させてしまうよりも、入り口を広げて勇気づける方が、投資になるし将来的に残っていくだろうなと思います。私も以前、管理職だったので「あれは言ってはいけない言葉だったな」とか、「今のは消せない言葉だったな」「委縮させてしまったな」と思い出すことがあります。いまならそれよりも勇気づけることの方が大事だと思えます。そのあたりのことはアジャイルに教わりました。アジャイルに出会うまでは1人で抱え込みすぎていたと思います。
市谷:人と人が仕事をするとき、頭ごなしに否定されたり意見されたい人はいないですよね。よくないことへのフィードバックは必要だけど、分かっててもできなかったりするときに必要なのは、「何やってんねん!」といった厳しい言葉ではなく、「こうやったら上手くいくんちゃう?」とか、「もうちょっとこうしてみたら?」とか、「がんばってみようか」のような励ます言葉なんやろな。甘やかしてほしいとかいうことではなく、頭ごなしに言っても何にもプラスにならないと思うんです。
新井:そうそう。強い言葉が飛び交うだけでなににもならないですよね。中には負けじと反発するタイプもいますが、IT業界だとメンタルをやられてしまうことが多そうですよね。その人の特性を見ながら適した方法を用いたいですね。
市谷:わざと「厳しいことを言ってください」という人もいるけれど、一時的な効果があったとしても、それは本質的な変化ではないんですよね。
伝えたい言葉
新井:私はロジカルに伝えることよりもパッションで伝えてしまうんですよね。
相手によっても違いますよね。クライアントさんの中でも丁寧に聞いてくれる人と、そうでない人がいます。相性もあると思いますが。親身になって聞こうと思うから、同調する。シンクロする。そういうことを思ってくれているクライアントさんとは相性がいい。
市谷:ちゃんと話してもらわなきゃ困るというクライアントさんもいらっしゃいますもんね。目先のことばかり見るのではなく、この営みの先で何をしようとしているかというところで、お互いが分かり合えてると、ちゃんと話せているかどうかは些細なことだと思うんですよね。
「組織として課題山積ですよ(笑)」と、アジャイルだけてなくマネジメントとか組織としてどうしたらいいかとかも含めて、丁寧にお伝えするので、きちんと向き合っていきたいですね。
新井:それはありますね。市谷さんがすごいのは、私みたいな人にもシンクロしてくれるし、キレッキレの人たちにもシンクロしていけるということなんですよね。万能型。これはすごい。あまりいないタイプなんじゃないかな。
確かに最近、市谷さんの話すトーンがソフトになったと思います。テキストベースのやり取りでも柔らかくなったように思います。
市谷:言葉が与える影響は計り知れないし、コントロール不可能なところがあるので、気をつけるようにしています。でも自分の変化として自覚するのは、それをとりつくろったり、そうしないようにしようと気をつけることが、ストレスではなくなってきていることなんです。自然とこうありたい、こうあろうと思うようになってきたなと感じています。
新井:いろんな気遣いをしているので、はたから見ると、もしかしたら、働きすぎかな?とも思うけど。
市谷:(笑)
今やっていることの一つの区切りで、新しいものの始まり。全然違うことの始まりかもしれない。それを見つけられる5年になるといいなと思いますね。
ということでカイゼンジャーニー筆者の2人による7刷りふりかえり会でした。
『カイゼン・ジャーニー たった1人からはじめて、「越境」するチームをつくるまで』
◆「日本の現場」に寄り添った、アジャイル開発の実践! 現場のストーリーで、開発の神髄を学ぼう
〔本書の特徴〕
・現場のストーリーから、考え方とプラクティスを一緒に学べる
・1人でも始められる業務改善の手法から、チームマネジメントの手法まで解説
・日本の現場を前提にしているので、実践しやすい
・アジャイルをこれから始める人だけでなく、もっとうまく実践したい人にも最適
〔本書に登場するプラクティス〕
モブプログラミング / バリューストリームマッピング / ユーザーストーリーマッピング / 仮説キャンバス / ハンガーフライト / カンバン / 期待マネジメント / リーダーズインテグレーション / ファイブフィンガーなど