京セラコミュニケーションシステム株式会社で開催された社内勉強会にて、代表の市谷が講演しました。

話し手

市谷 聡啓

株式会社レッドジャーニー 代表
元政府CIO補佐官
DevLOVE オーガナイザー

サービスや事業についてのアイデア段階の構想から、コンセプトを練り上げていく仮説検証とアジャイル開発の運営について経験が厚い。プログラマーからキャリアをスタートし、SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発の実践を経て、自らの会社を立ち上げる。それぞれの局面から得られた実践知で、ソフトウェアの共創に辿り着くべく越境し続けている。訳書に「リーン開発の現場」がある。著書に「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」「チーム・ジャーニー」「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」がある。

講演の概要

日本のDXはどうなっているのか?

日本のDXの「今ここ」はどうなっているのでしょうか。2021年に発表された情報処理機構IPAによるDXのレポート「DX白書2021」では、DXの取り組みについて様々な観点から日米の比較を行っています。「DXへの取り組み状況」を示すデータでは、日本のDXへの取組状況は約45%となっており、米国の70%強という結果と比べると大きな差があることが分かります。

また、2020年に経済産業省が発表した「DXレポート2」では、調査対象となった企業のうち実に9割以上が、DX未着手(DXについて知らない)あるいはDX途上企業(DXを進めたいが、散発的な実施に留まっている)の状態であると示されています。2018年、「2025年の崖」というセンセーショナルな言葉とともに日本企業の置かれた危機的な状況が明るみに出たにも関わらず、2年が経過してもなお、このような状況に留まっているのです。一体なぜ、このような事態が起こっているのでしょうか。

DXに立ちはだかる「荒ぶるDX四天王」

DXの取り組みを進める上で、組織は様々な問題に直面します。中でも、「荒ぶるDX四天王」とも言うべき四つのケースが頻繁に見られます。まるで一休さんの寓話に出てくる屏風のトラのように、プランだけが過密に描かれ肝心の実行体制や方法が手薄になっている「屏風のトラ DX」、上層部はDXへの取り組みに満足しているが実態は成果に乏しい「裸の王様 DX」、社内外にDXの成果を発信しているが現場は疲弊し頓挫しかけている「大本営発表 DX」、そして、経験したことがない仕事が山程ありすぎて終わりない疲弊が続く「眉間に皺寄せてやる DX」の四つのパターンで、いずれもいわゆる炎上の状態に陥ることとなります。

一つ問題をクリアしても、またすぐに次の問題が立ちはだかる、まさに問題が山積する困難な状況を突破するためには、問題を引き起こしている組織そのものの形態を進化させる組織変革が必要です。

DXの本質、組織の形態進化に必要なこととは?

つまり、DXの本質とは組織を変革することと言えます。デジタル化した社会や環境に適した組織となるよう、形態進化を果たすことが必要不可欠なのです。では、組織の形態進化にはどのようなことが必要でしょうか。

先述のような炎上状態を生み出す土壌となっているのは、1980年代から連綿と続いてきた「呪縛」とも言うべき日本企業のあり方です。1980年代、高度経済成長期に一つの勝ちパターンとして定着したのが「最適化」という手法でした。大量生産・大量消費のサイクルを回すために「効率化」が最重視された結果、効率化された方法を標準化し、それをさらに効率化するという「最適化」の「最適化」が起こります。度を過ぎた最適化はやがて思考停止状態を招き、組織は本来の目的やあるべき姿を見失っていったのです。組織の形態進化に必要なのは、まず立ち止まり、状況を観て適したあり方を探索すること。そして、探索の結果から学びを得て適応すること。「探索」と「適応」を繰り返すことで、組織は進化し本来の目的やあるべき姿に近づいていくことができるのです。

「探索」と「適応」のための、アジャイル

組織が「探索」「適応」の能力を身につけるために、大きな助けとなるのが、ソフトウェア開発に端を発した「アジャイル」の考え方です。アジャイルという言葉が日本にやってきたのは、およそ20年前。当時のソフトウェア開発では、仕事の手戻りが起きないように”工程”を置いて決めたことにする方法がとられていました。それは不条理で非効率、機械的な方法であり、多くのプロジェクトで日々炎上が起きていたのです。そこに登場したのがアジャイルです。アジャイルとは2001年に作られた言葉です。その開発手法であるXPについてはより遡って1999年頃スクラムについては1993年頃に生まれています。2001年に発表されたアジャイルソフトウェア開発宣言では、下記のような原理原則が示されています。

  • プロセスやツールよりも個人と対話を
  • 包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを
  • 契約交渉よりも顧客との協調を
  • 計画に従うことよりも変化への対応を

もとはソフトウェア開発の手法として生まれたアジャイルを組織運営に活用するためには工夫が必要です。また、組織が置かれている状況によってアプローチの仕方も違ってくるでしょう。アジャイルとは「方法」であり「あり方」でもあります。組織がアジャイルになることで、DXをはじめとした日本企業が直面している様々な壁を乗り越えていくことができるはずです。では、「組織がアジャイルになる」とは、具体的にどのような状態を表しているのでしょうか。

アジャイルには構造があります。大きく分けて四つの段階が積み重なっているため、家の構造にたとえて「アジャイル・ハウス」と呼んでいます。アジャイル・ハウスの基礎にあたるのは、アジャイルマインドの理解です。部門や部署、立場の違いを越えて「協働」するメンタリティをメンバーが持っていることがアジャイルな組織の大前提です。

その上の1階部分にあたるのが、チームで仕事するための「アジャイル」です。一人ではなく複数のメンバーで取り組むためには見える化とカイゼンが不可欠です。まず、これから2週間のやることをチームで決め、コミュニケーションを重ねながら開発したら、メンバーでふりかえりを行いフィードバックを得ます。フィードバックをもとに2週間をふりかえり、カイゼン点を決めたら、また次の2週間のやることをチームで決めます。こうした見える化とカイゼンのサイクルを繰り返しながら、チームでの仕事を成果に繋げていくのです。

アジャイル・ハウスの2階部分にあたるのは、探索と適応のための「アジャイル」です。既存事業、新規事業を問わずチームでの仕事を成果に繋げるためには、「正しいものを正しくつくる」ことが必要です。たとえ作り方が正しくても、作るべきものが間違えていれば、ずっと間違え続けてしまうことになってしまいます。正しいものを、正しくつくるには、対象となる使う人と使われる状況を解像度高く捉え、「何を作るべきか?」の仮説を立て、検証しなくてはなりません。検証は、使う人の反応を得るために行います。仮説検証で得られた「理解」をもとに、アジャイル開発でプロダクトに仕上げる、仮説検証型アジャイル開発が有効です。

使う人と会話する一番の手段は、使ってもらうことです。会話や資料だけでは伝わらないことも、触れるもの、試せるものを手渡し使ってもらうことで的確な反応が得られます。また、形にすることで関係者の認識を早期に揃えることができたり、協働を育みチームの機能性を高めたりと、アジャイルによって「早く形になること」の意義は非常に大きいと言えます。

日本の組織は変われるのか?

日本のDXは周回遅れと言われます。遅れを挽回し、さらに先へと進むには、組織を「芯」からアジャイルにするアプローチが必要です。開発やITの部門にとどまらず、経営企画や事業部門など組織内のすべての部門でアジャイルが取り入れられ、部門の壁を越えた協働が行われることで、不確実性の高い状況においても成長し続けることができる組織へとトランスフォーメーションを遂げることができます。

そのために、まずは何ができるでしょうか。第一歩として有効なのは、ふりかえりです。顧客体験価値(CX)の向上推進、従業員体験価値(EX)の向上推進、事業ポートフォリオの作成、戦略の見直しなどの重要な観点において、毎週あるいは毎月ふりかえりを行い、評価と見直しの結果をもとに次の戦略を決めるのです。日本の企業の現状を見ると、ふりかえりがほとんど行われていません。まずはこの頻度を上げることから始めましょう。

組織の「芯」はどこにあるのか?

組織の「芯」とは、一体どこにあるのでしょうか。芯は、「自分たちが居る場所をより良くしよう」と思う人に宿ります。それは現場であり、経営であり、顧客との接点にあり、日々の仕事、チャットに投じた一言にあり、組織のどこもが「芯」になりうるのです。どこかの、誰か、から変化が始まるのではなく、変化は「あなた」から始まります

決して難しいことではありません。どこかにたどり着かなくてはいけない、なんて思わなくて良いのです。どこかにたどり着くために、はじめの一歩を踏み出そうとする限り、私達は「何者か」であり続けます。顧客と社会とあなた自身の状況を良くしようとすることを止めることは、社長も含めて、誰にもできません。自分が居る場所や前提から踏み出して、越境しましょう。もう一度、旅をはじめるために。

コメント

正直言うと、事前に想像していたよりも、とても素晴らしいイベントでした。
テクニカルなトピックもありましたが、市谷さんの講演の根底には、未来に向けてものごとを良い方向に変えていこうというエネルギーを感じました
参加者の輪を拡げ、このようなエネルギーを会社の成長に繋げなければならないと思いました。ありがとうございました。

ICT事業本部 副本部長
河之口 達也さま

市谷さんには、今回2回目となりますが「組織を芯からアジャイルにする」と題し再び社内イベントでご講演頂きました。
「アジャイル」に関するお話はもちろん、組織をよりよくしていくには、今自分が何ができるのか?というふか〜い問いを頂いた気がします
お話聞いて終わり!ではなく、1歩1歩できることから変えていきたいと思います。
ありがとうございました。

ICT事業本部
デジタルソリューション事業部
事業企画課 課長
慶松 寿洋さま