顧客や組織のニーズが複雑化している現代社会において、組織活動にも新たな変革が求められており、企業のDXも急速に発展しています。

三井不動産株式会社様では、さらなるDXの推進強化のため、2020年4月にITイノベーション部が組織改正されDX本部となりました。従来のビジネスモデルに留まらない「Real Estate as a Service(リアルステート・アズ・ア・サービス)」の実現を目指し、「テクノロジーを活用し、不動産業そのものをイノベーションする」という大きなビジョンを掲げています。レッドジャーニーは、2021年からDXに関する伴走支援を行っています。

今回、組織のDXを推進する役割である伊藤 太二郎様(DX本部DX二部 DXグループ長)に、お話を伺いました。

「既存事業の深化と新規事業の探索、両輪で進める理由とは」「DXの必要性をどのように組織内で広めていくのか」「レッドジャーニーとの取り組みでどのような変化が起こったのか」など、伊藤様とともに活動をふりかえると、「顧客に価値提供をしたい」という信念がそこにありました。DXを推進するために現場で奮闘する方々へのヒントとなるインタビューです。

(聞き手:レッドジャーニー 市谷聡啓)
※部署、肩書はインタビュー当時のものです。

DX部が目指すのは「機動力のある組織」

市谷:
最初に、三井不動産におけるDXとは何を目指しているのかをお伺いしたいです。

伊藤様:
三井不動産は、長期経営方針VISION2025の3つの柱の中のひとつに「テクノロジーを活用し、不動産業そのものをイノベーションする」を掲げ、「Real Estate as a Service」の実現を目指しています。

今までの不動産業は、建物を建てて貸す・運営する・売るのがメインのビジネスでした。一方、「働く」「住まう」「楽しむ」など、ユーザーのシーンに合わせて使っていただけるように、サービスとしてアセットを提供するのが「Real Estate as a Service」です。サービスとして利用してもらうためには、デジタル活用が欠かせないので、DXが重要になってきますよね。その中で、大きな役割を担うのが、私たちDX本部です。

市谷:
「Real Estate as a Service」という方向性に対して、DX本部はどんな役割を果たしているのでしょうか?

伊藤様:
長期経営計画の「テクノロジーを活用し、不動産業そのものをイノベーションする」には、「既存事業深化」と「新規事業探索」という大きく2つの要素があり、これらを事業部門とともに推進する役割を担っています。

参考:三井不動産長期経営方針

伊藤様:
組織の一箇所に機能を集中しDXを推進する会社もあるかもしれませんが、当社では、事業部門とDX本部を含めた事業部門以外の部門が、両輪で進めています。

市谷:
「深化」と「探索」のバランスが重要で、そこを実現・推進されているんですね。両方を実行できている組織は少ないと思います。「両輪で進める」と明確に置いている狙いや理由はどういったものでしょうか?

伊藤様:
各事業部門にDXを推進できるメンバーを配置し事業部門の中から変革する方法もありますが、DXは多様であり様々なスキルが必要となる一方で、配置できる人数には限りがあるため現実的ではありません。DX本部という部門に機能を集中させ、そこから全社に発信し、事業部門と一緒に推進する「両輪」を選択しています。

市谷:
DX本部内で、伊藤さんのグループはどんな役割を担っていますか?

伊藤様:
DX本部には三つの部門があり、私が所属しているDX二部は新規事業支援やデータ分析/活用を主に担当しています。DX二部内の三つのグループにそれぞれ担当する事業/部門が割り当てられており、DXにより価値を創出する役割を担っています。私のグループが担当するのは「街づくり・オフィスビル・ロジスティクス・東京ドーム・新規事業」です。

市谷:
三井不動産のDXは案件の数が多く、扱う領域も広いですよね。DX二部の中でフォローするのは大変なのではと想像しますが、いかがでしょうか?

伊藤様:
私のグループのメンバーはキャリア採用の技術職がほとんどです。DX推進にはさまざまなスキルが必要なので、得意なスキルが各自異なっています。難しいのは、求められるスキルがひとつではない一方で、ひとつの案件に同時に何人も動員できないことですね。

市谷:
そういった点はどのように乗り越えていますか?

伊藤様:
市谷さんにお手伝いいただき、メンバー共通で必要なスキルを整理し、身に付ける取り組みを行っています。共通で持つ必要が無いスキルについてはメンバー各々が尖ったスキルを持っており、例えば、私のグループにはデータ活用に秀でたメンバーが2人います。データ活用人材以外は、どんな時にどのようにデータを活用できるのかについて理解できており、実際、データ活用のシーンに入ると、秀でたメンバーが稼働するスタイルを目指しています。メンバー全員が共通して持つスキルと、個々が持つ尖ったスキル、これをグループの中でバランスよく持ちながら、案件を推進したいです。

事業部を支援するために必要なこと

市谷:
事業部を支援していく中で、どんな活動が必要だと考えていますか?

伊藤様:
第一に「DXで何ができるのか」を私たちから事業部に伝える活動が欠かせません。事業部側はDXを活用することによって何が実現できるのか、よく分かっていないことがまだ多いです。以前は、DX本部は「情報システム部」でしたが、DX本部となり何が変わったのか、事業部へわかりやすく伝える必要があります

また、会社が目指す形に当てはまるようなケイパビリティをまだ十分に持てていないので、今不足している部分を明確にして力をつけることも必要です。この取り組みも市谷さんにご協力をお願いしているところですね。

事業部門は、今までの不動産の進め方をプロフェッショナルとして知っているので、正直なところ、DXがなくても今までの延長での仕事は進められます。さらに、DXを活用することで何ができるかがわからない。この二つの要素によってDXが進まなくなる可能性があると考えているので、「DXで何ができそうなのか」を伝えないといけないです。これに取り組まなければ組織として進歩しないですし、お客様に新しい価値を届けられません

市谷:
事業部にDXの可能性を伝える時、うまく理解してもらうためにはどのような方法をとっていますか?

伊藤様:
価値をわかってもらうには、事例を示すと良いですよね。この価値を生み出すために、DXをこのように活用したと説明できるのが一番いいと思います。

市谷:
事業部は、何ができるかがわかっていない。DX本部は手段や技術はわかっているけれども、事業部の領域について深く理解しているわけではない。お互いにわかっていない部分がありながら進める中で、どこを切り口に話すのかが難しいですよね。やはり、事業部との対話が大事なのでしょうか?

伊藤様:
事業部の対話も必要ですし、私たちが事業に対する理解を深め、経営からのメッセージを解釈し、アクションに移すという行動も重要だと考えています。

レッドジャーニーとの取り組みによる変化

市谷:
私たちとの取り組みの中で、伊藤さんが特に印象に残っているのはどんなことでしょうか?

伊藤様:
三点あります。一点目は、「やるべきこと化」です。事業部がやりたいことをまず私たちが咀嚼して、それが正しいのか理解して、やるべきことを整理する活動です。今回、 私のグループのメンバーや市谷さんと一緒に悩んで取り組んだ結果、ようやく数件のアイデアを事業部へ提案できる見込みとなり、事業部とDX本部で協働できそうな状況になってきています。

二点目は、「新規事業開発のMVP開発ワークショップ」ですね。重要な要素はどれか、何ができれば事業の価値を検証できるのか、と見極めを行った上で、クイックに開発・検証して、問題を直す。この仕組みをレッドジャーニーさんと一緒に作りました。「こういう流れで開発していくんだな」と、ワークショップの中でメンバーが実際に体感しながら、共通理解を持てたのが非常によかったです。

※MVP開発とは
Minimum Viable Product。最小限のプロダクトを開発してリリースしユーザーの意見を取り入れながら改善を繰り返していく開発手法。最小限のコストで事業成功の仮説を立てられるので、より失敗を少なくより顧客に合ったプロダクト開発につながるとされている。

三点目は、「ふりかえり」です。当社にはあまり「ふりかえり」の文化がなく、マニュアル化が進んでいない領域も多いです。ふりかえりの仕組みを市谷さんに提案していただいて、実施しています。「ふりかえり」をすると、組織知につながることを拾えますし、「次にこんなアクションが必要だろう」と、思考の整理をみんなでできるようになりました

市谷:
私も「やるべきこと化」はとても印象に残っています。「何のためにこの事業をやるのか」「価値はどこにあるのか」と、皆さんと一緒に考えました。「踏み込んで考えることが大事だとわかっているけど、踏み込めない。この状況下でも、一度自分たちで考えてみよう」と、皆さんの問題意識と合っていたので、非常に良い取り組みだったと思っています。

レッドジャーニーと活動をしてから、メンバーの皆さんに変化はありましたか?

伊藤様:
取り組みの最中からメンバーは刺激を受け続けていた印象です。メンバーから取ったアンケートの中に「どこまでやるんだろうと迷いながらやっていました」という回答があったように、レッドジャーニーさんとの活動の中で「自分はここまで求められているんだな」という気づきにつながっているようです。「それを実現するためにどうアクションすべきか」と、メンバーが自分で考え始めてくれるまでになっているのは、大きな変化ですね。良い事例をいくつかグループ内で作って、他でも広めたいです。

市谷:
他の組織を見ると、DXの取り組みはむやみに大掛かりになっているケースがあります。重要な部分がどこなのかがわからない中で進めるには、MVPの概念が非常に重要だと思っています。MVPの概念や、今回一緒に取り組んだデザインスプリントに関して、伊藤さんはどのように評価していますか?また、どんな風に今後活用したいと考えていますか?

伊藤様:
仕組みは整理できたので、より良いやり方を探しつつ、MVP開発を自分たちなりに進化させたいです。

市谷:
事業部との取り組みの中で、MVP開発のアプローチができそうなイメージはありますか?

伊藤様:
新規サービスの開発をする時は、MVPでやっていきたいですね。不動産屋は本来、ものを建てる事業なので、初めからきっちりしたものを事業部のメンバーは作りたがります。とはいえ、サービス開発や新しい顧客向けの活動は、別のやり方が必要です。なぜそれが有用なのかを事業部側に伝えながら実践したいです。

DXの軸は「いかに付加価値をつけるか?」

市谷:
改めて、「ふりかえり」の良さはどんなところでしょうか?

伊藤様:
普段の1on1ではHowについて深く掘り下げる時間が取れていませんでしたが、「ふりかえり」では1ヶ月のアクションを見るので、きちんとHowを言語化できるのが良いですね。

市谷:
仕事をしていると「本当にこのやり方でいいのか」と考える人もいれば、あまり見直さない人もいます。「ふりかえり」で他の人が加わることによって、自分では気づけないことに気づけますよね。

MVPや「ふりかえり」は、元を正すとアジャイルの考えが源流にあって、アジャイルはDXや新規事業創出において必要だと思っています。事業計画を立てて、そのまますぐに企画が立ち上がることはあまりないので、試行錯誤をしながら進めることが求められています。

伊藤さんグループでは、1年の計画をそのまま実行するのではなく、3か月ごとに評価ポイントを見直しています。この側面から、伊藤さんがアジャイルをどう捉えていて、どう活かしているかをお聞きしたいです。

伊藤様:
私は、アジャイルなのかどうかを意識せずに進めています。「アジャイルですね」と言われたらそうなのかもしれません。「今の状況に適したやり方で進めている」という表現の方が正しいでしょうか。

「新規事業の顧客獲得や価値創造という難しい課題を解決するにはどうすればいいか?」と日々悩みながら、軌道修正しつつ進めています。軸がブレるのはグループ長という立場からすると良くないとは思いますが、課題がわかっているのにそのまま実行し続けるのは違いますよね。

市谷:
伊藤さんがやっている動きこそ、アジャイルな運営だと私は思います。伊藤さんは、DX本部に異動する前からそのようなスタンスでお仕事をされていたんですか?

伊藤様:
いいえ、違いますね。異動前に担当していた不動産開発は、スケジュールが決まっていて、いつまでに設計して、着工して、竣工して……と、ゴールに向かいやるべきタスクを順番にこなすスタイルでした。アジャイルで進めた経験はなかったです。

市谷:
「やるべきこと化」は私が提案した内容ではなく、伊藤さん発信で立ち上がりましたし、今の状況に合わせて課題を乗り越える算段を立てていますよね。これまでとは違うアプローチをしているように見えますが、その点はいかがでしょうか?

伊藤様:
DX本部のグループ長になって2年経ちますが、特定の業界で2年の経験ではまだまだ新参者だと思っています。ただ、新参者だからこそ「なぜこの仕組みなのか?」と客観的に見やすい立場なので、これまでのやり方を見直すような動きをしているのかもしれません。

市谷:
DXや組織変革の話の中で「本当はやった方がいいこと」については、人を選ばず誰もが取り組めた方がいい。そうしたほうがいいと分かっていても、でも、圧倒的にやれてない人が多いんです。「やれている人はなぜやれているのか?」と考えると、その人の中にやれている源流があると思っているので、これまでの仕事に対するスタンスをお伺いしました。

伊藤様:
以前、ストレングスファインダーで「周囲の力を借りて調和を取りながら事業を進める」という結果が出て、多くの人の力を借りながら価値を高める仕事をしてきたんだと再認識しました。

三井不動産が目指すのは「いかに付加価値をつけてよりお客様に喜んでいただけるものを作るか」ですこの意識のもとで今のグループで仕事を進めると、部署を超えて仕事をしたり、市谷さんという外部の方の手を借りながら進めたり、という形になったのかもしれないです。

市谷:
そもそも、顧客価値を高めていくことを大事にされているんですね。根本的でシンプルですが、非常に大事なことだと思います。

事業全体をイノベーションできる存在を目指して

市谷:
今後は伊藤さんグループとしてどんな成果を上げていきたいですか?また、そのためにどんな取り組みをしたいとお考えでしょうか?

伊藤様:
三井不動産のDXについては、評価していただいている部分もありますが、まだまだ道半ばです。不動産業そのものをイノベーションしていくために、市谷さんの力を借りて成功事例をつくり、世の中に新たな顧客価値を届けたいですね。私のグループが、三井不動産の事業全体をイノベーションできるようなハブになれたらいいなと考えています。

市谷:
本日はお話をお聞かせいただきありがとうございました。