三菱重工業株式会社様では、幅広い製品に関わる事業部門でデジタルを活用した変革に取り組んでこられました。その伴走支援を行う社内の専門部門として設立されたのがデジタルイノベーション本部です。中でも、DPI部 SoE(System of Engagement)グループでは、お客様が取引をしやすくなるようなタッチポイントに対するデジタル化を進めるべく、事業部と協働して仮説検証型アジャイル開発に取り組まれています。レッドジャーニーは2022年よりアジャイルコーチとして伴走支援を行ってきました。2023年に開催したレッドジャーニーのカンファレンス「Red Conference 2023 October」で行われたSoEグループのグループ長である山本様とレッドジャーニーの中村による対談の概要をご紹介します。
※内容はイベント開催時(2023年10月)の情報です。

話し手

山本 浩道 様
三菱重工業株式会社
デジタルイノベーション本部 DPI部 SoEグループ グループ長

中村 洋
株式会社レッドジャーニー

目次

まずは1つ、アジャイルチームを作り上げる

中村洋(以下、中村/洋さん):
みっちーさん(山本様のニックネーム)たちは、社内の事業部とそのお客様に向けたサービス提供に取り組まれています。そのためには事業部との協働や、お客様への理解を深めていく必要がありますし、プロダクトオーナーは事業部を巻き込むことも必要です。
そうした背景の中で仮説検証型アジャイル開発にチームで取り組んでこられたわけですが、実践する上でどんなことを工夫されましたか?

▼仮説検証型アジャイル開発については、レッドジャーニーの特設ページをご参照ください。

山本浩道 様(以下、山本様/みっちーさん):
まず、「いきなり大きくやり過ぎない」ということでしょうか。一つのチームがきっちりとアジャイル開発を実践できるレベルになるまで、チームの形を変えることなく、ひたすらがんばって取り組みました。合言葉は「洋さんに認められるチームになろう」でしたね(笑)。

今は4チームくらいまで広がっていますが、最初から4つのチームで進めていたら、恐らくこの短期間ですべてのチームが仮説検証型アジャイル開発を実践できるようにはなれなかったのではないかと思います

最初のチームを作り上げてから、それを追いかける形で2チーム目、3チーム目を立ち上げましたが、最初のチームからメンバーを送り込むことはしませんでした。後から考えてみると、これがもう一つのポイントだったと思います。それぞれが独立したチームとして進んでいったことで相乗効果が生まれていきました。

中村:
私も支援させていただきながら横で見ていて、その点がすごく良いと感じました。うまくいったチームのメンバーを次のチームにリーダーとして送り込むことはよくありますが、そうするとみんながリーダーに頼りがちになります。結果として似たようなチームができてしまいます。みっちーさんたちの場合は、2番目、3番目のチームがそれぞれに活動しながら、最初のチームを時々参照するという感じですよね。

山本様
おっしゃる通りです。後発のチームが先発のチームのスクラムイベントに入り込んで見学させてもらう機会などを織り交ぜながら学んでいったことが、結果として良かったと思います。

中村:
お互いのやっていることを見に行くような機会をたくさん設けていますよね。スクラムマスターやリーダーだけが見学に行くケースは多いと思うのですが、皆さんの場合は大勢で行って、終わった後は活発に意見交換をされています。すごくいい文化だと感じました。

山本様
それぞれのチームが独立して立ち上がっていったので、チームごとの特徴が出てくるのがおもしろいところです。成功だけではなく失敗の仕方もチームごとに様々なので、それを見ながら学び合うことができました。多様化という観点でも良かったと思います。

チーム間で学び合い研鑽し合う「バグ収穫祭」

中村:
チームを立ち上げていく中で、どんな課題や難しさを感じられましたか?

山本様
権限移譲をしながら進めたことでチームが主体的に取り組めるようになりましたが、一方でチーム間のバラつきも出てきてしまった点は課題だと感じています。

中村:
バランスが難しいですよね。メンバーが入れ替わってもチームとしてうまく機能するような、組織としての効率化や標準化は大事なことですが、お客様のことを考えるとまた違った面も必要です。

山本様
いろいろなコミュニケーションの場を設定していくことで、少しずつ合ってくるだろうと最近は思っています。
我々は二つの場を設けていて、一つはエンジニアやプロダクトオーナーが個人で学んだことを学び合える場です。それぞれの知識を共有しながら目線や考え方の統一をはかっていくことで、少しずつ効果が出てきています。

また、組織として目指す技術レベルを想定し、プロダクトを改善するためにすべきことをリスト化してチームで順に取り組んでいくという活動もしています。こうした活動によって、チーム間のバラつきを抑制することができてきていると思います。

中村:
皆さんの「バグ収穫祭」の取り組みはすごくおもしろいですよね。

山本様
ありがとうございます。アジャイル開発の過程で、みんなの目で見ながら意見を出し合う取り組みを「バグ収穫祭」と呼んでいるのですが、品質を高めるという意味でも、自分たちの活動を見直すという意味でも非常に良いと感じています

中村:
アジャイルや仮説検証の大事な要点の一つとして、当事者の視点だけでは見えていないことや分からないことがあるという大前提があります。だからこそ、第三者の視点で見てもらい、フィードバックをちゃんと受けとめるという姿勢が大事ですが、皆さんは既にそれが備わっていてすごいなと思います。

山本様
現在はさらに発展して、事業部の方に実際に触ってもらって意見をもらえるようなレビューの場になってきています。事業部との関係性を作ることは我々にとって大きな課題ですから、巻き込んでやっていく活動をチームが主体的にできているのは良い点だと思います

仮説検証を通してメンバーの視座が変わっていった

中村:
仮説検証とアジャイル開発にチームで取り組む中で、どんな発見や変化がありましたか?

山本様
「誰のために、どんな価値を提供するのか?」といったところにチームがこだわれるようになってきた点が、非常に大きな変化です。
それが大事だと分かってはいても、アジャイルを始めた当初はどうしても開発者視点になってしまうことがあり、ステークホルダーとの信頼関係を築くのに時間がかかっていたような気がします。

今では、プロダクトオーナーだけでなくエンジニアも、「これは何のためにするのか?」といった問いを挟んで事業部の方と双方向にコミュニケーションができていますから、仮説検証を通じてユーザー思考ができてきていると思います。

中村:
たしかに、はじめのうちはなかなか視点の切り替えが難しかったですよね。

山本様
それができないと、事業部やお客様から見れば「自分たちが作りたいものを作っている」ように見えてしまいます。やっていることの価値が届かなくなってしまうと思います。

「ユーザーにとっての価値は何か?」ということや、さらに「その中でもどの価値が今の自分たちにとって本当に優先度が高いのか?」という点を考えて議論している姿を見ると、「お客様を見る」ということを仮説検証を通じてよく学び実践できているなと感じます。

「協働」とは関係性を作ること

中村:
事業部との協働においては、どんな工夫をされましたか?

山本様
一方向のコミュニケーションから双方向のコミュニケーションへと変えるために、一緒に考える機会を増やしたことでしょうか
仮説キャンバスを作るにしても、自分たちが作ったものを渡すのではなく、一緒に考えて一緒に作りあげることに時間を取って取り組みました。それが協働のきっかけになってきていると思います。

中村:
私も何度かワークショップなどでご一緒しましたが、一日かけていろんな話をしましたね。懐かしいです。

山本様
エンドユーザーについても事業部の方と一緒に向き合うことで、協働の深さが増してきたと思います。どんどん自律的なチームへと変わっていく様子に驚きましたし、それに呼応して事業部の方々が「この活動良いよね」という風に受け入れてくれるようになったことも、非常に良かったと思います。

中村:
マネージャーとして、チームへの関わり方で工夫されたことはありますか?

山本様
チームとの距離感をどういう風に測ってどういう風に実行していくか、実は今でも試行錯誤しながらやっています。基本的にはデリゲーションボードを作ってそれぞれの役割の範囲を管理していますが、当然その通りにはいかないことも多いんです。そんなとき意識しているのは、あまり張りすぎないことです。小さい失敗程度であれば許容してチームに推進してもらうようにしています

中村:
みっちーさんは、光が当たる表舞台はチームに譲って、そこに至るまでの地ならしをマネージャー同士でしていったり、そこで厳しめのフィードバックをしっかりもらって、それをチームにそれとなく伝えることで期待を上げたりといったことを丁寧にしていますよね。チームに花を持たせるような関わり方が、すごいなと思います。

山本様
協働というのは関係性を作ることだと思いますが、それは「多層」であるべきではないでしょうか。チーム同士の関係性作りと同時に、マネージャー同士の関係性も作っていかないと、本当の意味での協働は成しえないと思います。さらに上の層も含めて関係性作りに取り組むことが大事ですし、やれるようになっていきたいです。

中村:
大きな組織、歴史ある組織だからこそ、より意識されるポイントかもしれませんね。そう思われるようになったきっかけは、何かあったのでしょうか?

山本様
アジャイルに取り組み始めた初期から中期の頃、チームが一生懸命関係性を作ろうとしても、どうしても見えないところにコントロールできない領域があり、壁にぶつかるケースが出てきました。チーム主体で突破するのは難しいと実感するような機会が重なり、そういう時こそ自分のような立場の出番なのではないかと感じて、動くようになりました。

中村:
権限移譲がうまくいっているからこそ、できることですよね。

山本様
どこまでなら自分たちでコントロールできるのか、チームとの対話を通して確認しながら動いています。
いろいろとご相談させていただいたおかげです。

実行することでしか得られない経験がある

中村:
これから未来に向けて、今どんなことを考えていらっしゃいますか?

山本様
我々の活動はまだまだ始まったばかりです。プロダクトはできつつありますが、我々が取り組むDXというのはいろんな方々への提供価値を変革していくということですから、変革していけることはまだまだあると思います。目を背けずに一個一個トライしていきたいです。

中村:
DPI部さんの現場では「ワクドキ」を大事にしようとよく言われますが、この先どんな「ワクドキ」がありそうでしょうか?

山本様
我々が提供したプロダクトを使ってくださったエンドユーザーさんが、「三菱重工のアフターサービスが変わったね」と言ってくださるようなところまで行けたら、「ワクドキ」のピークではないでしょうか。
そのためにも、提供価値を追求する姿勢やDXを推進するための組織改革を進めながら、より効率的にアジャイルを回して目的に向かって邁進していける形へ変わっていけるといいなと思います。

中村:
どんなことが課題だと思われますか?

山本様
課題はたくさんあります。我々にはまだ見えていない課題もきっとありますよね。
見えている中では、やることが増えていけばより体系的にアジャイルを回していかなくてはなりませんから、それをいかにうまくやるかというのは直近に迫っている課題です。
同時に、ユーザー思考での価値探索にも取り組んでいかなくてはなりません。その仕組み化は一つのポイントだと思っています。

中村:
チームの皆さんとの会話の中でも、ものづくりや仮説検証はうまくできるようになってきているけれども、知れば知るほどもっと速くできる気がするとおっしゃっていました。

山本様
終わりはないと思っています。我々はまだ始めたばかりですから、経験を積み重ねて、より速くより良いものを提供できるように強くなっていきたいです。

中村:
その中で、レッドジャーニーに対して期待されることはあるでしょうか?

山本様
たくさんあります(笑)。これからやりたいことが多々ある中で、まだ視野が狭く迷うこともきっと多いと思いますが、アジャイルコーチとして俯瞰的な視点で見ながらアドバイスいただきたいというのが大きな期待です。他の企業さんの先行事例もどんどん取り入れながら進んでいけたらと思います。

中村:
お力になれるようにがんばります。
仮説検証型アジャイル開発やチーム作りに取り組む方へ、何かメッセージをいただけますか?

山本様
まずはやってみることが大事だと思います。実行することでしか得られない価値がありますから、失敗を恐れずに興味を持ったことはやってみることが大事です。
その際、見よう見まねでやるのとプロの方に伴走してもらうのとでは、得られる成果やスピードが違ってきます。ぜひプロの方と一緒に、積極的にチャレンジしていかれると、新たな世界が見えてくるのではないかと思います。

中村:
今日は本当にありがとうございました。

▼山本様による講演記事も、ぜひ合わせてご覧ください。

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