「スモールビジネスを、世界の主役に。」をミッションに掲げ、「freee会計」をはじめとした統合型経営プラットフォームを手がけるfreee株式会社様では、開発するウェブサービスの増加に伴い開発メンバーが右肩上がりで増加していく中、アジャイルやスクラムで取り組んできたこれまでの開発方法をどのようにスケールしていけば良いのか、模索する日々が続いたと言います。そんな中、レッドジャーニーは2021年からの3年間、伴走支援を行ってきました。
 2023年10月に開催したレッドジャーニーのカンファレンス「Red Conference 2023 October」では、その道程をふりかえり、アジャイルコーチとの協業について気づいたことやポイントをお話いただきました。
 講演の概要をご紹介した前編に続き、後編ではレッドジャーニーの中村との対談の様子をお届けします。アジャイルコーチによる伴走支援を決めたきっかけや、導入前の課題感、抱いていた不安、実際に協業を始めてから感じられたこと、今後の展望などについてお聞きしました。「プロダクト作りの考え方を組織作りに活かす」という視点と実際の取り組みの様子は、組織変革に取り組まれる皆様の背中を力強く支えてくれるのではないでしょうか。ぜひご一読ください。
※内容はイベント開催時(2023年10月)の情報です。

話し手

竹田 祥 様

freee 竹田祥さま

freee株式会社
常務執行役員 VPoE プロダクトグロース開発本部長

大手CRMサービスの開発などを行ったのち、2018年にfreeeに入社。エンジニア、PdM、EMなど開発に関わる幅広い役割を担当。「エンジニアが自然体で楽しみながら最高のプロダクトを開発できる環境」を作っていきたい。

聞き手

中村 洋

nakamura

株式会社レッドジャーニー
様々な規模のSIerや事業会社でのアジャイル開発に取り組み、今に至る。現在まで主に事業会社を中心に40の組織、80のチームの支援をしてきた。
「ええと思うなら、やったらよろしいやん」を口癖に、チームや組織が自分たちで”今よりいい感じになっていく”ように支援している。
発表資料 「いい感じのチーム」へのジャーニー、チームの状況に合ったいろいろなタイプのスクラムマスターの見つけ方、アジャイルコーチが見てきた組織の壁とその越え方、など多数。
CSP-SM(認定プロフェッショナルスクラムマスター)・CSPO(認定プロダクトオーナー)

組織がスケールしていく中で、拠り所となる「軸」が必要だった

中村洋(以下、中村):
はじめに、私たちレッドジャーニーと出会う前の現場の様子をお聞きできればと思います。
どんな取り組みが必要で、それを実現するにあたってどんな課題があるとお考えでしたか?

竹田祥 様(以下、竹田様):
当時は、新しく関西に拠点を立ち上げて、ようやくチームができ新しいプロダクトを作ろうとし始めていたフェイズでした。元々、アジャイルやスクラムで進めていこうというマインドが組織に根付いていましたし、実際に取り組んでいるチームも多かったので、関西でも何とか取り組もうとしていました。
前提知識のあるメンバーが複数いるとはいえ、組織がスケールしていく中でどんな風にスクラムを大きくしていけば良いのか? といった具体的な部分はかなり手探りで、迷いながら取り組んでいました。アジャイルの効果も、体感はできていなかったように思います。

中村:
組織内で検討や「ふりかえり」はされていたのでしょうか?

竹田様:
「ふりかえり」はずっとしてきていましたし、カイゼンのためのサイクル自体は機能していました。結果的にも良くなっていたと思いますが、自分たちで調べたり感覚的に試したりしながら良かったものを取り入れるという感じで「手作り感」があり、時間的にも規模的にも限界を感じていました。自信につながる「柱」がないので、新しいカイゼンのアイディアが出てこないんですよ。

中村:
絶対的な正解がない中で、自分たちで見つけていくためのアプローチを積み重ねられていて、非常に良い方法を取られていると思います。一方で、迷ったときの拠り所があれば、たしかにより早く進めるかもしれませんね。
自信って結構大事ですよね。これで良いんだっけ? と思いながら進むと、軸がぶれてしまいがちです。

竹田様:
製品開発では最終的に「もの」ができるので評価しやすいと思うのですが、プロセスの場合は選択肢が無限にあって前後比較もしにくい分、どうしても定性的な評価にならざるを得ません。自信を持つのが難しいと感じます。

中村:
例えば、「前向きな気持ちで取り組めているか」「意見が違っても安心して発言できるか」といった定性的な部分も大事な要素だと考えられていたのですね。
実際に取り組む上で難しさを感じられていたのはどんなことでしょうか?

竹田様:
フェイズに合わせて対応できるだけの知見も、カイゼンのアイディアを生み出す「柱」や頼れる存在もなかったことです。もう一人スクラムマスターを立てるのか、その場合は誰が適任なのか、チームをまたいだプロセスをどうするのか…。チームやプロダクトの規模をさらにスケールしていきたいという思いがありましたから、今の自分の知識や力量では乗り越えられないかもしれない、手を打たなければと思っていました。

▼参照

安心感が土台となって、みんなの挑戦するマインドが増していった

中村:
そこから3年間、アジャイルコーチと一緒に取り組んでみてどんなことを感じられたでしょうか? 変化したことはありますか?

竹田様:
まずは、何かあったときに頼ったり相談したりできる存在ができたことで、セーフティネットというか、最終的に大きな間違いを起こすことにはならないだろうという安心感や土台ができたと思います。
コーチは知識や経験という点ですごく大きな存在です。自分たちの考える幅が広がりましたし、自信を持てるようになったことで大胆さや挑戦するマインドが増していきました

中村:
何かあったら止めてくれるだろうという安心感があることで、考える幅を広げられたのですね。

竹田様:
コーチがいることで「型」にはまるのではないかと懸念される方もいるかもしれませんが、私たちの場合はそんなことはまったくなくて、アドバイスをもとに自分たちでアレンジして活かすという融合がうまくできていると感じます。コーチである中村さんのバランス感覚に助けられた部分が大きいと思いますが、メンバーから新しいアイディアが出ることも増えています

中村:
元々そういう要素を皆さんがお持ちだったと思うのですが、恐らく今までは漠然とした不安があったのではないでしょうか。アジャイルコーチという安全弁のような存在を感じられたことで、リミッターがうまく外れたという感じかもしれませんね。

竹田様:
バランス良くいろんなチャレンジができるようになるという変化は、最初の1チームだけではなく、その後いろんなチームでも同じように起きています。その連続性が、自信や安心感につながっています
関わっていただくチームが増えても、基本的には最初と同じスタンスを取ってくださっていますよね。

中村:
やっていること自体はそんなに大きく変わらないのですが、チームごとの置かれている状況に合わせて微調整しています。例えば、積極的なチームでは足元をより強化するために規律を整えようとか、逆に規範意識が強いチームでは少し遊びの要素を取り入れて動きやすくしようといった提案をしています。

竹田様:
コーチとしてかなりバランスよく多様なアプローチを取られていますよね。そのおかげで、メンバーが自発的にチャレンジし始めたり、自分たちでカイゼンを生み出そうとしたり、良いサイクルが生まれています。
個々のケースは全然違うのですが、最終的に行き着く状況やプロダクトに反映される効果を見ると同じクオリティに仕上がっていて、そこがおもしろくもあり安心感にもつながっています

アジャイルコーチとの取り組みで見えてきた、組織の「伸びしろ」

中村:
実際に取り組んでみて、新たな発見はありましたか?

竹田様:
まずは、新しいプロセスやカイゼンにチャレンジしたいという共通の思いを、基本的にみんなが持っているんだなと。コーチという存在によって「蓋」がはずれるのを目の当たりにして、日常的な不安やプロセスへの迷いが遠慮につながっていることをあらためて感じました。マインドが変化するきっかけや拠り所が、何かしら必要なのだと思います。

もう一つ、気づいたことがあります。freeeはスタートアップから大きくなってきた会社なので、プロダクト作りでもユーザーファーストが徹底していますし、エンジニアやプロダクトマネージャー、セールスなどがファンクションをまたいで行う取り組みもすごく多いと自負しています。一緒にスクラムイベントに取り組んでいるチームもたくさんありますが、アジャイルという軸であらためて整理してみると、まだまだお互いに気を遣っているところがあると思います。本質的な部分で融合できるまでには「伸びしろ」があると感じます。

中村:
freeeの皆さんは、お互いの専門性に対するリスペクトがすごくありますよね。お互いをもっと知ることで融合が進めば、また全然違うレベルに到達できるような気がします。
お互いの価値観や取り組みについて知ることを「コスト」と感じる人もいるかもしれませんが、一緒に取り組むことで「掛け算」ができるようになれば可能性が一気に広がります

竹田様:
一緒にやるという「足し算」はできていると思うのですが、それを「掛け算」にするにはもう一段階「何か」が必要なのでしょうね。みんなもそれを感じているでしょうし、日々考えながら取り組んでいると思いますが、手が届きそうでなかなか届きません。難易度が高いなと思います。

本質的な価値を追求するために、自分とは異なる視点を入れる

中村:
レッドジャーニーとの取り組みの中で、何か印象に残っている出来事はありますか?

竹田様:
アジャイルの知識や概念が基本的な前提として取り入れられている組織では、アジャイルコーチの介入に抵抗を感じる人もいるのではないかと思います。なまじ知っているだけに、型を押し付けられるような感じがするのかもしれません。自分たちのチームに導入を検討していた時、私自身にはそういった抵抗感はなかったのですが、メンバーの中にはそう感じる人がいるかもしれないと懸念していました。

最初に中村さんとお話した時、すごくバランス感覚が良いなと感じたことが印象に残っています。外部の力を頼る必要性を感じていたものの、誰に頼めば良いか分からないという状況で、中村さんのバランス感覚に触れて「この人に賭けてみようか」という気持ちになりました。

中村さんに限らずレッドジャーニーの皆さんがそうだと思うのですが、チームが置かれている状況やフェイズによってアジャイルがマッチしないのであれば、必ずしもアジャイルじゃなくても良いということをよく言われますよね。手段の一つとして捉えて、今のチームに最適なら使おうという非常に本質的なことをおっしゃっていると思います。

言わばアジャイルを生業としている方がそういうことをおっしゃるのは、すごいなと思うんですね。最初聞いた時はちょっとびっくりしましたけど、「本質的な価値を追求しよう」というfreeeの考え方と非常にマッチしていると感じます。

中村:
アジャイルやスクラムを導入していくと、今までのやり方や概念を手放さなくてはならないと思われがちですが、そんな必要はないんですよね。一方が正しくてもう一方は間違っているということではなくて、今までのやり方や概念だって、ある局面においては有効な武器となり得るわけですから、アジャイルと合わせて両方を携えれば良いんです。

freeeの皆さんは、組織やプロダクトに対して「自分たちでここまでやってきた」という良い意味でのプライドをお持ちだと感じます。一方、そこに固執するわけではなく、分からないことや疑問に感じたことを丁寧に確認しながら、新しいやり方にも前向きに取り組まれる方が多い印象です。良い議論をしながら探索ができる、素晴らしい現場だと思います。伴走支援する上では、そうした皆さんの取り組み方や考え方、感じられたことを最大限尊重したいと思っています。

竹田様:
一緒に考えている感覚がすごくありますし、おもしろい経験ができていると思います。

中村:
取り組みはじめの段階では、私たち支援する側はもちろん、ステークホルダー全員に情報が不足しています。それぞれに異なる視点や視座から見ているので、見える世界が非常に部分的です。この時点で意見を突き合せるとどうしても相容れないところが出てきます。これはむしろ歓迎すべきことです。なぜかと言うと、お互いが違う場所から見ているということに気づくきっかけになるからです。そのことに気づいて、相手の立場に立ってみれば、違う世界が見えてくるはずです。

竹田様:
違う視点を入れるというのは、何かを作る上では非常に大事だと思います。

中村:
その大事さって、実はなかなか気づけないと思うのですが、どんなことがきっかけでそう思われるようになったのでしょうか?

竹田様:
元々は、できる限り自分の力で良いものを生み出したいと考えていました。でも、組織やプロダクトをスケールすることを考えた時に「自分だけではできないな」と。ある意味で、一度あきらめたんですよね。はじめは抵抗感もありましたが、いざ視点を広げてみたら思った以上に良いことが待っていて、どんどんおもしろくなっていきました。変なプライドにこだわっていた時間がもったいなかったと思うくらいです。

あの時、自分のキャパシティを悟ってスケールする方向へ振り切れたことが今に活きていると思います。1チームでチームリーダーをしていた頃は自分の限界を感じていたのに、今はVPoEとして150人くらいの組織をみることができているので、おもしろいですよね。自分の感覚としてはあまり変わっていないんですけど、チームの様子も把握できていますし、アジャイルコーチとの関わり方も含めて自分で設計できるようになっています。

経営も含め多様なファンクションの融合を目指して

中村:
未来への展望や決意、期待、課題など、今感じていらっしゃることをお聞かせいただければと思います。

竹田様:
freeeとしては、引き続き本質的な価値を追求していきたいです。本質的な価値のあるものを生み出していきたいですし、使ってくださる方にもそう感じていただきたいと願っています。それを、スピード感をもって作っていくということがミッションであり今の思いです

スピード感と本質的な価値の見極めは両立がかなり難しいですが、難しいで終わらせずチャレンジしていきたいです。開発メンバーだけでは実現できないでしょうし、他の部門と一緒に取り組むにも「足し算」ではダメだと思います。経営や様々なファンクションをまたいだ「掛け算」で価値を生み出していく必要があります。そういった方法を模索しながら取り組んでいきたいです。

中村:
その実現のためには、どんなことが課題だとお考えですか?

竹田様:
ファンクションやレイヤーが異なれば、意識や行動が全然違いますよね。それらを全部融合していたらきりがないですし、時間は限られていますので、融合すべきポイントを見つけていかなくてはなりません。それを見極めるためにお互いの価値観や思いをさらけ出すような場面も必要です。お互いを知った上で、無理にすべてを融合するのではなく、必要なところを合わせていくことが大事ではないでしょうか。

中村:
なかなか特効薬がない中で、どんなことを大事にしてその課題を越えていきたいとお考えですか?

竹田様:
まずは自分のチームで、小さい単位であっても融合による成功事例をたくさん作っていきたいと思い取り組んでいます。興味を持ってもらい、融合する必要性を感じてもらうには、ある程度の結果が見えないと説得力がないのではないでしょうか。なんだかんだ言ってそういうことが大事なのではないかと思います。

中村:
目に見える良さによって人を巻き込んでいく、言わば王道を行くということですね。

プロダクト作りで磨いた考え方を、組織やプロセス作りに活かしていく

中村:
今後、レッドジャーニーに期待されていることがあれば、ぜひお聞かせください。

竹田様:
たくさんありますが(笑)、まずは足元から成功事例を作っていく取り組みに引き続き細やかなフォローをお願いしたいです。また、経営とアジャイルをどう融合するのか? という課題に対してもポイントとなる勘所や成功事例をお聞きできると、長い道程でも少しだけ先行きが見えてくるようでうれしくなります。

中村:
非常に挑みがいのある、価値ある挑戦ですね。少しでも背中を後押しできるようなことをお伝えしていきたいと思います。
これからアジャイルに取り組まれる方へ、何かメッセージをいただけますか?

竹田様:
組織を変えることと、プロダクトを作ったり何かを生み出したりすることは、基本的な考え方は同じではないかと思います。小さくプロトタイピングしてユーザーの反応を見ながらブラッシュアップを積み上げていくという概念や、プロダクトを通してユーザーがどう成長し、どんな成功体験を得るか? という視点で捉えるところは、組織作りにも共通します。ユーザーをメンバー自身に置き換えてみれば、組織やプロセスのことも少し考えやすくなるのではないでしょうか。組織を変えると言うと大変そうですが、そういうスタンスでなら少し進めやすくなるのではないかと思います

中村:
今日はありがとうございました。

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