三菱重工業株式会社様では、従来から強化を図ってきた高度なICTソリューション事業を、さらに多様なニーズに対応できる形へ進化させるべく、2022年7月、DX推進機能を集約的に担うデジタルイノベーション本部を新設されました。レッドジャーニーはコロナ禍のさなかからアジャイル導入支援を行っています。
デジタルイノベーション本部 DPI部 の日浦様(部長)、宮地様(基盤グループ長)、山本様(SoEグループ長)にお話をうかがったインタビュー。前編では、組織にアジャイルを浸透させるための取り組みについて、ポイントをお話いただきました。
後編では、機械設計との違いから見えてくるデジタル(情報分野)プロダクト開発の落とし穴と、そこでアジャイルが果たす役割について、話が展開していきます。経験豊富な人ほど注意すべきポイントとは? チャレンジを続けることで見えてきた今後の展望についてもうかがいました。(聞き手:レッドジャーニー 市谷聡啓)

※部署、肩書きはインタビュー当時のものです。

前編はこちら

ボトムアップの情報を尊重し、変化に適応するための仕組み

市谷:
プロダクトづくりと組織運営、それぞれの観点でのアジャイルについて、どんな課題があると思われますか?

日浦様:
大きな組織に共通する課題として、ボトムアップで上がってくる情報を尊重することの難しさがあると思います。
実際にお客様の声を聞いたり、新しい技術を試して体感したり、そういう現場のリアルな情報は、伝わっていく過程でどうしても鮮度が落ちてしまいます。
それをできるだけ食いとめるために、ボトムアップの情報をできるだけ尊重するよう常に注意を払う必要がありますが、大きな組織で実行するには負荷が大きく、徹底するのは難しいのではないでしょうか。

とはいえ、効率を重視して多数決やリーダーの直感的判断に委ねてしまうと、組織は変化に適応できなくなってしまいます。

アジャイルの仕組みには、現場からあがってきた情報を丁寧に扱うためのアイデアが組み込まれていると思います。
意識的なふりかえりや、細かい単位でチームが主導的に検査する仕組みなどが、成果につながりつつあります。

ボトムアップの情報を反映させたプロダクトが、お客様に評価され、その成果をストーリーとして繰り返し語ることで、ボトムアップの情報を尊重しようという空気が広がってきていると思います。

市谷:
今までは、ボトムアップの情報はどのように扱われてきたのでしょうか?

日浦様:
今までも、機械や技術に関することでは、ボトムアップの情報を大事にするという文化は根づいていたと思います。
「物理法則はだませない」「壊れるような設計をしたものは必ず壊れる」といった教訓が語り継がれていますし、実際に壊れた機械を従業員向けに保存・展示し、技術に対して謙虚になろう、という教育があります。

一方、ビジネスやソフトウェアといった領域でそれが出来ているかどうか、少し気を付けなければならないと思っています。

変化が速い領域ですから、今まで蓄積したことが、既に前提から変わっているかもしれないという可能性を、経験豊富な人ほど肝に銘じておく必要があると思います。
そこに、アジャイルを適用する意味があるのかもしれません。

山本様:
本当にそうですよね。
デジタルと違ってものづくりにはある程度の時間がかかります。
物理法則のように変化しない前提の上では、長いスパンで取り組めるものもあると思います。

一方、短いスパンで変化するデジタルの世界では、より柔軟に適応することが求められます。
そのための仕組みづくりが組織の課題となってくるわけですが、そこにアジャイルはうまくフィットすると思います。

MHI山本様
(山本様)

宮地様:
アジャイルを正しく理解した上で取り組みを進めることができた結果、お客様や事業部から好評を得られているという我々の現状が、そのことをよく表していると思います。

今、時代に合った手法としてアジャイルが取り入れられる場面は増えていると思いますが、本質を正しく理解しないまま進められた結果、うまくいかなかったり、なかなか成果に繋がらなかったりするケースも多いのではないでしょうか。

市谷:
ITやビジネスは目に見えないものを扱いますから、意識的に状況、情報収集をしないと分からないことが多いと思います。
恐らく、機械や物理的な領域の仕事では当たり前のようにやってきていることですよね。

日浦様:
扱っているものの性質が変わってきているという問題意識は、現場から経営まで共有できていると思います。
そこをどうやって乗り越えていくのかという段階でいろんな人が試行錯誤しているのが現状で、その一環としてアジャイルを適用することへの理解も広がってきているのではないでしょうか。

お客様と一緒に取り組むアジャイル

市谷:
組織としてアジャイルに取り組むなかで、特に印象に残っていることはありますか?

日浦様:
最近、メンバーが自分たちの取り組みについて、他部門の幹部へ具体的に説明する機会がありましたが、実際にお客様のところで見聞きした状況や体験をもとに伝えることで、説得力のレベルが段違いに上がり、今まで以上に深い理解を得られたという実感がありました。
抽象的な言い回しではなく、実例を挙げながらアジャイルを伝えられる機会を、今後も増やしていきたいと考えています。

市谷:
どこかで聞いてきたような話ではなくて、実際やってみて語るということですね。

日浦様:
我々から見て事業部の人たちは社内のお客様にあたりますが、受注・発注の関係性ではなく、アジャイル特有の水平で平等なスタイルのもとで協働することができたケースでは、成果が出やすいと実感しています。
一緒に取り組むことで、関わり方や主体性のレベルが変わるのだと思います。
この成功パターンをしっかり型にして広げていきたいところです。

アジャイルマニュフェスト
出典:アジャイルソフトウェア開発宣言

山本様:
事業部を巻き込みながらアジャイルに取り組むことで、我々との接点を中心としてアジャイルが広まっていくのを感じています。
さらに、アジャイルの取り組みについて事業部の人たちが評価を宣伝してくれたことで、事業部内での知名度が上がり、「こんなにいい取り組みをやっているんだ」「自分もやってみたい」と言った声が聞こえてきたことはうれしいですね。

日浦様:
事業部が主体だからこそ、うまく伝わるんだよね。

山本様:
事業部さんの声が潜在的な課題感に働きかけ引き出す役割をしてくれました。
非常にいい流れができていると思います。

市谷:
アジャイルに取り組む組織のリアルな姿だと思います。

日浦様:
組織間の接点の取り方にも、微妙なチューニングが必要だということですよね。
言葉一つとっても、発する人の立ち位置によって説得力が全然違ってきます。

山本様:
ヒアリングを重ねることで、我々の開発への取り組み方を理解してもらうことにつながり、非常にポジティブな対話ができるようになってきています。

日浦様:
個々のプロダクトを超えて、取り組み全体が集合体として評価されるようになれば、良質なプロダクトがどんどん生まれていくと思います。
いい取り組み方で作られているプロダクトだから評価される、という構造です。

お客様のニーズを丁寧に汲みとってプロダクトを作る、アジャイルの取り組みがプロダクトの品質を担保する仕組みとして機能するということではないでしょうか。

要求仕様書の通りにできたからと言って、お客様が満足するとは限りません。
言葉になっていない潜在的なニーズも拾い上げるからこそ、安心感や信頼感につながります。
そのためには、一度深く掘り下げて考える必要があると思います。

山本様:
実際のプロジェクトでも、ペーパープロトの段階からお客様と一緒に開発していくスタイルを提案し採用されたことがあります。
結果として、お客様のニーズにフィットしたプロダクトを作ることができました。

宮地様:
開発の前の仮説検証のところをお客様と一緒にしている感覚ですよね。
これは我々DPI部の大きな特徴ですし、価値あることだと思っています。

MHI宮地様
(宮地様)

デジタルの落とし穴

日浦様:
デジタルは簡単そうに見えるところに落とし穴があります。

機械製品や電子回路では、設計通りでも動かないんじゃないかという直感的な恐れがあります。
電子回路の一つでも作ったことのある人はみんな知っています。
設計にどれだけ時間をかけても、必ずどこかで失敗する可能性を意識してしっかりと確かめます。
その慎重さが、なぜか情報分野では忘れられがちです。複雑さの程度は変わらないんですけどね。

難しい物理法則へのチャレンジとは違い、論理の組み合わせで出来ているという点で、自信過剰に陥りやすい分野なのかもしれません。

市谷:
その違いはどこからくるのでしょうか?

日浦様:
情報分野では、性質上、失敗が失敗と分かりにくいことが関係しているかもしれませんね。
お客様のニーズに合っていなければ、事実上は失敗ですが、書面上は要求仕様を満たしていれば失敗と断定するのが難しかったりするのではないでしょうか。

市谷:
なるほど。機械とソフトウェア開発の世界の差分を取ることで見えてくる世界がありそうですね。

日浦様:
忙しすぎると、「言われた通りできていればいい」というロジックに逃げ込んでしまいがちです。
「品質は細部に宿る」と言いますが、明文化されていないところに大切なポイントが隠されているものではないでしょうか。

市谷:
すべてを記述で表現することは難しくて、必ず言葉にしきれない部分が出てきます。
機械設計のように、塩梅を見ながら作るという過程がないと、そこに気がつかないですよね。
まさにアジャイルの考え方だと思います。

(市谷)

お客様と世界を驚かせたい

市谷:
まもなく次年度を迎えるにあたって、どんなことを目指していきますか?

宮地様:
基盤グループとして一番のミッションは、私たちのいろんな新しい取り組みを部外へ展開していくことです。
中でもアジャイルは一つのポイントです。身近なところから小さくスタートする方法を今は模索していて、恐らく来年度もテーマとして取り組んでいくことになると思います。

状況によっては、ウォーターフォール的なやり方とうまく組み合わせることも考えていく必要があります。
アジャイルに固執することなく、みんながハッピーになる道を探っていきたいです。

他部署とのコラボレーションも始まっているので、そこでも成果を出したいと思っています。
コラボレーションによって成果が出たという成功事例を、全社に展開できたらいいですね。

山本様:
SoEグループでは、アジャイルが少しずつ浸透してきていますので、次年度は「ワクドキ」をもって楽しむことを意識しながら、取り組み方を変えていきたいと考えています。

お客様の声を聞き、それに見合うものを作っていこうとする姿勢は決して間違いではありませんが、ともすればそこに傾倒しすぎてしまい、自分たちの存在意義や本来の目的を見失いがちです。

自分たちの軸をもってアジャイルに取り組むことが、次年度の課題でありチャレンジしたいところです。
自分たちのありたい姿と、お客様のありたい姿を重ね合わせながら活動できれば、目的も明確になり、「ワクドキ」もしながら進んでいけるのではないでしょうか。

日浦様:
我々の活動への評価は広がりつつあり、土台はできてきていますから、次年度は成果を追求する一年にしたいです。
ここでいう成果とは、「痒いところに手が届く」という意味での品質の高さです。
言語化されていないこともテレパシーのように汲みとって、良いものを作れるところが、我々の、そしてアジャイルの強みです。
その強みを発揮して品質の高いプロダクトを作り、お客様が喜んでくれるのはもちろん、社会にも還元されるような成果を追求していきたいです。

このチャレンジの結果として、お客様や世界の皆さんに「こんな会社だったんだ!」という驚きをもたらすことができたら素晴らしいと思います。

mhi 日浦様
(日浦様)

大上段に構えず、小さく始めて進んでいこう

市谷:
今日のお話は、これからアジャイルに取り組む人や、現在取り組んでいる人にとっても、期待感につながるのではないかと思います。
あらためて、アジャイルに取り組む同志の皆さん、読み手に向けたメッセージをいただけますか。

山本様:
2年半取り組んできて感じるのは、いきなり正解や結果につながるとは限らないということです。
小さく試して、失敗しても繰り返しやっていくことが大事だと思います。

宮地様:
私は、アジャイルについて言葉でしか知らなかったところから参加して9ヶ月になります。
自分の周りから、小さくでもいいから始めてみることが大事で、決して大上段に構えてやるものではないというのが特徴だと感じています。
やることを決めて、やってみて、何が分かったかを確認して、次に進んでいく。
そんな風にポイントを決めてやっていくことが大事です。

日浦様:
大上段に構えるべきじゃないというのは、私も同感です。

アジャイルの本質は、我々が直感的に知っていることのような気がします。
経験や環境による様々な思い込みのせいで見えなくなっているけれど、建前ではなく本音で考えてみると、見えてくる答えがあるのではないかと思います。
胸に手を当てて、本当はどう思っているのかを考えてみることが大事です。

それを引き出すきっかけとしてアジャイルに取り組んでみるのもいいんじゃないでしょうか。
大きな組織や伝統ある組織では特に、そういう自然な状態にリセットする仕組みを持っておくといいと思います。

市谷:
今日はありがとうございました。
とても勉強になりました。

MHIインタビュー

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