住友ファーマ株式会社様は、2019年12月に欧州のバイオベンチャー企業との提携をきっかけに「データデザイン室」を設置し、グループ全体での新薬の研究開発の効率化とDXを図っています。「法規制の要件を満たしながら、新薬をより早く人々に届けるために日々改善を重ねていきたい」という期待感のもと、アジャイルを導入。レッドジャーニーは、2021年より伴走支援を行っています。

前編に引き続き、アジャイルやDXの推進に取り組んでいる菅原秀和様(データデザイン室 兼 IT&デジタル革新推進部・主席部員)にインタビューを行いました。

後編では、レッドジャーニー社のサービス「ナラティブ・プロトタイピング」の効果や今後目指す姿などを伺いました。「社会や仲間のためにアジャイルに取り組む」という菅原様の想いが語られていますので、現場でアジャイルやDXの推進に奮闘している方におすすめの記事です。

(聞き手:レッドジャーニー 市谷聡啓)
※部署、肩書はインタビュー当時のものです。 

ナラティブ・プロトタイピングで自分たちの仕事を解像度高く伝えられるようになった

市谷:
レッドジャーニーとの活動の中で、印象に残っている出来事はありますか?

菅原様:
市谷さんと一緒だからできたプラクティスとしてナラティブ・プロトタイピング」が印象的です。現場の皆さんと一緒に「ありたい姿」を描き、それを達成するまでの物語を作り上げるというものです。

現場からの感想として、「これまでほかの部署にうまく説明しきれなかった自分たちの仕事を、作業内容だけでなくどんな想いをもって取り組んでいるかまで含めて、解像度高く伝えられるようになった」といった声を聴けたのは、とても嬉しかったですね。作り上げていく過程で、同じような仕事をしている同僚の間でも、人によって違った想いやこだわりがあることを発見できました。そこから学びを得ることも多く、楽しかったです

市谷:
同じ部署で同じ仕事をしていても、工夫していることや大事にしている観点がそれぞれ異なっているのが浮き彫りになりますよね。その違いがわかってくると、 お互いにそれらを学んで普段の仕事に活かすことができます。組織外の伴走者である私たちが介在するからこそ、現場の方々が気付きを得られるのだと感じていました。

そのほか、これまでのアジャイルの活動における成果はどんなことが挙げられるでしょうか?

菅原様:
当社ならではのアジャイルのガイドを作成・展開したことが成果の一つ(参考:インタビュー前編)ですね。 このガイドをベースに、管理職向けにアジャイル実践講座を e-learning で行いました

私は実際にいくつかの部署に入ってアジャイルのPDCAサイクルを回し、いろいろな相談に対してアジャイルのノウハウを使って解決していく取り組みをしました。その結果、長年の懸案事項の解決に取り組むチームが立ち上がる、マネージャーとメンバーの認識が一致するなど、良い変化が起こりました。また、業務の標準化が進んで、バックログなどのタスク管理ツールを違和感なく利用できるようになったので、 タスクの漏れや遅延がなくなったという声もあります。

市谷:
アジャイルの効果がわかりやすく実感できていますね。そういった取り組みの中で、菅原さんご自身の学びとなったのはどんなことでしたか?

菅原様:
「アウトプットがないと効果的なフィードバックは得られない」と改めて感じたことが大きな学びでしたね。時間をかけて完成形の車を作るのではなく、スケートボード、自転車、バイク、そして車と、アウトプットを繰り返していくほうが、正しいものを正しく作れて結果的にスピード感をもってできると実感しました。

先ほどのナラティブ・プロトタイピングは、完成まで1年ほどかかってしまいました。時間がかかった原因として、私が初めて実践するプラクティスだったことと、現場への負担を大きくしたくないという遠慮がありました。作業は順番通りに進めていたものの、どういった完成形になるのかのアウトプットを出せずに進めてしまったので、想定よりも長い時間を費やしてしまったと感じています。

取り組みの終盤、物語を形にして提示してからはフィードバックも具体的かつ効果的なものが数多く出るようになり、完成まで一気に走り抜けられました。大枠でもよいので、もっと早めにアウトプットを出すべきだったと反省しながらも、いい教訓を得られたと思っています。

市谷:
ナラティブ・プロトタイピングを実施してみた印象やご感想など、もう少しお伺いしたいです。

菅原様:
ナラティブ・プロトタイピングに対して、「どんな効果が得られるのかがなかなか見えないな」という印象を最初は持っていました。 そう思いつつも、「自分達の目標を具体的にするためにストーリーを描くのは、効果的な方法になりそうだ」という予感はありましたね。

実践してみると、ストーリーにするためにはたくさん話してもらわないといけないし、たくさん聴かないといけない。普段は使わない頭を使ったので、パワーが要るなとは思いました。

市谷:
「パワーを使っている」という感覚を得ているということは、普段よりも深い思考ができていたのでは、と期待します。

菅原様:
たくさんの人の考え方を一つのストーリーにする難しさはありますよね。どのくらいのレベルで妥協するのかは悩ましくありました。みんなの違いをそのままにするのではなく、方向性を付けた中で自由度を効かせて運用するのが良いですね。お互いの違いも明確になり、メンバーそれぞれの強みを発揮しやすいと思います。

市谷:
難しいところですが、いろいろな考え方がある中で、「こういう局面ではこれを大事にしよう」と、メンバー共通の理解をしていくのがストーリーを描く狙いになると思っています。

アジャイルをスケールアップさせてヘルスケアビジネスの成果に繋げたい

市谷:
改めて、菅原さんにとってアジャイルとはどんなものでしょうか?

菅原様:
私がアジャイルを推進する原動力は、「厳しい特性のある医薬品業界で懸命に働いている仲間が、もっと楽しく仕事に取り組めるようにしたい」という想いです。これらの実現には、アジャイルという手法が有効だと思っています。決して楽ではないですが、改善と成長を繰り返すことで、日々の仕事が楽しめるようになるのがアジャイルだと考えていますね。

市谷:
菅原さんはアジャイルに取り組んで3年目ほどになると思います。アジャイルを実践する前と比べて、ご自身にどんな変化が起きていますか?

菅原様:
管理職300名に向けた社内研修を行ったり、これまでふりかえりを2〜300件以上行ったりしています。これは入社時からすると想像していなかった大きな変化です。

市谷:
今後取り組んでいきたいことなどはありますか?

菅原様:
最初の方に「アジャイルコーチやスクラムマスターを集めてアジャイルCoEといった組織を作る土台ができてきた」というお話をしましたが(参考:インタビュー前編)、これを本格的に進めたいと考えています。まずはアジャイルコーチを育成する講座を作り、ともにアジャイルを実践・展開してくれるメンバーを増やしたいです。そのメンバーを中心にアジャイルCoEを立ち上げ、会社全体へアジャイルな働き方を浸透させていくことを目指しています

市谷:
アジャイルをスケールアップさせていく取り組みですね。どんな成果を上げていきたいかなど、思い描いていることがありますか?

菅原様:
やはり、ヘルスケアビジネスという本業の中で、数字として見える成果を挙げたいですね。「新薬発売までの期間を半分にする」という目標を掲げつつも、それがすぐにできるとは言い切れません。まずは、「これまでやりたかったけどできなかったこと」に着目していこうかと考えています。

一方で、現状は「法規制遵守を第一とする業務ではアジャイルの積極導入は不向き」と考えている人もいます。これについては、PDCAを短いサイクルで回すアジャイルにおいても、Planで起票したタスクの完了条件に法規制の要件を入れることで、適応していけると考えられます。もちろん、アジャイルはあくまで手段であって目的ではないため、手法の押し付けにならないよう気を付けていきます。こういった誤解が解けるよう、丁寧に対話する機会を増やしたいです。

市谷:
アジャイルは可能性を広げる仕事の取り組み方だと思っています。「これまで出来ていなかったことにトライしてみよう」と進めると、いろいろなことがわかります。「会社の仕事を変えていく」という意思がそこにありますよね。

菅原様:
そうですね。失敗もするけれども、学びを得て次に繋げるという事例も出していきたいなと思います。

市谷:
少し話題が変わるのですが、私に対してどんな印象を持っているか、お伺いできますでしょうか?

菅原様:
市谷さんを自分自身のコーチとして見ている部分があります。おおよそ隔週のミーティングで、アジャイル展開のプランニングやレビュー、進捗確認を市谷さんと行う中で、次にどうしようかとアドバイスをもらおうとすると、簡単に答えを提供するのではなく、「どうしたいですか?」と一度私にちゃんと考えさせてくれますよね。そういう時に、市谷さんは私にとってのコーチなのだと感じます。

ただ、私はまだアジャイルの経験年数が少なく、知識もスクラムに偏っているので、豊富なアジャイルの知見を持つ市谷さんには、コンサルタントとして頼っている部分はまだまだ大きいです。それでも、市谷さんはコンサルタントとしておごるようなことはありません。

アドバイスを与えるだけでなく実際にマニュアルを作成するなど手を動かして支援してくれるので、心強いパートナーですね。いろいろな側面がありますが、市谷さんは私にとってのロールモデルやメンターという表現が合っているように思います。

市谷:
とてもありがたいお言葉です。

自分の想いを原動力に日本を芯からアジャイルに

市谷:
最後に、この記事の読者の方は、アジャイルを実践している人や導入を検討している人が多いかと思います。そういった方々へ、菅原さんからメッセージをいただけますでしょうか?

菅原様:
アジャイルに取り組む私の原動力は、「厳しい特性のある医薬品事業で懸命に働いている仲間がもっと楽しんで仕事に取り組めるようにしたい」という想いです。改善によって成長を繰り返せば、すべての従業員が楽しんで仕事を進められます。その仕事の積み重ねで、新薬をより多く早く患者さんに届け、患者さんやその家族、そして社会のよりよい健やかさに貢献している姿を目指しています

アジャイルに取り組もうと考えている皆さんは、何か成し遂げたい目標や解決したい事象があるのだと思います。ぜひそれを書き留めておいて、どうすれば改善できるかと考えてみてください。それがみなさんの原動力になるはずです

ぜひ一緒に、日本を芯からアジャイルにしていきましょう。ぜひ、皆さんの取り組みも聞かせてください。

市谷:
本日はありがとうございました。引き続きよろしくお願いいたします。

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