人口減少や個人消費の伸び悩み、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行等によって、経済状況は厳しさを増しています。不確定要素が多く先の読めない時代に、経済活動を活性化させ、成長へと繋げるには、国内企業の大多数を占める中小企業の事業・組織の変革が必要不可欠ではないでしょうか。
静岡市では「静岡市の経済を牽引し、雇用を生み出す企業」を輩出することを目的に、2021年度より中小企業アクセラレーションDX支援業務として市内の中小企業を対象とした「ハンズオン成長支援プログラム」を実施しています。レッドジャーニーは各社の取組みの伴走支援を行いました。2021年度の参加3社との取り組みを終え、見えてきた課題や可能性とは。静岡市役所デジタル化推進課(2021年度は産業振興課中小企業支援係長)の長島様にお話をうかがいました。
※役職、肩書きはインタビュー当時のものです。

(中央下)静岡市役所デジタル化推進課(2021年度は産業振興課中小企業支援係長) 長島様
(右上)株式会社レッドジャーニー 市谷聡啓
(左上)株式会社レッドジャーニー 森實繁樹

事業課題の解決のためにデジタルやデータを活用してほしい

市谷:静岡市では2021年度から中小企業向けのDX推進プログラムを提供されていますが、なぜ、このようなプログラムが必要だとお考えになったのか、背景にある課題意識について、初めにおうかがいできればと思います。

長島様:コロナ禍を契機として、対面を中心とした従来の働き方が難しくなり、デジタル活用の必要性が社会全体で高まりました。中小企業ではそうした変化に対応できるだけの人材がいないという課題を抱えており、市としてデジタルに関する支援が必要だと考えました。

デジタル機器やシステム導入など環境整備のための補助金制度を設けたところ、想定を大きく超える事業者から応募がありました。ニーズの高さを感じる一方で、オンラインミーティングのためのパソコンの購入といった用途が多かったことから、自分たちの事業をデジタルで変えるためにもっと活用してほしいと思い、そのためのアクセラレーション(促進)支援としてDXに特化した支援事業を始めることになりました。

市谷:パソコン等の物理的な環境整備だけではなく、事業や組織そのものをより時代の変化に適した形へ変えていくことが必要と考えられたのですね。様々な中小企業がある中で、特に支援が必要だと考えられた具体的な企業像はあったのでしょうか?

長島様:事業者の業種やサービス分野については特に限定することなく、フラットに募集をしました。バックオフィスで業務を効率化するためでも、新しいビジネスをつくるためでも、それぞれに必要性があると考えています。

DXへの理解を深め選択肢を広げるモデル事例を作りたい

市谷:中小企業がデジタルを活用して事業の内容や方向性を変えようと取り組む際に、どのような障壁や課題に直面すると捉えられていますか?

長島様課題解決のためにデジタルを活用するという、そもそもの発想が経営層に根付いていないということでしょうか。人材の不足や事務負担の大きさなど、自分たちが現実に抱えている課題に対して、どのツールをどのように使ってアプローチすればいいのかというところまで考えられている経営者は非常に少ないと思います。

市谷:デジタルやデータの活用が、選択肢としてあがってこないということですね。そうした課題は、静岡に限らずどの地域でも、さらに言えば、企業の規模も中小企業に限らず比較的大きな企業でも、日本の多くの企業が直面しています。

今回のプログラムでは、参加企業の皆様に「何を実現したいのか」について徹底的に考えていただきました。それを実現するためのデジタルやデータの活用方法を、伴走支援をしながらお伝えしたり、議論を交わしながら自社で整理していただいたり、半年ほどの期間で様々なことを行ってきました。このアクセラレータープログラムについて、どのような成果を期待されていましたか?

長島様:DXという言葉について、どうなれば効果が出たと言えるのか、正直なところ実態がつかめないと感じていましたし、事業者からも同様の声が聞こえてきていました。難しい技術を使わなくても、例えばFAXをやめるだけでも、効果が出ていればDXだというような成功事例を出すことが私たちの狙いです。モデル事例ができれば、そこから横展開していけると考えていました。

市谷:具体的に、どんな企業がどんな取り組みをして、どんな結果が出せたのか、事例があれば分かりやすいですし参考になりますよね。市で蓄積していけるとさらに良いと思います。

点の活動にとどまらず、地域で循環するサイクルへ

市谷:今回、参加各社と取り組みを進めるにあたって、まずDXへの理解を深めるところから始めましたので、そこから的を射た施策を行うところまで到達するには相当時間がかかると感じました。長島さんは、どんな風に取り組みをご覧になっていましたか?

長島様:支援を受ける事業者側の認識として、すべてに寄り添ってお膳立てをしてもらえるというような期待があったのかもしれません。そうではなく、自分たちで考えて取り組むプログラムであるということを募集の段階でもう少し提示していれば、ある程度覚悟した上で応募してもらえたと思いますし、もっとスムーズに進んだのではないかと反省しているところです。

市谷:期待とのギャップは常に生まれるのではないかと思います。よく分からないことに取り組むのですから、一から十まで道筋を示してほしいという期待があるのは仕方ないことです。私も、寄り添う伴走支援は必要だと考えています。

一方、日本中の中小企業すべてに寄り添って伴走支援を行うだけのリソースや体制が十分にあるかというと、とても足りません。どうしても自分たち自身で切り拓いていかなくてはならないのです。また、DXは単にツールを導入すればいいわけではなく、組織自体を創りかえる狙いもありますから、尚のこと、外部からの言葉にそのまま従うというわけにはいきませんよね。

今年度(2022年度)以降もプログラムは続けられると思いますが、今後に向けて取り組んでいきたいことや期待されることはありますか?

長島様:昨年度との大きな違いとして、今年度からは「地域メンター」を置いています。取り組みを進める上で、悩んだ時に気軽に相談できる相手の存在は大きいと思います。参加する事業者にとっては自社の事業を良くするための取り組みだと思いますが、市としては、いずれ他社にとってのメンターになってほしいという期待があります。考え方や問いのかけ方は、事業分野の違いを越えて共通する点があると思いますので、今後は地域で循環していけたらと考えています。

市谷:昨年度は3社、今年度は10社が対象ですから、市内のたくさんの企業が取り組めるように、「点」の活動から広がりを作っていけるといいですよね。「しずおかDXコンソーシアム」のような地域の企業コミュニティが受け皿となって取り組みを支えられるといいのではないでしょうか。

デジタルは魔法の杖ではない

市谷:プログラムを通して参加事業者の皆さんをフォローしてきた森實さんは、どんなことを感じていますか?

森實:2点ほど、気になっていることがあります。一つは、デジタルトランスフォーメーションという言葉を前にすると、「トランスフォーメーション」よりも「デジタル」の方により強い思いを抱く方が多いと感じたことです。デジタルに対して魔法のように万能なイメージをお持ちなのだと思いますが、長島さんからご覧になって、そう感じられることはありますか?

長島様:まさに、日頃から肌で感じています。我々としては、DXで大事な「トランスフォーメーション」ができるのであればデジタルを使うかどうかにはこだわらない、という考え方で今回のプログラムを支援しています。デジタルは「銀の弾丸」でも「魔法の杖」でもありませんが、中小企業の皆さんにとっては、よく分からない分だけ期待感が膨らんでいるのかもしれません。

森實:デジタルを訴求するよりも、トランスフォーメーションをすることに覚悟が必要なのではないかと思いますが、今回の取り組みを通してどれくらい手ごたえを感じていらっしゃいますか?

長島様:まだまだ始めたばかりなので、これからだと思っています。

森實:半年間の伴走支援を通していろんな気付きがありましたし、参加企業の皆さんにとっては「自分たち自身で考える」ということを考えられるようになったことが、非常に大きな成果だったと思います。

長島様:そうですね。報告書からも、ひたすら問いを投げかける「経営コンサルティング」のような印象を受けました。

地域経済の活性化を目指して

森實:もう一つは、静岡市と中小企業の皆さんがデジタルトランスフォーメーションに取り組む上での次の課題についてどう捉えられているのか、どのような世界を見据えていらっしゃるのかをお聞きできたらと思います。

長島様:商工会議所で毎年状況を調査していますが、デジタルトランスフォーメーションに未取り組みの企業もあり、裾野の拡大は引き続き課題として残っています。また、デジタル人材がいないという非常に大きな課題もあります。必ずしもプログラマーやSEがいる必要はなく、デジタルの価値を理解して活用できる人材がいればいいのではないかと考えています。いずれにしても、「どういう人材が必要なのか」を各事業者が考えた上で、自社の社員を育てたり外部から採用したりといった施策をとる必要があります。

市谷:今回のようなプログラムや静岡DXコンソーシアムなど、今後も様々な切り口で静岡市におけるDXを進めるために、私たちも協力できたらと思います。どんなことを期待されていますか?

長島様:市としては地域経済の活性化を一番期待していますから、個社の成果にとどめることなく地域全体で成功事例を共有し展開していただければと考えています。今年度は地域の金融機関も参画してくれることになっています。金融機関では地域の企業に対して経営コンサルティングを提供していますから、協力することでさらに裾野を広げられるのではないかと期待しています。

市谷:最後に、静岡市内の中小企業の皆さんへ向けてメッセージがあればお願いします。

長島様:一人で悩まず、困りごとがあれば経済局の各課や産業支援の施設へ気軽にご相談いただければと思います。デジタルに関する支援も強化しつつ、お待ちしています。

市谷:今日はありがとうございました。

レッドジャーニーが活動を支援する、静岡鉄道、静岡ガス、静岡銀行により設立された任意団体「静岡DXコンソーシアム」についてはこちらをご覧ください。