Red Conference April

「アジャイル」は、約20年前に登場したソフトウェア開発の手法ですが、デジタルトランスフォーメーション(DX)を実現するための組織運営の手法として、今、多くの組織で活用され始めています。デジタルを活用してビジネスのスタイルや働き方を転換することで、変化に適応しながら組織のミッションを力強く体現する組織へと変革していくためには、どんなことから始めれば良いのでしょうか。
 2022年4月に開催したレッドジャーニーのカンファレンス『Red Conference April』では、レッドジャーニーとともに組織変革に取り組まれてきた多様なクライアントのみなさまと講演・対談を行い、実際の活動についてご紹介しました。
 DAY2にご登壇いただいたパーソルホールディングス株式会社では、2020年に立ち上げた「アジャイル推進室」を中心に「アジャイル組織運営」に取り組んでこられました。GIT本部IT企画部 部長/ITガバナンス部ITマネジメント室 室長の渡辺良夫様は、取り組みを始めたきっかけについて、「自分たちの組織が目指すものがすべてアジャイルに包含されていると感じた」と話します。大事なのは「覚悟」と「継続」であり、浸透させるためにはアジャイルを導入する目的を明確にすることが重要、と語る渡辺様に、パーソル流のアジャイル組織運営についてお話いただきました。
※部署、肩書は当時のものです。

組織変革にアジャイル・スクラムの型が効く

話し手
新井 剛

 株式会社レッドジャーニー 取締役COO
 プログラマー、プロダクトマネージャー、プロジェクトマネージャー、アプリケーション開発、ミドルエンジン開発、エンジニアリング部門長など様々な現場を経て、全社組織のカイゼンやエバンジェリストとして活躍。現在はDX支援、アジャイル推進支援、CoE支援、アジャイルコーチ、カイゼンファシリテーター、ワークショップ等で組織開発に従事。勉強会コミュニティ運営、イベント講演も多数あり。
 Codezine Academy ScrumBootCamp Premium、機能するチームを作るためのカイゼン・ジャーニー、今からはじめるDX時代のアジャイル超入門 講師
 CSP(認定スクラムプロフェッショナル)、CSM(認定スクラムマスター)、CSPO(認定プロダクトオーナー)
【著書】「カイゼン・ジャーニー」、「ここはウォーターフォール市、アジャイル町」、「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」、「WEB+DB PRESS Vol.111 見える化大作戦特集

組織変革の道のりは、難問だらけ

デジタルトランスフォーメーション(DX)やアジャイルを組織内に浸透させていく組織変革の取り組みは、組織によって不確定要素が様々で定型化したルートがなく、書籍で得た知識をそのまま適用してもうまくいかないことが多い、言ってみれば「誰も正解を知らない」という難しさがあります。恐らく、皆さんも感じているのではないでしょうか。

チームが停滞している時の特徴として、「なんとなく回している」という状態に陥っていることがよくあります。例えば、アジャイルやスクラムのことが十分に理解できていない中で、リモート定例会を開催しているものの、出席者や発話者が限られていたり、タスクの期限や品質、成果について話していても誰も自分事になっていなかったりすることはありませんか?また、失敗が受け入れられにくい文化の中では新しい発想や挑戦は生まれにくいですし、進め方やゴールが具体的にイメージできない状態からは現実的な計画へ進めません。こういうことが、いろんなところで起こっているのではないかと思います。

立ちはだかる壁は何か?原理原則に立ち返ってみる

ジョン・コッター博士の『大規模変革推進の8段階のプロセス』では、組織変革推進の初手として「危機意識を高める」「変革推進のための連帯チームを築く」が挙げられていますが、ここからして難易度が非常に高いです。立ちはだかる壁は何かというと、恐らく次の三つに当てはまるのではないでしょうか。

  1. コミュニケーション不全
    • ミーティングがぎすぎすとしている
    • 一方通行の会話
    • 雑談の機会がない
    • 定例会の出席率が低い
  2. マルチタスク、属人化、稼働過多
    • スイッチングコストが高い
    • 超複数案件が同時並行で動いている
    • ミーテイング以外の時間がとれない
  3. 信頼関係断絶
    • 上司は、メンバーは視座が低く個人主義に固執していると思っている
    • メンバーは、上司は現場を理解せず何を言ってもムダだと思っている

対策として、原理原則に立ち返ってみることをおすすめします。アジャイルの原理原則である『アジャイルソフトウェア開発宣言』には、「実践あるいは実践を手助けする活動を通じて、よりよい開発方法を見つけだそうとしている」とあります。「している」というのは現在進行形です。過去に完了したのでもこれからするのでもなく、今なお進行中であると言っています。

また、次のように続きます。

  • プロセスやツールよりも個人と対話
  • 包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを
  • 契約交渉よりも顧客との協調を
  • 計画に従うことよりも変化への対応を

方法論よりも「人」の側面にも焦点があてられていることにお気づきでしょうか。

アジャイルソフトウェア開発宣言はソフトウェア開発について言及したものですが、組織運営や組織変革についてもポイントは同じで、より良いマネジメント方法を見つけだそうとする「人の取り組み」が大事です。具体的には、アジャイルやスクラムの考え方やプラクティス、アジャイルのマインドセットを積極的に活用しながら、現在進行形で、より良い方法を見つけ出す取り組みをしていきましょう。

「型」と「組手」で習得し、ふりかえりでレベルアップする

「型」と「組手」というのは空手の用語です。アジャイルに当てはめてみると、スプリントを回すことが「型」、いろんなことを試してみることが「組手」、そこに、ふりかえってレベルアップしていくことを加えた3つの要素を繰り返すことで、成長と変化が起こっていきます。

1.まず、組織でスクラムを回していきましょう。プロジェクトや部門などの単位ごとにスプリントを回すことでリズムを作っていきます。スプリントでは毎回ゴールを設定しましょう。それから、タスクボードを使ってタスクを細かく分解し、「To Do」から「Doing」、「Done」へと流します。このように「型」を導入して進めてみましょう。

2.次に、いろんな手段を試してみましょう。「To Do」「Doing」「Done」などに分けたバックログのレーンを自分たちのワークフローに合わせてカスタマイズし、バージョンアップさせます。優先順位を都度見なおしたり、デイリースクラム(朝会)のアジェンダを毎回自分たちで見直しカイゼンしたり、モブワークをしたり、場のルールを自分たちで作っていったり、気軽に相談できる場を設けてメンバーから出たアイデアを小さい単位からどんどん試してみたりしながら、主体的に取り組みを進めていきましょう。

3.そして、成果をしっかりふりかえりましょう。プロジェクトや部門で決めたゴールが達成できているか、顧客価値につながっているか、客観的成果を出せているか、より良い方法はないか、などの観点で、「止めることもいとわない」という姿勢でふりかえりを行います。

一歩進めば、今までとは違う地平線が見えてくるものです。「型」を回すことでもたらされる新たな情報は、もしかしたら不都合な真実かもしれませんが、すべてはグッドインフォメーションと捉えましょう。うまくいっていないことや出来ていないことに対して、自分たちで知恵をしぼって考え対処していくことが、不確実要素の多い中で突き進むための唯一の方法ではないでしょうか。

チーム全員で向き合うために

このようなサイクルを繰り返していくと、チームは徐々に「全員で向き合うスタイル」へ変わっていきます。例えば、「ミーティングではなくモブワークをしようか」「成果を出すために一緒に考えよう」という会話が出てきたり、レビューやダメ出しではなく新しいアイデアを考えようとする空気が生まれてきたりしたら、それが変化の兆しです。「いかにして成果を出すか」「パフォーマンスを上げるか」「顧客価値を高めることができるか」という点にチームが焦点を合わせられるようになっていきます。

組織内の立場による階層間の断絶を埋めるのは時間がかかるかもしれませんが、まずは距離感の近いところへ橋を架けるところから始めてみるといいと思います。アジャイルとスクラムの型を使い、言葉を選んだり紡ぎ足したりしながら地道に認識を合わせていくことが大切です。

お互いの関係性を「上司vs.部下」から「問題vs.私達」に変え、対立関係から問題に対して一緒に考える仲間になりましょう。もし、室長や部長との間にはまだ距離を感じるとしても、より近い存在である先輩や後輩の間柄で関係性がフラットになっていけば、その変化がやがて全体へ波及していくと思います。

コツとしては、「○○だから○○すべき」という「べき論」のボールを投げ合うことを止めることです。「べき論」が自分たちを苦しめている原因かもしれないからです。「私が○○すれば、成果を出せるか?」「私が○○すれば、パフォーマンスが上がるか?」という風にチーム全員で変えていけるといいですね。

コミュニケーション飽和度を上げる

リモートでのコミュニケーションが増えるにつれて、見える化やファシリテーター、コミュニケーションの重要性も増しています。以心伝心の関係になるためには、時間をかけて「コミュニケーション飽和度」を上げていくことがとても大事です。

「コミュニケーション飽和度」とは、スクラムの生みの親であるジェフ・サザーランド氏の言葉です。例として挙げられたのは、従業員8名のA社と400名のB社。従業員数に50倍もの差がありながら開発のパフォーマンスが等しいという事実について原因を調査してみると、A社ではコミュニケーションの飽和度が100%に近く、細かい指示や会議がなくても8名のメンバー全員がスムーズに仕事ができていました。なぜ、そんなことができたのでしょうか?さらに調べてみると、デイリースクラム(朝会)を行い、信頼関係を築きながら生産性の高いチームへと成長していったことが分かったのです。

ロバート.A.ルイス氏の『親密化過程の6段階』によると、恋愛関係において結婚へと関係が発達するまでには6つの段階があるそうです。最初に類似性を認知し(共通点に気付く)、その共通点をきっかけとして関係性が構築されていきます。自己開示、お互いの役割(得意不得意)のマッチング、結晶の意識へと段階は進むのですが、これらはチームメンバー間の信頼関係構築にも当てはめることができます。リモートワークでは雑談が減り、共通項を見つけ出す「類似性の認知」の機会も減ってしまいます。その機会を意識して設けることで、チームビルドがしやすくなるのではないでしょうか。

また、上司と部下の間でお互いの期待が徐々に噛み合っていく過程では、サーヴァントリーダーシップというスキルが両者ともに必要です。お互いを慮り、上司は部下がよりパフォーマンスを上げるための方法を考え、部下は上司をフォローしてパフォーマンスを上げるために方向や方針、意思決定する立場を支援します。

アジャイルとスクラムのプラクティスは、プロダクトづくり以外にも活用することができます。コミュニケーション不全に対しては、コミュニケーション飽和度を上げたり、量と頻度を上げたりするところから始めてみましょう。マルチタスクに対しては、スプリントを回すことや優先順位を見直すこと、稼働時間を見える化することなどが有効です。信頼関係断絶に対しては、橋をかけること、相手が見ている世界を理解するところから始めてみるといいのではないでしょうか。

変化に強い組織になるために、IT組織全体で取り組んでいる「アジャイル組織運営」とは

話し手
渡辺 良夫 様

 パーソルホールディングス株式会社
 GIT本部IT企画部部長/ITガバナンス部ITマネジメント室 室長
 米系投資銀行のIT部門でキャリアをスタート。日系の証券会社を経て、2017年11月にパーソルホールディングスに入社。
 IT戦略やIT予算、海外子会社を含むグループ全体のITガバナンスの設計など幅広く担当している。
 2020年より、システム・スキル軸の組織から価値ドリブンの組織への変革を目指し、アジャイルマインドの浸透や、アジャイル組織運営を実現するためのプロセスの構築に取り組んでいる。

なぜ、アジャイルを導入するのか

アジャイルという言葉を検索すると、ソフトウェア開発に関する情報が一番に出てくると思います。そんなアジャイルを組織運営にも適用できるということを本日はお伝えしたいと思います。大事なのはトップの意志による覚悟と継続です。すべてが計画通りに進むことはありませんから、軸をぶらさずに、状況に応じて適応させる進め方についてもアジャイルで行う必要があります。私たちは、アジャイルを導入することが目的ではなく、なりたい組織像を実現するためにアジャイルを導入することを決めました。覚悟や継続が必要と申し上げましたが、浸透させるためにはこの「Why」の部分がとても重要だと考えています。

私たちの組織には約100名の社員が所属しています。「我々はどのような組織になりたいのか?なるべきなのか?」という観点で考え、グループビジョンである『はたらいて、笑おう』を、顧客にとっても私たち自身にとっても実現するために、組織の目指す姿を二つの言葉で表現しました。一つ目は「グループに価値を届ける組織」、二つ目は「各社員が自分らしく働ける組織」です。

組織理念をどのように体現するかを考えている時に「アジャイル」と出会い、親和性の高さを感じました。「顧客価値創造」や「心理的安全の保証」など私たちの組織が目指すものがすべてアジャイルに包含されていると感じ、目指すべき組織運営であると確信しました。

「目指している姿」「組織理念」「アジャイルの考え方」から、パーソル流のアジャイル組織運営を二つの軸で整理しました。

一つ目の軸は現場目線で、「各個人がアジャイルマインドを持って日々の業務に取り組んでいること」と整理しました。各個人がアジャイルマインドを持つことで、一つあるいは複数の小さなチーム運営が可能になります。二つ目の軸は組織目線で、「アジャイルマインドを実践できるように組織の仕組みを整えること」です。組織全体にスケールさせるには個人やチームだけに頼らず仕組み化が必要です。これらの軸が整理できたことで、アジャイル組織運営に本格的に乗り出すことができました。

「どのような形であれば統制(予算設計、管理、投資家心理など)の観点からも受け入れられるか?」という視点をもって設計できたことも良かったと感じています。アジャイルと統制は、もしかしたら真逆に位置するものかもしれませんが、両方の視点を持つことでより緻密な設計になったと思います。

過去Journey ーこれまでの取り組み

ここまでの取り組みをどのように進めてきたのか、5つのステップでお伝えします。

Step1:スクラムチームで新たな社内サービスを立ち上げる

私たちは、既存の組織の中に専属のスクラムチームを組成しました。つまり、従来型のカルチャーの中に、新しいカルチャーを持つチームがあるという形ですから、スクラムチームは従来型のチームが理解できる言葉で進捗や成果を語らなければなりません。例えば、「アジャイルだから○○で当然」というような煙に巻くようなコミュニケーションでは信頼を獲得することはできません。

スクラムは最初からうまくは回りません。スプリント1にたどり着く前にスプリント0を何度も繰り返すことになったとしても、失敗を許容し、サポートし続けることが非常に大事です。はじめの一歩を踏み出すことが大事であり、そこにはトップの覚悟が必要です。

このチームで手がけた社内向けのITSMプラットフォームは、その後、無事にプロダクトリリースができています。

Step2:アジャイル推進室の立ち上げ

単にスクラムのフレームワークを当てはめるだけでは、アジャイル組織運営にはなりません。その組織に合ったアジャイルを見つけ出さなければなりません。また、推進する際には「誤解があって当たり前」という心持ちで活動することを意識するといいでしょう。弊社では2020年4月にアジャイル推進室を立ち上げ、活動しながらアジャイルの概念を統一していきました。私たちがレッドジャーニーさんに助けてもらったように、プロのサポートがあれば、より速く組織に合った型を作れると思います。

Step3:本部長・部長をメンバーとするスクラム始動

組織のトップマネジメントである本部長・部長をメンバーとするスクラムを、2021年5月から始動し現在も継続しています。大事なのは、スクラムの導入を目的とせず、組織のトップマネジメントでしか解決できない課題の解決を目的とすることです。そして、スクラムを導入するにあたってはハードルを上げすぎず、まずはやってみるマインドも大事です。

このスクラムチームがターゲットとした課題は、人事評価制度、組織運営の効率化やカイゼンといった組織運営課題の解決です。課題の素早い解決のため、レッドジャーニーさんの助けを借りて、オンラインホワイトボードツールを活用しながら取り組みました。

Step4:従来型の組織から価値ドリブンの組織への再編

システムではなく価値を提供する組織になるために、価値ベースで設計した組織へ再編を行いました。大事なのは言語化です。チームや室がどのような価値を提供するのか、企画組織が旗振り役となって価値の体系化や言語化をサポートし実現性を高めました。具体的には、インセプションデッキにある「我々はなぜここにいるのか」「エレベーターピッチ」をまとめていきました。実際の組織再編は2021年10月に実施しましたが、人事異動を伴うため、マネージャーへの浸透を慎重に実施した上で段階を踏んでメンバーに伝えました。

Step5:Scrum@Scaleを参考に横断組織を設計

単にEMS(Executive MetaScrum)やEAT(Executive Action Team)を作るのではなく、私たちの組織に合った横断組織を作る必要があります。また、所属するメンバーの理解が成功へのカギとなりますので、横断組織の役割や提供価値についても言語化していきました。横断組織を導入することで意思決定の仕組みや議論する場が変わることになりますので、組織再編同様、丁寧な説明が必要です。

未来Journey ーこれからの取り組み

これからの取り組みについて、まずは、グループIT本部の戦略を司るEMSの自立運営を実現し、横断組織導入を完遂させます。そして、組織課題の解決をミッションとするEATの立ち上げを考えています。

次に、現場とトップマネジメントの協働実現を目指します。トップは現場から学び、それを戦略に活かし、現場に還元できるような「フィードバックループ」を作り、自然に回るように確立させます。サービスや顧客のことを一番よく知っている現場からのインプットを、本部全体のIT戦略に含めることで、より価値を高められると考えています。

最後に、組織理念のさらなる浸透と心理的安全を実現するための「対話会」を継続して行います。組織理念や組織のカルチャーについて、各個人が適切な解釈をし、自分の言葉で語れるようになる必要があると思っています。そのためには「対話会」のような地に足の着いた活動が重要です。

まとめ

組織運営や組織課題解決のために「アジャイルカルチャー」を導入し取り組むことは十分に可能です。ただし、単にフレームワークを当てはめるという単純なものではありません。それでも、アクションを起こさない限り成功は手に入れられないと思っています。「アジャイル組織運営」を導入することをためらっているのであれば、まずはやってみることをおすすめします。今日お伝えした我々の取り組みの事例がお役に立てば幸いです。

後編に続きます。

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