Red Conference April 2022年3月15~17日開催

 デジタルを活用し事業や組織を変えていくデジタルトランスフォーメーション(DX)の活動においては、それぞれの組織が置かれた状況や周囲を取り巻く環境の変化に合わせて、今までにない新しい価値を創造し続けなくてはなりません。一つのゴールにたどり着いても、またすぐに次のゴールが見えてくる、そんな終わりの見えない取り組みに不安を覚えることもあることでしょう。小さな成果を足掛かりに、大きな事業へと着実にDXの取り組みを広げていくためには、どのようなことが必要でしょうか。
 日本生活協同組合連合会では、生協のDXを目指すDX-COOPプロジェクトに2020年から取り組まれています。同プロジェクトでは、レッドジャーニーの支援のもと、仮説検証とアジャイル開発の手法を用いて新しいサービスを生み出し、そのノウハウをより大きな事業や組織全体へと広げていこうとしています。
 2020年3月15~17日に開催されたレッドジャーニー初のカンファレンス『Red Conference』では、日本生活協同組合連合会の峰村健史様新井田匡彦様にご登壇いただき、DX-CO・OPプロジェクトの取り組みについてお話をうかがいました。後編では、峰村様による講演の概要と、峰村様、新井田様とレッドジャーニーの市谷による対談の模様をお届けします。
※役職、肩書は当時のものです。

前編はこちらです。

DX-CO・OPでの取り組みについて
日本生活協同組合連合会 峰村健史 様

峰村 健史 様

日本生活協同組合連合会
事業企画・デジタル推進本部 デジタルマーケティング部 部長

2004年に日本生活協同組合連合会に入協。 衣料品・家具・雑貨の通販カタログを扱う部門にてWebサイトの開発・運営に従事したのち、同部門で商品の調達管理、コンタクトセンター運営などを経て、2020年1月より事業企画部門に配属。
2021年から、新設されたデジタルマーケティング部の部長に着任するとともに、デジタルトランスフォーメーションに取り組むDX-CO・OPプロジェクトのサブリーダーと、若年層の生協認知向上に取り組むデジタルコミュニケーションタスクフォースのリーダーも兼任。

若い世代の方たちに生協の宅配を利用してもらうには

全国の生協で目指す「日本の生協の2030年ビジョン」では、5つのコンセプトを掲げています。

  1. 生涯にわたる心ゆたかなくらし
  2. 安心してくらし続けられる地域社会
  3. 誰一人取り残さない、持続可能な世界・日本
  4. 組合員と生協で働く誰もが活き活きと輝く生協
  5. より多くの人々がつながる生協

DX-CO・OPプロジェクトもこのビジョンを実現するための取り組みの一つで、今は2030年ビジョンを目指すための「足場づくり」の期間と位置付けています。

大きな課題となっているのが宅配に依存した経営構造です。宅配事業の利益によって他の事業を支える「高依存型経営構造」になっているため、宅配事業が倒れるようなことがあれば他の事業へ大きく影響します。柱である宅配事業をさらに強化するには、ウィークポイントである30代の支持を増やす必要があります。若い世代の方たちは、生協への認知がないだけではなく、知っていて、使っていても満足していないことが分かっています。注文すれば即日商品が届くネット通販が当たり前の時代に、利用促進の手段も紙媒体が中心で、ECサービスの使いづらさもニーズを充たせていません。DX-CO・OPプロジェクトでは、このような状況を解消し、さらなる価値をご提供するべく取り組んでいます。

早くリリースし軌道修正を繰り返す開発スタイルへ

組合員への利用促進策としてリリースしたのが「コープシェフ」というサービスで、「毎日の献立を考えるのが大変」「忙しくて買い物の時間がない」「かんたんにおいしいものを作りたい」といった、組合員の料理にまつわる日々のお悩みを解決することが狙いです。組合員や元組合員へのインタビューをもとに開発しており、「カタログに掲載されている膨大な数の商品の中から何を頼めばいいかわからない」「一週間後の献立を踏まえた注文が難しい」「紙ベースでの注文がライフスタイルに合わない」といった問題に対して、レシピサイトと生協の商品を紐づけ、掲載されている材料をワンクリックで注文できる仕組みになっています。

これまでのシステム開発は非常に重厚かつ慎重で、サービスの広がり方も決して早くはありませんでした。一方、「コープシェフ」のサービスは、DXの名のもとにアジャイルの手法も使いながら比較的早くサイトリリースにこぎつけました。コープ東北で最初にリリースしたあと、中国地方へ広がり、今は北陸の生協でもリリースされています。このあと四国地方、東海地方でもリリースされる予定になっており、軽快に広がりを見せています。また、これまでのウォーターフォール型の開発とは異なり、日々のふりかえりとカイゼンを行い、実績に合わせてどんどん速いスピードで変えています

結果は、今のところは限られた方の利用にとどまっており、抜本的な解決策を模索しながら取り組みを続けているところです。一方、ご利用くださった方一人当たりの客単価は上がっており、料理のレパートリーが増えるなどの一定の価値もご提供できています。ターゲットである若い方たちが利用されていることも分かっており、手ごたえを感じています。

アジャイル、スクラムの取り組み

「コープシェフ」プロジェクトは、DX-CO・OPプロジェクトの中で一番初めにプロダクトをリリースしました。レッドジャーニーさんにスクラムマスターを務めていただき、朝会、計画ミーティング、スプリントレビュー、ふりかえりなどのスクラムイベントを一つ一つ教わりながらチームメンバーで取り組みを進めました。会員生協のメンバーやパートナーさんとの定例会も組み合わせながら、今も日々のカイゼンを続けています。また、スクラムイベントを回すだけではなくインセプションデッキを作成し、チームメンバーで認識を揃えながらここまで進んできています。

地域コミュニティ活動のデジタル化を目指して

「コープシェフ」で得たスクラム、アジャイルの考え方を横展開して、地域コミュニティ活動に関する取り組みを進めています。ここまでは、日本生協連のメンバーを「DX-CO・OPプロジェクト」のメンバーと「地域コミュニティ活動運動」のメンバーに分割していましたが、これらを合体させ、レッドジャーニーさんにも入ってもらいながら、チームとして運営しています。いわゆる出島だったところから、本業部門と合体しての初めての取り組みですが、これがうまくいっているのは、「コープシェフ」プロジェクトで得たプロセスをしっかり移植できたからだと思っています。

内容は、DXの「はじめの一歩」とも言うべきデジタル化の取り組みです。生協では、平和活動や趣味の活動など、多様な地域コミュニティ活動が行われています。組合員や職員が企画を立て、人を集めてイベントを開くのですが、一連の流れはすべてアナログで行われています。紙での申し込み、参加費は現金、手書きの参加者名簿、FAXの束を管理するなどのプロセスをデジタル化することで、組合員も職員もより楽しく利用できるプロダクト作りを試みています。

今後、エントリーフォームを全国で共有するようになれば、他の地域の企画を知ることができます。遠方からのリアル参加は難しくても、オンラインでの参加なら可能になります。地域を越えて、より良い企画立案ができるようになるのではないかと期待しています。今はまだコンセプトワークの段階で、これから検証に入っていきます。利用促進の活動と比べて、目に見える利益には繋がりにくいですが、生協ならではの活動領域であり、これからも取り組みを進めていきたいと思っています。

〔対談〕小さなプロジェクトから大きな事業へ。DXの理解者を増やし、活動を広めるために大切なこと
日本生活協同組合連合会 峰村様、新井田様 × レッドジャーニー 市谷

日本生活協同組合連合会
峰村健史様
日本生活協同組合連合会
新井田匡彦様
レッドジャーニー代表 市谷聡啓

DXに着地点はあるのか

市谷:まずは、ウォーミングアップとしてお聞きしてみたいのですが、お二人にとってのレッドジャーニーはどんな存在ですか?

新井田様:一緒に走っていただけるパートナーだと思っています。

峰村様:これまでお付き合いしてきた外部のコンサルタントとは距離感が違っていて、一緒の立場で、隣を伴走してもらっている感じがします。

市谷:ありがとうございます。お二人が関わっている「DX-CO・OPプロジェクト」の名前にも入っている言葉ですが、あらためて「DX」という言葉をどのように捉えていらっしゃいますか?

新井田様DXを通して自分の考え方が変化したと感じています。働き方や仕事の進め方、サービスについては今までも認識していましたが、「ユーザーの体験がどう変わるか」という視点では、恥ずかしながらあまり考えたことがありませんでした。売上やコストなどの数値を変化させるための取り組みではなく、今まで経験したことのないような、あっと驚くようなことを考えるという視点は、新しい発見だったと思います。

峰村様:最初は、流行り言葉の一つとして捉えていたように思います。ただ、生協も変わらなくてはならないという課題意識はずっとありましたし、実際に取り組んでもいました。当時は「宅配のリノベーション」と銘打つプロジェクトを運営していましたが、そうした変革を組織で進めるためには、「DX」というのは求心力を持った力強い言葉だと思います。

市谷:今までにはなかった新しいことを進めるためには、こういう新しい言葉が有効に働くと思います。この数年間、DX-CO・OPプロジェクトに取り組んでこられて、DXにまつわる疑問や未だによく分からないことなどはありますか?

新井田様:まだ実践が足りないということだと思いますが、「今やっていることが正しいのか?」という不安は常にあります。「このまま変化を続けると、行き着く先はどこなのか?」と考えることもありますね。考えすぎなのかもしれませんが。

市谷:それは考え始めると夜も眠れない問題ですね。組織を取り巻く環境が変わっていく中では、組織もまた変わり続けなくてはなりません。何処かにたどり着くというよりは、その活動が特別なことではなく日常になっていくという感じかもしれません。

峰村様:市谷さんの本を読んで、なるほどと思っても、いざ現場に入って本の通りに出来るかというと分からないことだらけです。型も分かるようで分からないですし、全容がつかめていない感じがします。

市谷:組織ごとに異なるところが非常に多いので、型はあるようでないと言えます。そんな中でも、日々やっていることを見逃してはいけないと思います。そうでないと、やったことから学べることや学んできたことを活かしきれなくなってしまいます。たくさん仕事をこなすことを目的とするのではなく、「何が得られたのか」をメンバーの皆さんで分かち合う機会があるといいですね

※ご質問の受付は現在終了しています。

よく分からないからこそ、話してみる

市谷:DXの取り組みによって、何か大きく変わったと感じることはありますか?例えば、一年前の自分たちと比べてみて今のチームはどうでしょうか。

新井田様:自分の中での変化は、顧客体験にこだわるようになったことです。組織としては、組織内の協力者や理解者がすごく増えた気がしています。峰村さんが越境して伝えてきたことが実を結び、言葉だけが先行していた頃と比べて広がりを実感しています。

市谷:理解が広がっている背景として、どんな活動が影響していると思われますか?

新井田様:地域ごとの生協のシステム部にとっては、我々はよく分からない存在だったと思いますから、新しいものへの抵抗感が固定化してしまうことのないよう、対話を重ねてきました。この一年ほどで随分理解者が増えたと感じています。

市谷:新井田さんは以前のインタビュー※でも、「よく分からないから、とにかく話すということをやった」とおっしゃっていましたね。意識的に、かなり対話を重ねたと。そういう接点を作って会話をしないと、考えていることややろうとしていること、意図や方針は、なかなか伝わらないと思います。その結果が、理解の拡大につながっているということなのでしょうね。

※参照
「一寸先も見えないカオスのような状態から、見通しのいい ”アジャイルなDXチーム” ができるまで(前後編)」 2021年5月
前編はこちらです
後編はこちらです

峰村様:それまで大部分を占めていたウォーターフォール型の開発と違い、DX-CO・OPプロジェクトでは新しい方法(アジャイル)を取り入れる必要がありました。そこで、情報システム部門などの部署の人たちと実際に話してみると、こちらが思っているよりも抵抗感が少なく、柔軟さを感じました。組織が変わってきたのかもしれません。その後、「コープシェフ」プロジェクトでスクラムイベントに参加したメンバーが、いろんなところでいろんな人に「朝会っていいよね」と言ってくれて、そこから他のメンバーにもだんだん良さが伝わっていき、来年度は部としての朝会をみんなでやってみようということになりました。

市谷:いいですね。

新しくアジャイルに取り組むときのポイント

市谷:アジャイルに取り組みはじめると、疑問が次々に出てくると思います。ちょうど質問が届いているのでご紹介します。「従来のウォーターフォールの開発からアジャイルの開発スタイルへ切り替える際の、判断基準や重要なポイントを教えてほしい」ということですが、いかがでしょうか?

峰村様:DX-CO・OPプロジェクトの場合は、完全に新しい事業だったからか、最初からアジャイルで取り組むことが前提としてあったのですよね。

新井田様:はい、選択の余地がなかったというか(笑) はじめから「アジャイルでやるぞ」ということで始まりましたね。あとは、仮説から始まっているので、「本当にその仮説が合っているかどうか」という検証をするのにウォーターフォールでは非効率だからというのもあるかもしれません。

市谷アジャイルに取り組んでみると、ミーティングの多さや結果の遠さを最初に感じると思います。これから行う取り組みの目的や目指すゴールの設定を、分からないなりにも何らか見出して置いてみないことには、その後の取り組みが定まりませんから、そのための最初の議論が仮説検証にあたると思います。そういう意味では、DX-CO・OPプロジェクトは予め「地ならし」ができていたということかもしれませんね。

アジャイルは不確かなものを作り上げるのに最適な手段

市谷:お二人にとって「アジャイル」とは何でしょうか?

新井田様ゴールに近づくためのかなり有効な手段だと捉えています。まだあまり実感できてはいないので、半分は自分に言い聞かせているところもありますが(笑) 特に、あるものを右から左へ決まった形で行う開発ではなく、不確かなものを作り上げていく手法としては、一番有効だと思います。対話や会話、会議、打ち合わせは非常に多くなりますが、ゴールには確実に近づくことができるのではないでしょうか。

市谷:アジャイルは、その成り立ちからして、文書でやり取りするだけではなく対話をしようと宣言している考え方です。本質として対話を重視しているのです。DX-CO・OPプロジェクトでは、まさにそれを実践されていますよね。ソフトウェア開発ではない分野にも、こうしてアジャイルの本質が伝わっているというのは感慨深いです。

峰村様:私はECサイトの仕事を長くしていたのですが、小さく作って仮説検証を行い、軌道修正しながら最終的にゴールに近づいていくという方法や考え方は、その当時からいいなと思っていました。それを実現できる開発手法がアジャイルなのだと、取り組んでみてあらためて感じました。

アジャイルの体験者が増えることで、より働きやすい組織へ

市谷:質問が寄せられているのでご紹介します。「コープシェフの取り組みから、柱となる宅配事業など他の事業分野へフィードバックしていくには、どういう方法が考えられるでしょうか?」ということですが、いかがでしょうか。

峰村様:「コープシェフ」は新しくてスモールな規模の事業なのでアジャイルが取り入れやすかったのですが、一方の宅配事業ではフローも完成されており大きく変えることは難しいと思います。それでも、アジャイルのように対話をしながら小さくカイゼンを繰り返すプロセスを、小さな領域からでも日々の業務に取り入れていくとか、あるいは探索の価値観を組織に取り入れるとか、そういった取り組みは当然していった方がいいと考えています。

市谷:今後、生協のDXの展望として、どうなったらいいなと思われますか?

新井田様:DXの話をしようとすると、抵抗感を持っている人もまだいます。あと少しだと思っています。関わりが広がるにつれて拒絶感は薄まっていくでしょうから、地域の生協や組合員にも、もっと気軽に、一般的にDXが受け入れられるようになったらいいなと思います。

峰村様:大きくは2030年ビジョンに到達するために貢献していきたいですし、もっと身近なところで言うと、「コープシェフ」のような取り組みが横展開されて、組織のいろんな人がそういう働き方を体験できたらいいなと思っています。また、今回のプロジェクトを通してコミュニケーションや課題管理にツールを使うことの良さを感じましたので、生協全体で共通のツールやコミュニケーション手段をとることで、仕事がよりやりやすく効果的になっていったらいいなと思います。

市谷:これからの時代に適した仕事の進め方を試すには良いタイミングだと思います。実際に試してみれば利便性の高さを感じられるでしょうし、仕事が楽になったり、できることが増えたりとメリットの多さも分かってもらえるのではないでしょうか。

これから組織のDXに取り組む方へ

市谷:組織のDXは進み具合も規模感も千差万別で、思うようにいかないことの方が多いですし、悩みも多いと思います。基本的にはみんな苦戦しています。そんな中で、これから組織のDXに取り組む方へ向けて、メッセージをいただけたらと思います。

新井田様:変化に対する反応はいろいろで、対話は膨らみ、濃くなっていくと思います。対話の量も質も上がるので、すべてをフォローしきれないこともありますが、考え方や価値観はどんどん変わっていくはずです。我々もまだ道半ばですから、自分に言い聞かせているところもありますが、みんなの価値観が前向きに変わっていくのを感じつつ、準備を整え、計画を立て、実直に対話に取り組んで、一つ一つを検証しながらがんばっていきたいと思います。ぜひ皆さんもがんばりましょう。

峰村様:私も本当に日々「どうすればいいのだろう?」と考えながら、苦労して取り組んでいます。皆さんも同じだと思います。でも、デジタルを活用して組織を変革したり可能性を高めたりすることが必要じゃない人たちなんて絶対にいないはずです。どんな人でも、どんな組織でもきっと必要です。大変ですが、必要なこと、大事なことに取り組んでいると思ってがんばりましょう。私もがんばります。

市谷:組織ごとに、状況も目指すゴールも、辿っていく道程もそれぞれ違いますから、すべて分かっているDXの達人なんてこの世にいないと思っています。我々は、それぞれの文脈の中で一つ一つ積み上げながら進んでいくしかありません。今後もぜひ一緒に取り組みを進めていきましょう。今日はありがとうございました。

前編はこちらです。

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