2022年3月15~17日の三日間にわたり、オンラインにて開催された『Red Conference』。 ”日本の組織をRe Designする”をテーマに、これまでのDX支援、アジャイル支援と組織変革の事例をご紹介するとともに、その変革の過程や成果について、クライアント企業のご担当者さまと対談形式で語りました。レッドジャーニーにとって初めての開催となるカンファレンスの第一日目にご登壇いただいたのは、野村證券株式会社 営業企画部のお二人です。後編となる今回は、担当部長の安中工様より取り組みの全体像や課題、今後の展望についてお話いただいた講演の概要と、安中様、植森晴香様とレッドジャーニーの市谷との対談の模様をご紹介します。経営から現場まで、立場やチーム、部署の壁を越えてともに組織アジャイルに取り組むためには、どんなことが必要なのでしょうか。また、取り組みを通して見えてくる証券におけるアジャイルの可能性とは。
前編はこちらです。
アジャイルへの取り組み
野村證券株式会社 営業企画部 担当部長 安中工 様
私たち営業企画部は、営業部門でのデジタルマーケティングに関係する仕事を担っています。レッドジャーニーの市谷さんに関わっていただきながら、この2年ほど、アジャイルの取り組みを進めてきました。野村證券でのアジャイルの取り組みは、2020年4月頃にシステム開発から着手し、2021年4月頃からはマーケティングのプロセスにもアジャイルを導入し始めました。システム開発におけるアジャイルは環境やインフラの影響を受けやすく、当初はまごついたところもあったものの、一度立ち上がってからは比較的うまくいっています。今は、独自のシステム開発ができる体制ができてきています。
顧客起点でのマーケティングプロセスへ
マーケティングプロセスのアジャイル化は、システム開発とは違い環境やインフラに左右されづらいはずなのですが、取り組んでみるとなかなか思い通りには進まないと感じています。一般的に、マーケティング組織では部署ごとに顧客となるターゲット層を設定し、商品戦略やサービス戦略を立てた上で、部署間の連携を行います。野村證券でもその形をとっていますが、それを、幾つかに分けたターゲット層を横軸とし、マーケティングのステージごとに部署が連携する形へ変えることで、フローが流れやすくなるのではないかと考えました。
1年間の取り組みをふりかえると、部署間の立ち上がりにだいぶ時間がかかってしまいました。プロダクトありきでタスクを発想するやり方が定着しており、顧客起点で考えることに不慣れだったためです。そんな状況を打破するべく、横連携のチームでカスタマージャーニーマップをあらためて描き、そこから施策を考えるプロセスをとりました。そして、その施策をリーン、アジャイルの方式でブラッシュアップしながら実行しようとチャレンジを始めています。まだまだ成功とは言えませんが、カスタマージャーニーマップの作成から施策の展開まで、顧客起点でのマーケティングに一連の流れができつつあります。
チーム内の連携が深まり、部署の壁がなくなった
まだ課題は多く、週に1回、市谷さんとタスクの状況や進捗を共有してはアドバイスをもらっています。その中で、IT以外の部署でアジャイルを取り入れている比率が日本では非常に低く、部署間の協業も進んでいない状況を知りました(DX白書2021)。我々の取り組みでも、他の関連部署や経営層へのアジャイルの理解と浸透には時間がかかり、定着させるには根気が要ると感じています。一方、参加したメンバーは、チーム内の連携が深まり部署の壁がなくなったことに一定の手ごたえを感じています。これらのフィードバックを共有することで、共感者も徐々に増えてきています。
アジャイルを組織マネジメントに組み入れるには
今は、アジャイルを一施策のためのプロセスではなく組織マネジメントの一環として組み入れ、組織アジャイルをより円滑に進められるように取り組みを進めています。経営側の立場からすると、相互理解だけではなく定量的な数値としての改善点が示されなければオーソライズしづらいと思いますから、顧客体験、従業員価値の向上などの観点で、ビジネスモデルとしての有効性が評価される仕組みが必要です。進捗についても、部長、役員レベルから現場まで広く全体で共有しふりかえりができるよう働きかけています。いずれは、人材育成や施策のボリュームアップ、パフォーマンスの向上、従業員満足度の向上に繋げられるように、この先も継続していきたいと思っています。
【対談】正解も終わりもない、難しいからこそおもしろい「アジャイル」の世界
野村證券株式会社 安中工 様、植森晴香 様 × レッドジャーニー 市谷聡啓
組織全体や発想をデジタルにすることで新しいフォーメーションへ
市谷聡啓(以下、市谷):今、日本中のあらゆる組織がデジタルトランスフォーメーションの名のもとに様々な活動を行っています。お二人は、デジタルトランスフォーメーションについてどのように捉えていらっしゃいますか?
植森晴香様(以下、植森様):DXは新たな機会の創出だと日々感じています。お客様との接点としても、自分たち自身にとっても、新たな機会や働き方が創出されています。
安中工様(以下、安中様):私は、組織の「フォーメーション」として捉えています。ビジネスやマーケティングを進めるためのフォーメーションは昔からありますが、変化の速度も幅も大きい状況下では、デジタルを用いて変化に柔軟に適応しながらそれを組み替える必要があります。フォーメーションを組み替える尺度や基準、方法が明確にある組織が、デジタルトランスフォーメーションなのではないでしょうか。
市谷:組織の体制や動き方がどうあるべきかを捉えた言葉として見ているのですね。おもしろいです。では、証券会社でDXを進めていくために、営業企画部門の活動として何が必要だと思われますか?
植森様:プロジェクトを越えた情報の共有が必要だと思います。他のプロジェクトについても把握し、また把握してもらうための工夫が必要です。
安中様:証券会社としては20年前からインターネット取引があり、チャネルとしてのデジタルやインターネットの活用は早くから進んでいる業界です。一方で、ビジネスの進め方にはデジタルがあまり浸透しておらず遅れています。組織全体や発想をデジタルにすることが求められていますし、取り組んでいるところでもあります。
アジャイルは、難しい仕事にチームで取り組むための高度なスキル
市谷:組織の体制や動き方をより機敏にするための方法として、アジャイルが貢献できることは多いと思います。「アジャイル」という言葉や考え方は、お二人にとってどのようなものでしょうか?
植森様:それぞれが役割を持ちながらも、ワンチームで仕事に取り組むための方法、ルール、考え方でしょうか。アジャイルとの最初の出会いは、本で読んだ「小さく作る」や「素早く機敏に」といった言葉だったと思います。その後、本を参考にしながら取り組みを積み重ねる過程で、チームが一つになっていくのを感じました。
安中様:一言で言えば、より高度なスキルかな。アジャイルでなくても仕事は進められますが、よりスピードや成果が求められる場面では、アジャイルによってパフォーマンスが上がるはずです。ただ、求められるものは多く、ゼロから取り組むのは困難だと思います。
市谷:たしかに、取り組むには準備や訓練が必要ですね。多くの組織にとって、まだ馴染みのない考え方ですから、いきなり取り組んでもうまくいかないことも多いと思います。
アジャイルのプロジェクトに終わりはあるのか
市谷:アジャイルについての謎や疑問、いまだによく分からないことはありますか?
植森様:わからないことはまだたくさんあります。特に難しいと感じるのは、アジャイルにおけるドキュメントのあり方です。変化する状況下でチーム外の方へのアウトプットが必要とされる中、どうドキュメントを準備するのか。挑戦していきたい課題です。
市谷:単純な正解がないからこそ、難しい問題だと思います。アジャイルはコミュニケーションを重視する方法ですから、仕事を進めながらドキュメントも頻繁に作って更新し続けるのは、かなり難しいはずです。一方、透明性という観点でドキュメントは必要です。チーム内での理解合わせや、チーム外のマネージャーや他部署とのすり合わせなど、必要に応じて対応する感じになるのではないでしょうか。
安中様:私は、プロジェクトの「終わり」をどうしたらいいのかなというのが疑問です。プロダクトはリリース後もずっと機能追加が続きますから、区切りがありませんよね。
市谷:一つの考え方として、アジャイルには終わりがないと言えます。プロジェクトとプロダクトという二つの観点で考えると、プロジェクトには納期や予算があり、必ず終わりがやってきます。一方で、プロダクトは顧客がいる間は提供し続けるという意味では終わりがありません。アジャイルがよりフィットするのは後者ではないでしょうか。アジャイルの反復的な活動は、続けようと思えばずっと続けられます。終わりがあるとしたら、プロダクトが必要とされなくなったとき、役割を終えたときです。その時に、アジャイルも終わるのではないでしょうか。
アジャイルの難しさとは
市谷:アジャイルに取り組む上での課題や、難しいと感じることはどんなことでしょうか?
植森様:チームの課題として、タスク管理が難しいと感じています。複数のプロジェクトが並行して走っている状況では、チームのメンバーが裏で(他のプロジェクトで)抱えているものまで把握しながら役割分担をしなくてはなりません。そこがうまくいかないと、お互いに期待値のズレが生じてしまいます。
市谷:各々が抱えているタスクを見える化することは、アジャイルの基本の「き」ですから、習慣化することが必要です。
安中様:コミュニケーションをより円滑にするにはどうすればいいのでしょうか。開発案件ともなれば、関係する協力会社や部署も複数にわたります。それぞれにバックグラウンドが違いますし、話す言葉も違うと感じます。共通の目標が擦り合わせできている時はうまくいくので、アジャイルでも、前提やノウハウを訓練して合わせることが必要なのかもしれません。
市谷:アジャイルに特有の言葉や考え方を、前提として理解し合えていることは必要だと思います。とはいえ、一筋縄ではいきませんよね。他の人へアジャイルを伝えるために、工夫している点はありますか?
安中様:コミュニケーションツールでは、最低限、共通のインターフェイスが必要な気がします。メール中心のやりとりでミーティングを重ねても、うまく意思疎通ができないことがあります。コロナ禍でリモートの会議が増え、ツールの導入や浸透が進んできてはいますが、もっと慣れることが必要です。
市谷:植森さんがおっしゃっていたタスクの見える化にも、ツールが必要ですよね。組織内である程度統一する方が、進行がスムーズかもしれません。
アジャイルを取り巻く変化
市谷:一年前、二年前と比べて変わったところはありますか?
植森様:一年前、プロジェクトがスタートした当初は、アジャイルという手法をとっているチームはまだ周りになかったと思います。他のプロジェクトでは「何を作るの?」という会話が多く聞かれました。一年が経ち、今は「どのお客様の、どの課題を解決するの?」という会話がよく聞かれるようになりました。アジャイルを取り入れようとする動きが少しずつ増えているのではないかと感じます。
市谷:それは大きな変化ですね。きっかけは何かあったのでしょうか?
植森様:私が直接関わっているプロジェクトではないのですが、アジャイルの考え方を取り入れているマーケティング企画の影響が大きいのかもしれません。
市谷:マーケティングはアジャイルとの相性がいいと思います。顧客について突き詰めて考える必要がありますし、どう届けるか、何を届けるかについても、正解がある分かりやすい活動ではなく、実験し仮説を立てて検証する必要があります。きっと、アジャイルが効果的なはずです。
安中様:情報システムなどITの部門からアジャイルを提案される機会が増えてきています。アジャイルのメリットである合理性やパフォーマンスの高さについて共通認識が生まれ、主力になりつつあります。私の見た限り、否定的な人はいないという印象です。
市谷:大きな変化ですね。何かきっかけがあったのでしょうか?
安中様:実際に幾つかリリースして、プロセスを一通り経験できてからだと思います。
これから組織でアジャイルに取り組む方へ
市谷:今後のアジャイルの展望について、どんな風になったらいいと思われますか?
植森様:私個人としては、アジャイルをもっと広げていけるように、自分のプロジェクトに留まらず他のプロジェクトのサポートもできるようになりたいです。
安中様:多くのプロジェクトが並行稼働できるのが自然というレベルになれたらいいと思います。システム開発はペースアップができますし、サービス開発やマーケティングのプロセスにも展開できると思いますから、多方面で進めていきたいです。
市谷:ややこしい仕事にチームで取り組むには、アジャイルが効果的です。ぜひ取り組んでもらえたらと思います。最後に、これから組織でアジャイルに取り組む方に向けて、メッセージをいただけますか?
植森様:取り組みを進めるうちに課題がたくさん出てくるので、大変だと思いますが、都度向き合っていけば、チームにとってベストな形が見えてくるはずです。アジャイルに関わる一人として私もがんばっていきます。
安中様:スプリントは合宿みたいなところがあると思います。それを楽しいと感じるタイプも、苦手と感じるタイプもいるでしょうが、軌道に乗ってくると楽しいです。つらいだけじゃなく楽しみもありますから、経験できれば損はありません。
市谷:ありがとうございます。今日のお話では私には思いつかないような言葉や表現をたくさん聞かせていただき、とてもおもしろかったです。まだまだ取り組みは続くと思いますが、証券でのアジャイルがうまく進むように私も願っています。
前編はこちらです。