多くの企業が新しい挑戦に際して抱える「失敗を恐れる」という個人や組織の心理を打破し、アジャイルなどの取り組みを進めるためには何が必要なのでしょうか。東京ガス株式会社では、DXを推進する人材を育成するため、あえて失敗を経験する場として若手社員のみなさんが「仮説検証型アジャイル開発」を実践的に学ぶプログラムに取り組みました。「ひととおりを体験する」プログラムの前後でどのような変化があったのか、デジタルイノベーション戦略部の萩原様(※)にお話をうかがいました。
(聞き手:レッドジャーニー市谷)
※ 役職はインタビュー当時のものです

失敗を恐れずに挑戦する文化醸成に向けて、DX推進人材を育成するには。

はじめに、萩原さんが取り組まれている仕事の概要を教えてください。

DXの推進部門において、当社グループにおけるDX推進人材の育成に取り組んでいます。
当社では、2019年度から「DX推進人材育成」の計画が始まりました。目的は、各部がDXを自立・自走できるよう戦略を実行し、推進する人材の育成です。
2020年度から本格始動し、その一環として立ち上がったのが「東京ガスのありたい姿を描き、それに対して新事業を提案する」という今回ご支援いただいたプログラムです。

ベースアップを図るための教育プログラムもありますが、今回はベースアップにとどまらず、専門的な知識を身につけ、さらにはプロジェクトを推進していけるようになってほしいという狙いを持ち実施しました。

こういった取り組みは、長らくやってこられたのでしょうか。

2018年の経済産業省による「DXレポート」をきっかけに、部門として人材育成の必要性を感じ、旗を揚げたのが始まりでした。立ち上げ当時の社内の意識としては、大変高かったと思います。

そんななかで、萩原さんはどのような役割を果たしてこられたのでしょうか。

私の役割は、DXに関する技術や考え方を学ぶ仕組みや場を整えるとともに、社員の学ぶ意欲とDXの実践を後押しすることだと認識しています。

私は、これまで、東京ガスiネット(東京ガスグループのシステム開発会社)への出向や、社内の情報システム部門で、社内基幹システムの対応を中心に仕事をしてきました。そのため、モダンなデジタル技術に精通したいわゆる「デジタル人材」とはスキル形成の仕方が異なるのではと思います。ただ社内には、私のように、これまで「デジタル人材」としてのスキル形成をしてきていなくても、「変わりたい」「新しいことをやりたい」と思っている人たちがたくさんいます。
そういう人たちが教育の機会を得ることで、さらに活躍できるような仕組みを作っていきたいというモチベーションで育成の企画・運営を行っています。

そうなのですね。プログラムはどのようにして作られたのでしょうか。

大枠の方向性は2019年度に立てたものの、詳細は決まっていませんでした。本格始動した2020年度はコロナ禍もあり、本来、一堂に会して行えたプログラムをオンライン実施に切り替えるなど、本当に「崖から飛び降りながら飛行機を作っている」というスタートアップ企業のような感じで、骨格や方針は踏まえつつ、受講者の様子を見ながら詳細設計をしていきました。そのような状況だったので、今回御社にはプログラムのサポートをお受けいただいて大変ありがたかったです。

東京ガスでの仮説検証の取り組みや事業開発を進める上での課題については、どのように捉えていらっしゃいますか。

当社は、安心・安全・信頼を担う企業として、良いことではあるのですが、失敗してはいけないという心理が働くため、議論や計画に時間をかけることで、実行段階で失敗を経験する機会が少ないという課題がありました。そのため、プログラムでそれが疑似経験できればと考えました。

失敗ができる環境を作ることがまず狙いとしてあったのですね。

はい。あとは、「なかなかお客さまのところへ話を聞きに行けない」という課題感も、若手を中心によく耳にしていました。ですから、今回のプログラムのなかでプロトタイプを作り、提案してみることをプログラムに入れられたことはすごく良い契機になりました。やはり形にしたものがあると話に行きやすいということが、見ていてよく分かりましたので。

たしかに、はじめは資料作りなどの準備に相当手がかかっていて、アウトプットまで時間がかかりそうだなと感じながら見ていました。
事業を作り検証するまでのスピードと頻度を上げていくためには、お客さまにただ話を聞くよりもプロトタイプという形のあるものを持って行って検証することで、顧客側の理解がスムーズに進みます。今回のプログラムでこういった検証方法に取り組めたのは良かったのではないかと思います。
プロトタイプを使った検証は、普段はあまりされないのでしょうか。

そうですね。一日でデザイン思考的にプロトタイプを作るような取り組みはしていましたが、今回のようにサービスとして成立させてお客さまの前に出すといったレベルまでの研修はしたことがありませんでした。もちろん、事業化を目指す場合はその限りではないのですが。

失敗を恐れる心理は、どんな組織にもきっとあると思います。それではいけないとみんな分かっているものの、失敗を許容して挑戦できるような進め方は難しいのではないでしょうか。
萩原さんから見て、どのようなことがこの心理や行動につながっていると思われますか。また、どうしたら変えていけるのでしょうか。

一つには業務を進める上での体制的な課題があると思います。
現状では、役割を分担し、それぞれが自分の役割のなかで最適化して仕事を回しています。
互いの領域を侵さないことでうまく効率化ができることは良いのですが、新しいことを始めるときには、自分が主に果たすべき役割を回しながら、さらに他の領域へ飛び越えていかなくてはなりません。もちろん、得意ではない領域に飛び込んだときは失敗があって当然です。そうなったときに、どの程度まで飛び越えても良いのかの見極めが難しく、経験したことがないことで安全にという心理が働くことが原因ではと考えます。

もう一つは、実際にモノを売るという経験や感覚が希薄になっていることと思います。例えば、ひとりで商売をした経験があるかというと、特に若手ではほとんどその経験がないと思います。この課題克服のため実施はしていませんが、自分で何かを売ってみる、やり切るという研修も一つの案として検討をしました。

「完結する」というのはいい取り組みですね。例えば、仮説検証だけ、インタビューだけ、プロトタイプ作りだけといった部分的な取り組みや、言葉の理解だけでは全体感はつかめません。完結させることでしか分からない苦労や学びもあると思います。その点、サービスを作って自分で売ってみるというのは、きっとたちまち課題に直面しますから、すごくいい取り組みになると思います。

ありがとうございます。ただ、全員にうまくフィットする方法ではないような気もするので、人によって学びの差が大きいのではないかという点に懸念が残ります。

失敗を許容したくても、どれくらいのことが起こるのか、どこまでの状態になるのかが分からなければ、判断として許容しにくいですよね。しかし、そもそも何かを判断するためには、仮説検証が必要となる。実行判断が先か、探索が先かの問題を突破するためには、段階的な取り組み方が必要となるでしょう。
一歩探索に出てみれば、どれくらいのことをやったらどういう失敗が起きるのかが徐々に分かってきて、学びが深まっていきます。
だからこそ、疑似的環境で失敗を経験するということが、最初の段階として適していると考えています。