“とはいえ”シリーズは、スクラムに取り組む現場で起こる様々な「とはいえ」をピックアップし、それぞれどのようにアプローチしていけばいいのか、レッドジャーニーの経験豊富なアジャイルコーチがざっくばらんに語るシリーズです。

「スクラムガイドにはこう書いてあるし、ブログではこういう事例を見かけるんだけど、とはいえ…」と困ってしまったり、チームで対話しても道筋が見えてこない時、ここでのお話が何か一つでもヒントになれば幸いです。

第14回のテーマは「スクラムの価値基準」です。前編では、5つの価値基準の意味と理解の深め方、「確約」「集中」にまつわる”とはいえ”についてお伝えします。

話し手

新井 剛
Takeshi Arai
株式会社レッドジャーニー
取締役COO/アジャイルコーチ

CSP(認定スクラムプロフェッショナル)、CSM(認定スクラムマスター)、CSPO(認定プロダクトオーナー)

yoh nakamura

中村 洋
Yoh Nakamura
株式会社レッドジャーニー
執行役員/アジャイルコーチ

CSP-SM(認定プロフェッショナルスクラムマスター)、CSPO(認定プロダクトオーナー)

スクラムガイドについて

スクラムは、複雑なプロダクトを開発・提供・保守するためのフレームワークです。1990年代初頭、Ken Schwaber と Jeff Sutherland によって開発されました。
スクラムに取り組む際の拠り所となるのが、スクラムの定義やルールを示した「スクラムガイド」です。2010年に最初のバージョンが発表され、その後アップデートが加えられながら進化し続けています。
全18ページ(2020年版)という小さなガイドですが、目的や理論から実践まで分かりやすくまとめられており、スクラムの本質が理解できるようになっています。

スクラムの価値基準」について

スクラムの価値基準について、スクラムガイドにはこのように解説されています。

スクラムの価値基準

スクラムが成功するかどうかは、次の5つの価値基準を実践できるかどうかにかかっている。

確約(Commitment)、集中(Focus)、公開(Openness)、尊敬(Respect)、勇気(Courage)

スクラムチームは、ゴールを達成し、お互いにサポートすることを確約する。スクラムチームは、ゴールに向けて可能な限り進捗できるように、スプリントの作業に集中する。スクラムチームとステークホルダーは、作業や課題を公開する。スクラムチームのメンバーは、お互いに能力のある独立した個人として尊敬し、一緒に働く人たちからも同じように尊敬される。スクラムチームのメンバーは、正しいことをする勇気や困難な問題に取り組む勇気を持つ。

これらの価値基準は、スクラムチームの作業・行動・振る舞いの方向性を示している。下される意思決定、実行される手順、スクラムの使用方法は、これらの価値基準を減少や弱体化させるものではなく、強化させるものでなければならない。スクラムチームのメンバーは、スクラムのイベントや作成物を用いながら、これらの価値基準を学習及び探求する。これらの価値基準がスクラムチームや一緒に働く人たちによって具現化されるとき、経験主義のスクラムの三本柱透明性」「検査」「適応」に息が吹き込まれ、信頼が構築される。

出典:スクラムガイド
※内容をより分かりやすくするためキーワードを太字にしています。

…とはいえ、実際の現場ではガイド通りには進みませんし、そもそも書かれていないような事態も多々起こります。そうした「とはいえ」に、どのようにアプローチしていけば良いでしょうか。

5つの価値基準、全部ないとダメですか?

新井:
今回の内容は、なかなか抽象度が高いですね。

中村:
日常生活の中で「勇気」という言葉を聞く機会はあまりないですよね。

でも、アジャイルコーチとしては、こういう「自分たちが何を大事にするのか」という価値基準の大切さを伝える機会は多いです。

新井:
5つの価値基準がチームに全部ないとダメかというと、やはり全部必要でしょうね。

中村:
5つの価値基準はつながっていて、全部必要ですが、その中でも強弱はあるかな。チームの現状やメンバーそれぞれのバックグラウンドによって、例えば「課題の公開」は比較的強めに、「正しいことをする勇気」はまずは弱めに、という感じです。

最初から全部がマックスである状態は、なかなか作れないのではないでしょうか。

新井:
チームの成長段階に合わせて強弱をつけるのはいいですね。

キャンペーン期間みたいな感じで、その時々に強化するポイントを意識すると取り組みやすいと思います。

中村:
自分たちのチームにおける尊敬とはどういうことだろう?」という風に、項目ごとに理解や気づきを促す機会があるといいかもしれません。ふりかえりでも、他の場でもいいと思います。

また、意図的に強弱を付けるだけではなく、無意識のうちに関心事が移り変わることもありますよね。

新井:
人によって解釈の幅や度合いが違いますし、自分ができているのかどうか客観的に見るという意味でも、会話の中で他者からフィードバックをもらいながら認識していくことは多いと思います。

中村:
最初から深く理解できるチームはなかなかありませんから、やっていく中で気づいていけたらいいんじゃないでしょうか。

新井:
最初から5つすべてを大事にしていこうとすると、具体的にどういうことなのか、何をすればいいのかが分からなくて混乱を招くかもしれません。

スクラムイベントを回しながら、ふりかえりをしたり、1ヶ月後くらいにあらためてスクラムガイドを読み返したりして、チームの中でそれぞれの項目についての対話が生まれるといいですね。

参加者コメント:
5つの価値基準はスクラムだけに必要なことなのでしょうか。ウォーターフォールでは必要ないのか? と言うと、個人的にはそうじゃない気がします。

中村:
スクラムに限らず、チームで相互に協力し合って仕事をしていくという文脈では、こういう価値基準は必要じゃないでしょうか。

新井:
「価値を生むかどうか」の観点がないまま、決まったものを決まった通りに淡々と作るだけという場面では、こういうことを見落としがちです。

だからこそ、スクラムガイドでは強調されているのかもしれませんね。

Message from coaches

  • 5つの価値基準はつながっている。チームで協業して価値を生み出すためには全部必要なものとして意識しておこう。
  • 最初から5つ全部を深く理解するのは難しい。スクラムイベントを回す中で、チームで対話をしながら理解を深めていこう。
  • チームの成長段階に合わせて、項目ごとに理解を促す機会を意図的に設けるのもおすすめ。

「確約」=「期日までにリリースすることを約束する」ということ?

中村:
「コミットメント」というと何かを約束するという意味合いが濃いかもしれませんが、ここでは期日というよりは取り組み方に対する約束だと思います。

つまり、ある目標を達成するために、お互いにサポートし合うことや、自分自身が全力を尽くすことを確約(約束)しましょう、ということを言っているのではないでしょうか。

新井:
自信を持てているか、という観点もあるかな。例えば、スプリントプランニングの時点でスプリントゴールを作成することについても、スクラムガイドでは「コミットメント」と書いてあります。ここでは、約束が守れるかということよりも、そのスプリントゴールを達成できる「自信」があるかどうかが大事になってきますよね。

自信が持てないなら、勇気をもって「無理です」と表明しなくてはなりません。

中村:
「結果としてできなかった」ということはあるかもしれないけれど、プランニングやスプリント開始の時点で「分からないけどやってみる」というのは「コミットメント」ができていないですね。

考えうるリスクやそれに対する作戦を踏まえて、うまくいくという見込み・自信があってはじめて「コミットメント」と言えます。

新井:
不確定要素はどうしてもあるので、結果指標がずれるのは仕方ないですが、行動指標としては「自信がある」という状態じゃないとね。

中村:
そういう意味合いでの「確約」(コミットメント)だということをうまく共有できないと、現場とステークホルダーやマネージャーとの間で軋轢が生まれるもとになることがあります。

Message from coaches

  • 「確約」(Commitment)は、期日を守ることよりも、目標を達成するために全力を尽くすことやチームでサポートし合うことなど「取り組み方」を約束するものと捉えよう。
  • 不確定要素は必ずあるので、結果としてできないこともあるのは仕方がない。でも、スプリントプランニングの時点で達成できると自信が持てるスプリントゴールを作成するのが「確約」(Commitment)。
  • 「確約」(Commitment)の意味するところを、現場やステークホルダー、マネージャーとの間で認識を合わせておこう。