“とはいえ”シリーズは、スクラムに取り組む現場で起こる様々な「とはいえ」をピックアップし、それぞれどのようにアプローチしていけばいいのか、レッドジャーニーの経験豊富なアジャイルコーチがざっくばらんに語るシリーズです。

「スクラムガイドにはこう書いてあるし、ブログではこういう事例を見かけるんだけど、とはいえ…」と困ってしまったり、チームで対話しても道筋が見えてこない時、ここでのお話が何か一つでもヒントになれば幸いです。

第9回のテーマは「スクラムマスター」です。前編では、スクラムマスターの本来の役割と、それを最大限に発揮するための方法や考え方についてお話します。

話し手
中村洋

中村 洋 Yoh Nakamura

株式会社レッドジャーニー
CSP-SM(認定プロフェッショナルスクラムマスター)・CSPO(認定プロダクトオーナー)
様々な規模のSIerや事業会社でのアジャイル開発に取り組み、今に至る。現在まで主に事業会社を中心に40の組織、80のチームの支援をしてきた。「ええと思うなら、やったらよろしいやん」を口癖に、チームや組織が自分たちで”今よりいい感じになっていく”ように支援している。
発表資料 「いい感じのチーム」へのジャーニー、チームの状況に合ったいろいろなタイプのスクラムマスターの見つけ方、アジャイルコーチが見てきた組織の壁とその越え方、など多数。

新井剛

新井 剛 Takeshi Arai

株式会社レッドジャーニー 取締役COO
CSP(認定スクラムプロフェッショナル)、CSM(認定スクラムマスター)、CSPO(認定プロダクトオーナー)
プログラマー、プロダクトマネージャー、プロジェクトマネージャー、アプリケーション開発、ミドルエンジン開発、エンジニアリング部門長など様々な現場を経て、全社組織のカイゼンやエバンジェリストとして活躍。現在はDX支援、アジャイル推進支援、CoE支援、アジャイルコーチ、カイゼンファシリテーター、ワークショップ等で組織開発に従事。勉強会コミュニティ運営、イベント講演も多数あり。
Codezine Academy ScrumBootCamp Premium、機能するチームを作るためのカイゼン・ジャーニー、今からはじめるDX時代のアジャイル超入門 講師
著書「カイゼン・ジャーニー」、「ここはウォーターフォール市、アジャイル町」、「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」、「WEB+DB PRESS Vol.111 見える化大作戦特集

スクラムガイドについて

スクラムは、複雑なプロダクトを開発・提供・保守するためのフレームワークです。1990年代初頭、Ken Schwaber と Jeff Sutherland によって開発されました。
スクラムに取り組む際の拠り所となるのが、スクラムの定義やルールを示した「スクラムガイド」です。2010年に最初のバージョンが発表され、その後アップデートが加えられながら進化し続けています。
全18ページ(2020年版)という小さなガイドですが、目的や理論から実践まで分かりやすくまとめられており、スクラムの本質が理解できるようになっています。

「スクラムマスター」について

「スクラムマスター」について、スクラムガイドにはこのように解説されています。

スクラムマスターは、スクラムガイドで定義されたスクラムを確立させることの結果に責任を持つ。スクラムマスターは、スクラムチームと組織において、スクラムの理論とプラクティスを全員に理解してもらえるよう支援することで、その責任を果たす。

スクラムマスターは、スクラムチームの有効性に責任を持つ。スクラムマスターは、スクラムチームがスクラムフレームワーク内でプラクティスを改善できるようにすることで、その責任を果たす。

スクラムマスターは、スクラムチームと、より大きな組織に奉仕する真のリーダーである。

スクラムマスターは、さまざまな形でスクラムチームを支援する。

  • 自己管理型で機能横断型のチームメンバーをコーチする。
  • スクラムチームが完成の定義を満たす価値の高いインクリメントの作成に集中できるよう支援する。
  • スクラムチームの進捗を妨げる障害物を排除するように働きかける。
  • すべてのスクラムイベントが開催され、ポジティブで生産的であり、タイムボックスの制限が守られるようにする。

スクラムマスターは、さまざまな形でプロダクトオーナーを支援する。

  • 効果的なプロダクトゴールの定義とプロダクトバックログ管理の方法を探すことを支援する。
  • 明確で簡潔なプロダクトバックログアイテムの必要性についてスクラムチームに理解してもらう。
  • 複雑な環境での経験的なプロダクト計画の策定を支援する。
  • 必要に応じてステークホルダーとのコラボレーションを促進する。

スクラムマスターは、さまざまな形で組織を支援する。

  • 組織へのスクラムの導入を指導・トレーニング・コーチする。
  • 組織においてスクラムの実施方法を計画・助言する。
  • 複雑な作業に対する経験的アプローチを社員やステークホルダーに理解・実施してもらう。
  • ステークホルダーとスクラムチームの間の障壁を取り除く。
出典:スクラムガイド

…とはいえ、実際の現場ではガイド通りには進みませんし、そもそも書かれていないような事態も多々起こります。そうした「とはいえ」に、どのようにアプローチしていけば良いでしょうか。

スクラムマスターの仕事に集中したくても、兼任状態からなかなか抜け出せない

中村:
まずは、スクラムガイドの「スクラムマスター」の項目を一緒に読んでみましょう。
何を言っているのか、わかるようで実は意外とわかりづらいかもしれませんね。

新井:
組織に関わることとか、結構重たい内容も入っていますよね。

中村:
「兼任状態から抜け出せない」という話は、よく耳にします。
私が関わっている組織でも、兼任という形でスクラムマスターを務めている方はとても多いです。
開発者と兼任とか、複数のチームを見ているという意味での兼任もありますね。

新井:
管理職との兼任や、テックリードとスクラムマスターの兼任といったケースもありそうですね。

中村:
兼任と専任とでは、できることがだいぶ違ってきます。
スクラムマスター本人も、周りの人たちも、その辺りがうまくイメージできていないというのが、兼任状態から抜け出せない一因ではないかと思います。

新井:
仕事が多すぎるというのもあるかな。
いろんな経緯がありそうですけど、こういった場合、どんな手立てがあるでしょうか?

中村:
まずは、スクラムマスターの本来の役割について、チームやステークホルダーに説明していくというのが王道ではないでしょうか

スクラムマスターの本来の仕事は、チームを俯瞰的視点で観察したり、ステークホルダーとコミュニケーションをとったりすることで「チームを助ける」ことですが、そもそも誤解されていることが多いと思います。

ファシリテーションだけ、あるいは、Jira(プロジェクト管理ツール)のチケットを整理するだけ、と思われていたりして。

新井:
スクラムガイドにも、「スクラムマスターは、さまざまな形で組織を支援する」とあります。

大きい言葉になりますが、「組織支援」が仕事なわけですから、ファシリテーションだけしていればいいというのとは全然違いますよね。

中村:
むしろ、ファシリテーションはチームがしていって、スクラムマスターはそれに対して「どうすればもっとうまくできるか」といったフィードバックをしたり、コーチしたりするのが本来の役割だと思います。

新井:
スクラムマスターの役割として、「イベントをファシリテートする」という記載はスクラムガイドにはないですよね。

中村:
「すべてのスクラムイベントが開催され、ポジティブで生産的であり、タイムボックスの制限が守られるようにする」という記載がありますが、スクラムマスター自身がそれをするとは書かれていないですよね。

「守る」ではなくて「守られるようにする」なので、取り組みの主体はあくまでもスクラムチームということじゃないでしょうか。

チームがまだスクラムに慣れていない段階では、慣れているスクラムマスターがファシリテートして、タイムボックスを守るように導くことも必要かもしれませんが、慣れてきたらチームに運営を任せられるといいですね

スクラムマスターは、その結果がどうだったかを観察したり問いかけたりしていけると、チームがより早く上達できると思います。

新井:
バトンタッチしていかないと違う観点も生まれませんし、自己管理型になるのを阻害してしまいますよね

中村:
そういう意味でも、兼任状態はなるべく早く解消できるといいですね。…でも、実際はなかなか難しいですよね。

新井:
「とはいえ」ですよね(笑)。

中村:
でも、できることはあると思います。まずは、残った時間で本来の仕事に携わっていってほしいなと思います

新井:
あとは、期待マネジメントができるといいですね。

役割表を作りましょうとまでは言いませんが、目先のことだけじゃなく「どこに軸足を置くのか」「将来はどうなっていきたいのか」というような会話をチーム内外としていきたいですよね。そういう認識合わせができれば、兼任状態からちょっとずつ抜け出せるんじゃないかな

Message from coaches

  • 兼任と専任では、できることに大きな違いがある。兼任状態はできるだけ早く解消しよう。
  • スクラムマスターの本来の役割は、チームを俯瞰的視点で観察したり、ステークホルダーと連携したりして「チームを助ける」こと。長期的視野で考え、チームやステークホルダーと対話をして認識を合わせよう。
  • ファシリテーションやタスクマネジメントは、必ずしもスクラムマスターがしなくてもいい。チームがスクラムに慣れてきたら、ファシリテーションなどのチーム運営はチームに任せよう。
  • スクラムマスターは、より良くなるためのフィードバックやコーチをしてチームの成長を促そう。
  • 兼任状態をすぐには解消できなくても、諦めずにチーム内外との対話を続けよう。

マネージャー兼スクラムマスター。どんなことに気をつければいい?

新井:
マネージャーや管理職など、メンバーを評価する立場の人がスクラムマスターをしていると、フラットなコミュニケーションが難しいですよね。

例えば、「ふりかえり」の場で一番「えらい」人がファシリテーションをしている場合、みんなが顔色をうかがいすぎてうまくいかなかったりします。そういうときは、二番目、三番目くらいの人がファシリテートすると場がうまく回ることがありますね。

中村:
マネージャーに少しの間だけ席を外してもらったり、話す順番を一番最後にしてもらったりして調整をするのもいいですが、結局、権威勾配が残ったままでは、その場はうまくいっても根本的な解決にならないと思うんです。

アジャイルコーチとしてどこまで踏み込めるか、関係性にもよりますが、私は最近は権威勾配が存在すること自体をつまびらかにするというか、「今、マネージャーの顔色を見て発言しましたよね」と率直に言っちゃったりしています(笑)。

マネージャーに対しては、「今、どんな期待を持ってみんなに問いかけていましたか?」と訊いてみる。

みんなが権威勾配があることを理解した上で、どれくらい安全に話せるのか。自分たちがどう感じているのかを知り、表明し合うことで、お互いに習熟していけるんじゃないかなと思います。

新井:
そこまでできるといいですね。心理的安全性が高く、忖度がない組織。理想だと思います。

中村:
「スクラムマスター兼マネージャーがこの場にいなくても、今同じことを言いましたか?」と問いかけてみたりね。

場を和ませながら話せるようにしていく練習も必要じゃないかな

新井:
「みんなが自宅やお酒の席で親しい人に話していること、愚痴っているようなことを、この場で表出できるのが、チームの状態としては一番理想だよね」ということですよね。

中村:
スクラムマスター兼マネージャーをしている人にも、そういう認識を持っていてほしいですし、一緒に活動しているチームのメンバー一人一人にも知っておいてほしいなと思います。

Message from coaches

  • チームがフラットにコミュニケーションできることが大事。管理職やマネージャーなど、評価する立場の人がスクラムマスターを務める場合は、権威勾配があることと、それが引き起こすことについて本人も周りのメンバーも知っておこう。
  • 権威勾配が高い場合、「ふりかえり」のファシリテーションは、上位者よりも中間層にいるメンバーが担当する方がうまく回ることもある。
  • 理想は、心理的安全性が高く忖度がない組織。権威勾配があることをみんなが認識した上で、感じていることや考えを表明し合えるチームを目指そう。
  • 場を和ませながら話せるようにする練習も必要。コミュニケーションを大事に関係性を築き、率直に話をしてみよう。