アジャイル黎明期から交流をもち、ともにアジャイルに挑み続けてきた、レッドジャーニーの市谷聡啓と中村洋。普段からよく「雑談」をしているという二人による、通常のイベントでは語られない「ここだけの話」をお届けします。ざっくばらんな会話のなかに、キラリと光る名言が見つかるかもしれません。行き詰まったとき、気分が落ち込んでしまったとき、匠たちの「こぼれ話」にちょっとだけ耳をかたむけてみませんか。

二人が考える「できるアジャイルコーチ」とは?その域に辿りつくには?経験を自分のものにするには?について語った前編に続き、後編では、経験の浅い人に「匠の技」を伝えるにはどうすればいいのか?考えを巡らせる二人。少人数ながらも、多くの組織が変わり始める瞬間に立ち会ってきた、チーム・レッドジャーニーならではの視点から、日本の組織の未来に思いを馳せます。

前編はこちらです。

よきタイミングを見計らって、よき言葉を投げかける

市谷:本を読んだり人に言われたりして理解できるような単純なことではなくて、相手のタイミングや流れ、受けとめ方に合わせてあげないと伝わらないところが難しいですよね。実の親でも難しいんじゃないかと思います。できることと言えば、接する時間を増やすことでしょうか。

中村:コーチをしていると、何度言っても伝わらなかったことが突然相手に届く瞬間があるんですよね。たまたま相手の扉が開いた瞬間に、届くんじゃないかと思います。そういう偶然の確率を狙うなら、伝え続けるのがいいのかな。

市谷:とはいえ、「オカンの小言」と同じで、常に発信し続けていると効かなくなると思います。親の言葉は耳に入らなくても、友人の言葉は刺さることがありますよね。上司やコンサルタントから頭ごなしに言われても拒否感が強まるだけですけど、同じ方向を向いて一緒にいろんなものを背負いながらやっているなかでなら、スッと伝わるタイミングがあるんじゃないでしょうか。

そんなはっきりとしたタイミングがわからないとなると、面倒でも偶発性を狙っていろいろ試すしかないですよね。

中村タイミングを見計らって、よき言葉を投げかけないとね。私たち(レッドジャーニー)は、比較的、組織のなかに食いこんでいく方だと思うけど、そういう「一緒にやっている感」は大事な要素かもしれません。それがないという不満を時々耳にすることがあります。

市谷:期待のズレが不満の原因になるのだと思います。ひとまず現状の混乱をおさめるという明確な「用事」をゴールとした「用事的コンサル」でも、本来問題はないはずなのですが、「自律的なチームづくり」というより遠いゴールを、コーチやコンサルは求められることがあります。

それは本来マネージャーの仕事だと思うし、暗黙の期待として置くのは都合が良すぎる気がします。でも、実際は、マネージャーがマネージャーとして機能しきれず、アジャイルコーチやコンサルタントがその「肩代わり業」を務める状況が多々あります。

中村:最近増えていると言っていた1on1なんかは、その文脈ですよね。

最適化組織の行き着くところ

市谷:理想を言えば、みんなを一人前の「大人」として扱わなくてはいけないんだろうと思います。甘えを受けつけず、時には突き放すくらいに。でも、相手も人間ですからね。

「大人として扱う」という考え方は正しいと思うし、そうしないと自分で考えられるようになっていかないと理解はできます。一方で、現実にまだ経験が浅い人もたくさんいて。むしろ誰だってそういうところがあるんじゃないでしょうか。そのギャップを自分で何とかするように求めるのが「大人として扱う」ということだと思うけど、それで通じるほど簡単ではないですよね。

そもそも、それで通じるくらいなら、本を読んだりしてすでに自分で何とかしているはずです。まだ経験が浅い人に対しては、あえて「上司業」や「お父さん業」をしなくてはならない場合もあると思います。

中村:「大人として扱う」っていうのは、あくまでもマネージャーがマイクロマネジメントしないということじゃないかと思います。お互いを専門家として尊重し、敬意をもって接するというアジャイルの本質にも通じるところです。

でも、人間はロボットじゃないから、心が弱ることだってあるし、うまくできないこともあります。それを「大人だから何とかしろ」と突き放しても、無理なことは無理だし、そういうことではないですよね。

プロフェッショナルとして自立することはもちろん大事だけど、そのベースには人間としての弱さや不完全さ、非合理性が当然あって、そこをサポートし合うことなく「大人として扱う」のは酷な話だと思います。

市谷:そういう文脈を無視し続けるようにしてきたのが、最適化組織の成れの果てじゃないかな。

中村:たしかに。仕事の進捗を聞くだけの1on1は本当に意味がないと思うんですけど、実際はかなり多いですよね。本当は、「最近おもしろかったこと」や「心がざわついたこと」なんかを話すために時間を使うべきだと思います。そういう時間って、なくなってしまったのかな?

市谷:なくなったんだと思いますね。昔よく読んでいた『知識デザイン企業』という本を久しぶりに読む機会があって、端的に言うと「クオリティ一辺倒ではなくクリエイティビティが大事」というようなことが書いてある本なんですけど、出版から15年経った今読み返しても、うなずくことが多いんですよ。15年前から状況は変わっていないし、なおさら悪くなっている気がします。

中村:その状況が進んだ結果、この問題に光があたる機会が一部では明らかに減っていると思います。

チーム・レッドジャーニーの強みと、見えてくる風景

市谷:だからこそ、これから日本は良くなるんじゃないかなと思うんですよね。15年前から指摘されているような問題に対して、ほのかにでも踏み出せてはいるはずなので、1年後はまだあまり変わらないかもしれないけど、3年後、5年後には希望が持てるんじゃないでしょうか。

中村:「問題を正しくつかめば、半ば解決したも同然である」という言葉がありますよね。問題を正しく理解できずに、最適化偏重で進んできた結果が今の状況ではないかと思います。そんななかで、問題定義が正しくできている企業がいくつか出てきたということは、たしかに変わっていけそうな予感がします。

市谷:事実として、今まで関わってきた会社のなかには、そういう組織が複数ありますよね。我々のような少人数で、それだけのケースに当たっているということは、相当密度が高いと思います。

日本はところどころ進みつつあるし、これからますます変わっていけるだろうという希望が、我々には見えます。このレイヤーでこの風景が見えているチームは、なかなかないんじゃないかな。

中村:レッドジャーニーのメンバーそれぞれが見えている風景を重ね合わせたら、そういう方向性が見えてきそうですね。個人で活動していると、アジャイルコーチとしての幅がどうしても狭くなりがちだと思います。情報交換をするにも、こういうメタな会話はなかなかできません。

市谷:個人ではできることが限られている分、どうしても死角が出てくると思います。必死で経験を積み重ねれば追いつけるかもしれないないけど…一人で何もかもえようとしても両手から溢れていく分も多そうです(笑)

中村:「量が質に転化する」みたいな話になるでしょうね。効果的なやり方は人それぞれです。

市谷:一般的には、アジャイルコーチやコンサルタントが組織の外側から踏み込める領域には限界があります。さっきの話で言う「第一段階」(今起きている問題の解決)の仕事しかしていなければ、表層的なところしか見えなくても仕方ないのではないかと思います。「分かりやすさ」という点では良いのかもしれないけど。

中村:刺さり具合の深さはきっと違うと思いますよ。

市谷:そうそう。組織の外側から踏み込んでいく立場でも、その組織の一員だと錯覚するくらい深く関わっているからこそ、見えてくる風景があると思います。

前編はこちらです。

話し手

市谷 聡啓 Toshihiro Ichitani

株式会社レッドジャーニー 代表 / 元政府CIO補佐官 / DevLOVE オーガナイザー

サービスや事業についてのアイデア段階の構想から、コンセプトを練り上げていく仮説検証とアジャイル開発の運営について経験が厚い。プログラマーからキャリアをスタートし、SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発の実践を経て、自身の会社を立ち上げる。それぞれの局面から得られた実践知で、ソフトウェアの共創に辿り着くべく越境し続けている。
訳書に「リーン開発の現場」、著書に「組織を芯からアジャイルにする」「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」「チーム・ジャーニー」「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」がある。

中村 洋 Yoh Nakamura

株式会社レッドジャーニー
A-CSM(アドバンスド認定スクラムマスター)・CSPO(認定プロダクトオーナー)

様々な規模のSIerや事業会社でのアジャイル開発に取り組み、今に至る。現在まで主に事業会社を中心に40の組織、80のチームの支援をしてきた。
「ええと思うなら、やったらよろしいやん」を口癖に、チームや組織が自分たちで”今よりいい感じになっていく”ように支援している。
【発表資料】 「いい感じのチーム」へのジャーニー、チームの状況に合ったいろいろなタイプのスクラムマスターの見つけ方、アジャイルコーチが見てきた組織の壁とその越え方、など多数。

市谷聡啓 著 『組織を芯からアジャイルにする』
組織を変えようと藻掻くすべての人へ

DXの名のもと、変革が求められる時代。
組織がその芯に宿すべきは、「アジャイルである」こと。

本書は、ソフトウェア開発におけるアジャイルのエッセンスを、「組織づくり・組織変革」に適用するための指南書です。
ソフトウェア開発の現場で試行錯誤を繰り返しながら培われてきたアジャイルの本質的価値、すなわち「探索」「適応」のためのすべを、DX推進部署や情報システム部門の方のみならず、非エンジニア/非IT系の職種の方にもわかりやすく解説しています。
アジャイル推進・DX支援を日本のさまざまな企業で手掛けてきた著者による、〈組織アジャイル〉の実践知が詰まった一冊です。

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