今回のゲストである関 治之さんは、”自由で楽しい社会参加の形を日本国民全員に届けるために活動している、共創エンジニア”として、ご自身の会社のみならずデジタル庁や自治体など、官民を問わず幅広いフィールドでご活躍中です。

技術者として正しいものを正しくつくり、正しく使ってもらいたい。そして技術が良いことに使われるためには、みんなでつくることが大切なんだと、東日本大震災をきっかけに感じるようになったと話す関さん。代表理事を勤められる非営利団体でも『ともに考え、ともにつくる社会』をビジョンに、市民と行政がオープンにつながりコミュニティ活動をしたり実際にものをつくるといった活動をされています。

後編では、現代の日本の組織課題や、”エンジニアリング”は組織を救うのか?、関さんの目指すワクワクする世界、そして関さんが考える『シン』の一文字について語ります。

シン・アジャイル コミュニティサイト

現代の日本の組織課題とは

市谷:こういったアジャイルの話をふまえて、次に現代の日本の組織課題とはなんだろうという話をさせていただきたいと思います。いろいろな意見があると思いますが、関さんはどのように組織の課題なるものをとらえているかをお聞かせください。
特に現在デジタル庁にいらっしゃるので、行政組織における組織課題の特徴的なものなどをお伺いしながら、大企業や民間企業と重なるところ、違うところなどを掘り下げていければと思います。

関:行政においても大企業においても、組織によって違う部分も多いのでひとことでいうのは難しいですが、多くのところでアジャイルが進まない、反復的な学びが得られないということへの課題としては、やはり仕事が細分化されているセクショナリズムを崩すことのむずかしさを感じています。
構造的に固まりすぎていることや、変化が起きないことへのしらけた空気、やっても無駄感、出る杭を打つ感覚、以前やってダメだったなど、横やりがめちゃくちゃ多くてだんだん心が折れてしまう人をたくさん見てきています。変化に対する不寛容さのようなものは、文化的な側面なのかは分かりませんが感じていますね。

市谷:なるほどですね。私も最近覚えたての言葉なのですが、自分の仕事を他の人から横取りされないよう、侵害されないように守るといった意味の言葉として、ジョブセキュリティという言葉があることを教えてもらいました。
大企業の中にもやはりあるなと感じています。なぜ上手く一緒にやれないのかしら?、もうちょっと共有できるんちゃうかな?と思うことがしばしばあるのですが、どうもそれはジョブセキュリティが働いていて、何かを守ろうとしている力があるのではないかということを知りました。行政組織だとそういうこともありそうですね。

:いや〜、ありますよ。これは大企業に比べて行政組織の難しいところでもあると思うのですが、効率化が悪になる場合があります。自分の仕事がなくなるといったようなことや、あとは仕事以外でも権限がなくなる、予算がなくなるといった話ですね。
企業は利益を出せばOKじゃないですか。対して行政組織は目指すべき姿とか到達方法に対して、絶対的正義がないんですよね。だから割と声の大きな人に振り回されがちです。
そういった状況では、自分の仕事が正しいという客観的正義を求めがちです。これが正しいことですという誰が見てもそうだね!という正解を求めがちで、そしてそこに多くのコストをかける場合があるんですよね。それはすごく難しいと思います。
なのでコンサルタントがチカラを発揮できるんですよね。コンサルは多くの人からみて正解って言われる資料を作るのが得意なんです。

市谷:なるほど、なるほど!そういうことですね。正解のお墨付きを作るというか…
いや〜、だから行政の組織にはおり寿司みたいなパワーポイントが多いんですかね。文書を敷き詰めたパワポをよく見るんですけど、あれはどこかのコンサルが持ち込んだのかな?(笑)行政でも見かけたけど、大企業でも見かけました。敷き詰めるのはほんとに困りますね。

関:その書き込んでるなかにそれぞれの仕事が含まれているので、なくなると、削られると困るんですよね。これまでやってきたことが否定された感じになってしまう。

市谷:それはどうなんですか?守らなければいけない部分もあると思いますが、守ろうとすると変えられない!ということとがぶつかって、何も変わらんやんみたいなことになりそうですが。そこはどうですか?

関:そこは私も外からアドバイザー的に言うということと、デジタル庁のように中に入って中から変えていく違いってめちゃくちゃあるなと感じています。やはりなるべく仕事のための仕事はしたくないじゃないですか。でもある一定の組織の中の正義はあるわけですよ。それを完全否定すると動いてもらえない。なので、建前上そういったことも分かるので無視はしないけども本当はこれをやりたいんだよねということを、どうつくっていけるのかだと思います。

もともと官僚や行政で働く人は優秀だし、結構思いを持って入ってきている人が多くて、人対人で話すととてもいい人だしロジカルだしパッションも持っている。そんなに素晴らしい人たちなのに、どうして組織に入ってしまうとそうなってしまったり、守るのかというところを、「だからダメなんだ」ではなく背景を理解しないといけないんだと思うんです。

私の中でもこうすればいいという正解があるわけではないのですが、兆しとして感じているのは、スラックで自治体職員と行政職員がフラットに話し始めると、チャンネルでいい議論がされていたり、やってみようというアクションが生まれたりしてきている。正に越境をすることで組織の中の正論が通じない瞬間がでてきて、そこにさらにプロジェクトという”一緒に目指せるなにか”を埋め込んでいければ、正にシンアジャイルに書かれているようにサイクルが回っていくんじゃないかなと思います。

なので私が最近考えているのは、まずはゲリラ戦でいこうということです。組織を大きく動かすのは一人の力では無理なので、ゲリラ戦で仲間を作っていくしかない。そのためには自分も動かなければいけないんだなという覚悟をさせられました。この本の影響もちょっとあるかもしれないですね(笑)

市谷:ありがとうございます!

”エンジニアリング”は組織を救うのか?

市谷:なかなか一筋縄ではいかない組織の課題ですが、次はそのなかでアジャイルがどれだけ組織が変わる支えになるのかな?といったところを考えていきたいと思います。
日本の組織がアジャイルを取り入れたとき何が起きるのかということと、また私は改めてソフトウエア開発でやっていることが組織の運営や仕事を良くしていくすべになるのでは?と思っているのですが、関さんはどう思われますか?

関:アジャイルがちゃんと適用されていると、なんのためにやっているのかという自律性が上がり、組織がフラット化していくと思います。フラット化したからそういう話ができるのか、そういうプロセスが回るからフラット化したのかは分かりませんが、そういうことの先に”ともに考え、ともにつくる”ということが成り立つと思います。

いいものを作るにはコミュニケーションが必要だし、情報はフラットにしていかないと自律的に動けないですよね。別の方向から見るとティール組織(フレデリック・ラルーによって提唱された新しい組織の概念)などにつながってくると思いますが。日本組織はやり始めたらキャッチアップは早いと思います。素直な面もあるじゃないですか。正解と思うとそこにむかって、再最適化をする。

本の中でも30%、まだティッピングポイントとありましたが、あるところを超えたらいつの間にかすごい進んでいる、ということもあり得るのではないかと思っています。まあ行政は本当に難しいなと思いますが、企業がどんどん変わっていくとそこから人材交流が始まって、文化が輸入されてくる。そうなると行政も変わらざるを得ないし、1回走り始めて進むところまで上手く持っていければ、悲観することはないのではないかという気はしています。

市谷:そうですね。私も思い当たるのは、確かに最適化に最適化されてきた組織なので、何かひとつ決めごとをしたら、それが結構ちゃんとそれに乗っ取ってやっていくという力は強いなと思います。

とある組織では社内でみんながPSフィットという言葉を当たり前のように使っていたりするんですね。PSフィット(プロブレム・ソリューション・フィット)とは、リーンスタートアップ(ムダを省くためのマネジメント手法)のなかで出てくる言葉ですが、そういう言葉を伝えて知ってもらうのは、時間のかかるものなんですよね。でもわりといろいろな人が口々に言うようになって、こういう状態ってすごいなと。大きな企業であたりまえのように使い始めている、こういう世界性もあるんだというのがおもしろくて。そういう意味では確かに1個どこかを突破したら組織に広がっていくのではないかというところはありますね。

もうひとつの視点として、ソフトウェア開発での知見は組織を変えるすべとなるかということですが、アジャイル開発はもともとソフトウェア開発のなかで見出された言葉、概念、やりようなので、正にそうだと思います。
アジャイルだけではなく、深く組織に入っていくと手で頑張る、人が一生懸命やるとかいった人間で頑張る系って結構あるなと思います。ソフトウェア開発ではめんどくさいことやりたくないし、自動化したいし、省力化したいし、そういった工程や考え方ってありますよね。だからこういったものをもっと普通の仕事にも適用していくと、もっといい感じになるんじゃないかと思うのですが、関さんはどうですか?

関:正にソフトウエア開発の経験や知識は武器になるし、私も活用しているので、上手く使えばすべになると思いますし、だからこそDX、DXと言われているのだと思うんですよね。なのでどう適用するかという方向性を間違わなければ、絶対活用できると思っています。

一方で難しいのは、先ほどのジョブセキュリティのような問題で効率化すると都合の悪い方もいる。場合によってはそれが組合のような組織で、経営陣と対立しているといった場合もあったりして。そこまでこじれると本当にややこしいんです。
でもそこでもやり続けるということなんだと思うんですよね。手を動かし続けて、これいいじゃんと。反対しようとしている人たちも、別にさぼりたいと思っているわけではなく、彼らなりの正義があって、いい仕事ができるならいいよねという思いは多くの人で共有できるはずなので。

アジャイルというものが、DXなんかもそうですが、何者かよくわからないのが難しいところですね。1日2日話を聞いたり、ワークショップをするだけでは実感できないし、良さが分からない。でもそれを体験する人が増えて実践すると、全員が全員ではないかもしれないが変わる人たちが出てくるじゃないですか。そこをつないでいけるといいのかなという気はしています。

例えば行政の中でアジャイルプロジェクトをやってみました、経産省が言っているアジャイルガバナンスってこういうことだよね、といったことを、私たちからではなく成し遂げた人たちが言うようなことです。そしてそれをメディアが取り上げたりすることで新しいヒーロー像がもっと出てくると良いと思うし、私たちはそういう人たちをプロデュースするような考え方もあるのかなと思ったりします。

市谷:なるほどですね!ヒーローを見つけるというか、ヒーローになっていってもらう人を後押しをする。そういう活動をされている方がどれだけ進歩的なことなのかは、わかっている人でないといえないこともあるので、だから私たちはプロデュース側に回って説明してあげる必要があるかもしれないですね。

関:行政関連の中でいうと、スーパー公務員問題という言葉があります。メディアですごくもてはやされたり注目されたりすると普通の職員ではない感じになってしまって、組織の中では疎外感を感じていたり、やめてしまったりする人もいるんです。
先進的なことをやることに対して違和感を感じたり、その組織単体の文化の中では異端児になってしまったりするのですが、私たちならそのすごさをちゃんと説明できるし応援してあげられる。首長に対してもこれはこういうことで、この部分は彼にしかできない俗人的なものだけど、そのプラクティスは必要だし組織の中で再現できるものになる!というところまでちゃんと手伝ってあげられれば、孤独感を感じてしまうことを減らせるんじゃないかな。

市谷:なるほどですね。孤独にしない、つないでいく。そっか、そうですよね…たしかにきちんとやらなければならないことですね。なんか、あの…近いうちに引退しようかなと思ってましたけど、もうちょっと頑張ろうかなと思いました(笑)

関:(笑)まだまだ引退してもらっては困ります。

もっとワクワクする世界はある?

市谷:お話しているとあっという間に時間が過ぎてします。
ここまで組織の課題っていろいろあるし、こういうアジャイルでどうにかできる部分もあるといった会話になってきましたが、次はこの先、関さんがこんな感じになったらいいじゃん!といったものをお聞かせください。

関:いつそういう世界がくるかはわかりませんが、日本には1741の自治体があるということが非常におもしろいことだと思っています。そこがもっとオープンにつながったり、多くの自治体がアジャイルにやっていますとか、つながっていますとなるとすごい変化になるんじゃないかな。

いろいろな地域課題や社会課題の現場は国がコントロールできることではありません。自治体や地域単位でいろんな人たちが主体的に動き始めて、あるべき姿に対して手を動かすようになれば、変わっていくんじゃないかと思うんですよね。それがオープンソースのコミュニティになっていけば、いろんな活動がどんどん相乗効果で競い合うように良くなっていくと思っていて。
私の会社でも目指しているし、デジタル庁でもお手伝いしたいなと思っていることが、いろんな自治体がサイロ(孤立して連携されない状態)になっているのをちゃんとつなげる、そのためのデジタル、データ共有だと思っています。それから市民側ももっと行政に興味を持つとか、民主主義をもっと良いもの、もっと楽しいものにすることができたら、日本って相当おもしろくなると思ってワクワクしています。

まだまだ技術としては遠いのですが、Web3.0のようなものもそういう方向で使われることで、ユースケースとして投機的な話ではなく、貢献を可視化するようなことや、なにか良いことをやったということがちゃんと報われたり、やってよかったと思われるようなプラットフォームや仕組みを、やはりエンジニアとしては最終的に自分がつくりましたということで、次世代に残せたらなと思っています。まだ全然具体的ではないですが、そういったワクワク感は感じていますね。

市谷:仕組みをつくる、いいですね。最初におっしゃっていたように、日本に1000以上ある自治体がそれぞれにアジャイルの回転を初めて、つながって、自治体の壁を超えていくといったようなことは想像もつかないし、なにが起こるのかおもしろそうですよね。

参加者さまからの質問やご意見

市谷:ではみなさまからの質問やご意見をmiroで見ていきたいと思います。

関:miroいいですね。こういうツールの使い方自体がいいですよね。行政の難しさとして、こういったツールに投資する予算がなかなかつかないということもありますね。まず情報セキュリティ的に、インターネットにつなげないといったようなこともあるし。miroのライセンス料を払うということになると、多くの自治体でかなりの調整が必要で、それってそこまでして必要か?と言われてしまったり…

市谷:(笑)それを言われると…なにも始まらない。なかなかですね。
”『国民のため』が目的の行政なので、高い視野で広く一体になれると思うのですが、どうして自分の権限を守る方が勝ってしまうのですかね?”という質問がきています。

関:(行政の方が)おもしろいと思うのは、異動した瞬間にその組織の人間になれるんですよ。行政職員のすごさだと思う。
行政分野にはデマケーション(業務分担:官僚が好んで使う専門用語)という言葉があって、この仕事はどこがやるものなのかということがものすごく大切らしいんです。そこは権益を守るというか、特に省庁間になるとものすごく大変だし、組織の垣根を超えたコミュニケーション自体があまりないので、そこがね…むずかしいですよね。

市谷:”個人では話が通じるけど、組織になると途端に。同じ人間なんだけど…”
主語が”私”の場合と”この組織”の場合では、全然違ってくることには身に覚えがあります。それ本当に友人としてそんなこといいますか?思ってしまうくらい、組織の話になると…ということはあります。なれちゃうんですよね、きっと。

関:そうですね。何がそうさせているのかというと、カルチャーなんだと思うんですよね。
その人がどうというわけではなく多くの人がそうなってしまうので。そうしないと仕事が進まないし、怒られるんですよね、なに勝手なことをしてるんだと。そうするとどんどん仕事がやりにくくなっていってしまう。評価されないことをやり続けるって胆力がいるし、思いがないとできないですよね。

市谷:そうですよね。
”仕事を守る人や組合の反対勢力に対して全否定せず、少しづつ開示をしていく動きをされていますが、いろいろと後発で危機が拡大している日本がこのペースで改善する感覚はあるでしょうか?”
こちらはいかがですか?

関:やっぱりそれはあると思います。だからこそスタートアップが必要ということだと思います。これは海外でも一緒で、大きな組織って大きなことをやることはできるけど、方向転換は遅いしむずかしいんですよね。ただ海外だとドラスティックだなと思うのは、大企業でもあまり守らなかったりするじゃないですか。日本は大企業を守るので競争にさらされないというか、危機感が出にくいですよね。特に大企業の中で働いている人だと。そういうむずかしさがあるのかな?ペースとしては変化は遅い国なんだろうなと思います。

市谷:そういったなかでもスタートアップとか早い組織もあって、そういったところが活躍する場面があるとか、力が必要なんだろうなと思いますよね。

関:そうですね。だからスタートアップが活躍しやすくするということは必要なのかなと思います。

市谷:そういう意味では、スタートアップ庁ができるという話があるのは、すごく期待ができますね。

関:日本政府として進めようという動きはあるので期待はしたいですよね。ただ同時に既得権益は守るということになると…ありがちですがそういう勢力もあるので。
スタートアップ側もこういうことをしてほしいということを国に言うべきだと思うし、国民サイドも興味を持ったり意見を言ったりすることはもっとやるべきだと思います。行政のやることに興味を持たない人も多いし、批判はするけど所詮他人事といった感覚がどうしてもあると思うんです。そうなると行政側も意見を聞いてくれる人の話しか聞かなくなるので、大企業だったらいろんな経済団体もあるし、意見を言わない人の声は反映されないということなのかなと思います。

関さんがあげる「シン」の一字

市谷:最後に恒例となりました、関さんが『シン』の一字を選ぶとしたらどんな字を選ぶか教えていただければと思います。

関:そうですね。深いの『深』ですね。

市谷:おー。これはどんな文脈ですか?

関:私のやってきた活動って、いわゆる”深化”だと思うんです。深く掘り下げていろいろなところに入っていくといったようなことをやってきたと思っています。

それは領域を超えて、ずっとエンジニアだけをしていても良かったわけですが、そうではなく全然違うところに入っていってどんどんいろいろな人の話を聞いて、「こうだったらいいですよね」、と外からの目線で無邪気に掘り下げていくようなことをやってきたので、そういうことを皆さんにもぜひやってほしい。アジャイルという武器を使って、求められているわけですから、社会にDXという文脈で。どんどん変えていってほしいなと思います。そのために深堀して、深く話す。
まず僕は行政の中で話をする時、そもそもなぜこの仕事をやっているのかを聞きます。それに対する答えにも、それはこういうことですか?とどんどん深めていくことで、お互いの合意できる領域がみえてくるのでそこをスタートにする。やってみると楽しいのでぜひ深く掘り下げることを当たり前にしてほしいし、僕自身も当たり前にしておきたいなと思います。

市谷:なるほど。掘り下げて垣根を超えていくということですね!いいですね。
関さん、今日はお忙しいところありがとうございました。久しぶりにお話しできて楽しかったです。

関:ありがとうございました。みなさまもありがとうございました!

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