7月21日、レッドジャーニー代表の市谷聡啓による新著「組織を芯からアジャイルにする」が刊行されました。組織を変えようと藻掻くすべての人を対象に、ソフトウェア開発の現場で試行錯誤を繰り返しながら培われてきたアジャイルの本質的価値、すなわち「探索」と「適応」のためのすべを、DX推進部署や情報システム部門の方のみならず、非エンジニア/非IT系の職種の方にもわかりやすく解説しています。
 アジャイル推進・DX支援を日本のさまざまな企業で手掛けてきた市谷による、〈組織アジャイル〉の実践知が詰まった本書に、レビュワーとして関わってくださった経済産業省 デジタル・トランスフォーメーション室 室長の吉田泰己様をお迎えし、「組織を芯からアジャイルにする」をテーマにお話をうかがいました。
※役職、肩書は対談当時のものです。

「組織を芯からアジャイルにする」~アジャイルの回転を、あなたから始めよう~
【インセプションデッキ】

市谷聡啓
Toshihiro Ichitani

株式会社レッドジャーニー 代表 / 株式会社リコー CDIO付きDXエグゼクティブ / DevLOVE オーガナイザー

サービスや事業についてのアイデア段階の構想から、コンセプトを練り上げていく仮説検証とアジャイルについて経験が厚い。プログラマーからキャリアをスタートし、SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発の実践を経て、自らの会社を立ち上げる。それぞれの局面から得られた実践知で、ソフトウェアの共創に辿り着くべく越境し続けている。
訳書に「リーン開発の現場」、著書に「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」「チーム・ジャーニー」「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」、がある。7月21日、新著「組織を芯からアジャイルにする」をリリース。

なんのためにこの本を書いたのか

1.「最適化に最適化した組織」に「探索」と「適応」を宿す(”動ける体”にする)

日本の組織にはかつて効率化を追い求めることによって勝ち続けた時代がありました。選択肢を減らすことで組織を磨いてきたため、業務やサービスを変えるべき局面で機敏に対応するのが難しくなっています。今、いろんな組織がDXという旗印のもと今変わろうとしています。

この数年間、DXの取り組みを見守るなかで感じたことは、組織が動くには「探索」と「適応」のある活動、言いかえれば「アジャイル」な活動が必要だということです。アジャイルな動き方を、ソフトウェア開発のみならず開発以外の業務や組織運営に適応することが重要だと再確認し、そのための「すべ」をお伝えしています。

2.「開発の現場」はもとより、限らず、組織のタテヨコ全体にアジャイルを行き渡らせる

組織のあらゆる階層(タテ)、部門(ヨコ)で活用し、アジャイルの浸透に役立てていただけるような本になっています。

3.変革を「一人」から、「チーム・部門」から、始められるためのすべを共有する

新しいことを大がかりに始めるのは大変です。まずは小さく、一人から始めていくにはどうしたらいいのか、チームや部門で取り組むにはどうしたらいいのかを具体的にお伝えしています。

エレベーターピッチ――この本を一言で表すと

これまで通りのことをするには特に問題を感じないが、これまで通りではダメになりそうという予見がある、DX部署や情報システム部門のみならず非IT系の職種、つまり組織のすべての人に向けて書かれた書籍「組織を芯からアジャイルにする」は、アジャイルな組織論です。

これは、現代における実践と、これまで脈々と受け継がれてきたアジャイルの知見に基づいて構成しているため、現実感信頼感があり、これまでの組織変革本(心意気ややるべきことファースト)と違って”からだの動かし方”に焦点をあてています。

組織変革のためにやるべきことは分かっていても、いかにして実際に取り組んでいくのかは、あまりよく分からないことが多いのではないでしょうか。効率化に最適化した組織で新しいことに取り組むのは大変です。「探索」「適応」ができなければ、試してみるのも難しいことでしょう。まずは「探索」と「適応」のすべを身につけることが必要です。そのための戦略を「組織を芯からアジャイルにする26の作戦」としてまとめています。

目次――本の構成

第1章では、背景について慎重に描きました。第2章では課題を、第3章からは課題の乗り越え方について、自分の手元から(一人やチームから)取り組むすべについて書いています。第4章では、小さく始めた取り組みを組織のタテヨコに広げていくにあたっての課題設定をあらためてしています。最後に第5章で具体的な方策やアイディアを書いています。

やらないことリスト

1.「開発の話」を無理やり組織にあてはめる

これはうまくいかないことは分かっていますので、「組織に向けたアジャイル」の話をしています。

2.「アジャイル型組織」「アジャイル組織」的な話

これらの言葉はあえて使いませんでした。すでに完成された組織のイメージがあり、実際の道のりの長さとのギャップが大きいからです。この本では、より動きを感じられる「組織アジャイル」という言葉を採用しました。

3.これまでの組織変革系の書籍に書いてあること

4.「神の目」や「神の手」を持つものしかできない内容

5.心意気のみの精神論

夜も眠れない問題

最も意識したのは、日本の組織にどういう影響を与えられるかという点です。この本を読んだ方が実際に取り組んでみようと動いてくれることを狙いとしています。今回の対談も含めて、皆さんにとっての「きっかけ」を作っていきたいと考えています。

ご近所さんをさがせ

この本を書かせてくれた、現代の、そしてアジャイル黎明期より繋がりのある皆さん

本書にお付き合いいただいた、吉田泰己さん、草野孔希さん、脇坂善則さん、田中諭さん、川口賢太郎さん、山本浩道さん、小田中育生さん、菅原秀和さん、志村誠也さん、細谷泰夫さんに重ねて謝意をお伝えします。
また、「正しいものを正しくつくる」に引き続き、編集者の村田純一さんに伴走いただいたことが本書を書く上で力になりました。最後に、この創作を見守ってくれた妻純子に感謝します。(あとがきより)

【対談】「組織を芯からアジャイルにする」ために、ぼくらができることは何か

吉田 泰己 様
Hiroki Yoshida

経済産業省 デジタル・トランスフォーメーション室 室長
デジタル庁企画官・経済産業省デジタル・トランスフォーメーション室付

2008年に経済産業省入省、法人税制を担当後、内閣官房、資源エネルギー庁で環境・エネルギー政策に携わった後、2015年より留学。
シンガポール国立大学MBA、LKYスクール公共経営学修士、ハーバードケネディスクールフェローを経て2017年7月より現職。
留学中に各国のデジタルガバメントの取組について学び、現在経済産業省のデジタル・トランスフォーメーションを推進。
(note: https://note.com/hiroki_yoshida/

自分一人でも、行動すれば変化を生み出すきっかけになる

市谷聡啓(以下、市谷):はじめに、吉田さんから見た「芯アジャイル」の感想をあらためておうかがいできたらと思います。最初に読んだとき、読み始めたとき、そして読み終えてから、どんなことを感じられましたか?

吉田泰己様(以下、吉田様):市谷さんの前作「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」では事業領域でのアジャイルの実践方法について書かれていましたし、それ以前の書籍では、どちらかというとプロダクト開発がベースになっていたのではないかと思います。徐々に領域を広げ、よりメタな領域で、いかにしてアジャイルを適応するのかというところにトライされているのだなと感じます。

今回のテーマである「組織」については、私自身も関心を持っていました。というのも、デジタル庁の立ち上げに際して、組織的な課題を多々抱えながらどう変えていくのか、今まで取り組んできたことをどう適用していくのか、いろんなことを考えてきたからです。今回の本をきっかけに自分がやってきたことをふりかえり、答え合わせをすると同時に、足りなかった部分を確認するような気持ちで読み進めました。読みながらうなずくことも多く、非常に腑に落ちたという印象です。

また、一人から始められるという点には大いに共感しました。自分一人の力では大きな変化は生み出せないと思いがちですが、行動する前から諦めても仕方ないですよね。「自分一人でも、行動すれば何らかの変化を生み出すきっかけになりうる」と随所で語り、背中を後押ししてくれているところに、市谷さんのパッションを感じました。

市谷:ありがとうございます。一人から始める、入り口のハードルを下げることは、常に意識してお伝えしています。正直に言うと、今回は「一人から始める」を盛りこむつもりはありませんでした。書き進めるなかで、やはりそういう入り口を作らないと自分事にするのは難しいのではないかと感じ、壮大すぎて一冊では終わらないのではないかと危惧しつつも、調整してなんとか盛りこみました。

とにかく何かやってみることが重要

市谷:吉田さんも私もコミュニティを運営していますが、コミュニティ活動をしていると、そこで伝えたことが年月を経てつながっていくことがありますよね。自分の言動が、そのときは分からなくても、結果として後につながっていると感じられたことはありますか?

吉田様:行政におけるデジタル化の取り組みはコロナ禍をきっかけに世に知られるようになりましたが、私たちが取り組みを始めたのはもっと前のことです。2~3年前から、関連するコミュニティのイベントに顔を出したりイベントを開催したりしながら、いろんなセクターの人たちとともに学んできましたが、彼らが今いろんなところで成果を出しています。つながり、波及させるためには、とにかく何かやってみることが重要です。ふりかえり、カイゼンし、またやってみるという繰り返しから徐々に波及し、影響を与えるのだと感じます。まさにアジャイルの組織運営とはこういうことですよね。

市谷:おっしゃる通りだと思います。やり始めないと始まりませんし、始まらないと何も広がりません。当たり前のことですが重要なことですよね。アジャイルの特徴は回転を何度も繰り返すことにあります。一周目がダメなら二周目、三周目がある。そうして繰り返しやり続けていれば、いつかは成功する可能性もあるでしょう。シンプルですが、それがこの本でお伝えしているアイディアです。

「アジャイル」の概念は組織運営にも当てはめられる

市谷:「アジャイル」を一言、二言で表すとしたら、どんな表現になるでしょうか?

吉田様:理論と実践を行き来することを繰り返すことのような気がします。何かやってみて、そこで得られた学びをふりかえり、それに基づいて再度次のステップをやってみる。学ぶだけでも行動するだけでもダメで、行き来しながら繰り返すという点が、シンプルですがアジャイルの本質なのではないでしょうか。

市谷:まさにアジャイルの本質を語っていただいたと思います。吉田さんがアジャイルと出会ったきっかけや、学んでこられた機会についてお聞かせいただけますか?

吉田様:留学先で行政のトランスフォーメーションについて勉強していた頃、サービスの開発方法がウォーターフォールからアジャイルへ変わってきているという話を、講義などでよく耳にしました。そこからアジャイル開発という手法に興味を持ち、スクラムをはじめとしたいろんな手法があることを知ったのがきっかけです。今は「アジャイル」が概念を表す言葉として一般的に使われています。当然、組織運営にも当てはまる概念だと感じています。

行政組織における喫緊の課題とは

市谷:現代の組織の課題とは何でしょうか?行政組織における喫緊の課題について、まずはおうかがいできたらと思います。

吉田様:行政組織というと、「お役所仕事」という言葉があるように「ルールに従って動いている」という印象が強いのではないでしょうか。それはあながち間違いではなくて、「ルールは守るものだ」という意識が強く、前例に合わせることを基本としているカルチャーがあると思います。社会の状況が変わればルールも当然変わりますから、「ルールは変えるべきものだ」と発想を転換し、自分たちの振る舞いもルールに縛られず変えていかなくてはならないと認識する必要がありますが、そこには大きなギャップがあります。

スタートアップで活躍していた民間出身のメンバーと、役所で働いてきた保守的なメンバーとでは非常にギャップが大きく両極端で、そうしたカルチャークラッシュをいかに乗り越えるかというところがデジタル庁での大きな課題です。「社会の変化に対応できるように自分自身も変わらなくてはならない」という意識を持った行政官を、どれだけ増やせるかが非常に重要なポイントです。

市谷:非常に難しい課題ですよね。

吉田様:そうですね。私は環境による影響が大きいと思っています。例えばデジタル庁でも、民間の人材と行政機関のメンバーがチームを組んでいるようなプロジェクトでは、保守的な行政側のメンバーが徐々に柔軟性を高めていく傾向があります。バックグラウンドの違う人材を混ぜていくことが重要だと感じます。

今、デジタル庁では様々なデジタルツールを使っていますが、もともとはメール中心のカルチャーでした。一方でITやスタートアップ出身の方々はチャット中心のカルチャーですから、コミュニケーションをとろうとすると双方に戸惑いが生じます。ハイブリッドなチームではチャット文化に変わっていくスピードが速く、行政官だけのチームでは外から人を入れてもなかなか変わらないところを見ていると、環境によって変化のスピードをコントロールするような仕組みができるのではないかと思っています。

市谷:おっしゃる通り、環境の影響は非常に大きいと思います。行政機関では特に組織のルールが明確で、それに従うことが非常に重視されると思います。大企業と比べても、変化しようとする動きがルールによって阻まれる構図がより如実に表れるのではないでしょうか。ルールが変えにくい環境下では、変わっていくための手がかりがなかなか作れないのではないかと思いますが、ルールとの付き合い方について、吉田さんはどうお考えですか?

吉田様:まず、ルールに縛られない領域へ出ていくというアプローチがあると思います。例えば、新しいITツールを行政組織の中で使おうとすると禁止されてしまいますが、組織の外で趣味としてやってみるのは問題ないわけです。ルールが変えやすい領域から変えていくという方法もありますよね。幾つかのレイヤーがあるなかで、変えやすいレイヤーのところでトライしてみることはできるのではないでしょうか。裏を返せば、自分に近いルールは変えやすいということでもあります。まず自分に近いルールからチャレンジしてみるというのは、動きやすくする一つの手段ではないでしょうか。

市谷:うまく調整する、ポイントを見つけて変えていくという意味では、ハック(高い技術力を駆使してシステムを操ること)のような感覚が必要なのですね。

後編へ続きます

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