アジャイル開発は世界を変える夢を見るか
組織を芯からアジャイルにする
話し手
市谷聡啓 Toshihiro Ichitani
株式会社レッドジャーニー 代表 / 元政府CIO補佐官 / DevLOVE オーガナイザー
サービスや事業についてのアイデア段階の構想から、コンセプトを練り上げていく仮説検証とアジャイル開発の運営について経験が厚い。プログラマーからキャリアをスタートし、SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発の実践を経て、自身の会社を立ち上げる。それぞれの局面から得られた実践知で、ソフトウェアの共創に辿り着くべく越境し続けている。
訳書に「リーン開発の現場」(共訳、オーム社)、著書に「カイゼン・ジャーニー」「チーム・ジャーニー」「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」(翔泳社)、「正しいものを正しくつくる」(BNN)がある。7月21日、新著「組織を芯からアジャイルにする」をリリース。
チームや現場に漂う「もやみ」
なぜこのようなコミュニティを立ち上げようと思ったのか、背景について最初にお話させていただきます。コミュニティに参加される皆さんは、既に様々な取り組みを始められているでしょうし、成果が出ている方も少なくないと思います。今の面持ちを1から5までの段階で評価する「ファイブフィンガー」で表してみると、どうなるでしょうか?多くのチームや現場では「3」を挙げられることが多いように思います。
「3」は「まあまあ良い」評価と言えますが、問題はそれがどれくらいの期間続くのかです。もし、1ヶ月後も3ヶ月後も変わらず「3」なのだとしたら、本当に「まあまあ良い」状態なのかが疑わしくなってきます。「FF(ファイブフィンガー)3」を滞留させると、やがて気付かないうちに闇落ちするという現象が起こります。「2」以下では言うまでもありません。
闇落ちの引き金を引くのが、次の五つの感覚です。身に覚えのあるものはあるでしょうか。これまで通りのことを続ける分には致命的な問題とはならないものの、もやもやした悩み=「もやみ」として漂うことになります。
- 思考停止感
目標の形骸化を感じるが、自分たちを信じ込ませるようにして、これまでの変わらぬ目標を追い続けている - ぬるま湯感(無成長感)
チームや組織に「質的な高み」を目指していく感じがない(目指す先に幅がありすぎるので日常の取り組みがちぐはぐになってしまう) - 孤独感
こうすればもっと良くなるかも?という提言が通じない、(よく分からないからと)なんとなく、とりあえず流されがち - やらされ感(他人事感)
それでいて誰かエライ目の人の一声で物事は決まる。現場は混乱するが実は少し刺激にもなるので甘んじている - 無力感
積年のヤバメの火薬庫から煙が見えている(技術的負債、サイロ化した組織、絶えない退職者)一人で対処できる状況ではない
最適化のモメンタムはあらゆる組織に宿る
そこには「これまで通りができていればひとまずOK」という惰性の感覚があります。変化を起こしにくい状態に陥っているので厄介です。DX支援やアジャイル支援を通して様々な企業と関わる中で、多くの組織がこの状態に陥っていることを感じています。チーム、現場という単位だけではなく、大きな組織単位でも起こっています。
なぜそのようなことが起こるのかというと、数十年単位で日本の組織が拠り所にしてきた「効率への最適化」が体制、判断基準、評価など組織内のあらゆるメンタリティーに強く根付いているからです。
仕事の効率化は絶対に必要なものですが、度が過ぎると「思考停止」の状態に陥り、他の選択肢があがってこなくなってしまいます。「効率への最適化」をしていたはずが、気付けば「非効率での安定化」になっているということも少なくありません。
より良くなろうとするほどに最適化にはまるわけですから、これは非常に高度な罠です。組織は取り巻く環境に合わせて効率化に取り組み、大規模な組織であるほど急には止まることができません。今までやっていたことを継続しようとする一方で、環境は変化し続けています。あるタイミングで環境とのギャップに歴然とすることになります。最適化のモメンタムはあらゆる組織にあっという間に宿ります。古い体質の会社だけのものと思われる方がいるかもしれませんが、そんなことはありません。
勝ちパターンを見出し、それをいかに効率的にするかというのがビジネスのあり方ですから、ビジネスがうまくいって組織が続いているということは、最適化に踏み出していることを表しています。一歩でも踏み出したら、チームや組織は徐々に「固さ」を得ていきます。固さを得るから、取り組みが結果に結びついていくのです。最適化への最適化を踏めば踏むほど、その勝ちパターンについては勝ち続けることができます。一方で、別の選択肢は気づかないうちに見落としてしまっているのです。
最適化とオルタナティブの可能性との間を行ったり来たりできるか
こうしたトレードオフがあるなかで、環境の変化に対応するには、「最適化」と「オルタナティブの可能性」との間を行ったり来たりする振り子のように動けるかがポイントです。やるべきことが山積するなかで、いかにして「動ける体」をつくるのか。一人や二人ではなく、チーム、部門、組織、企業で取り組むのですから相当大変です。対象が大きくなるほど難易度は高まります。
全力で現状を維持するモメンタムは予想以上に強く、それは組織の標準や前例というよりも、一人一人が持っている認識が過去の判断基準にフィットしているからです。個人の認識が積み重なって「組織の常識」を作り上げています。明文化されていなくても、判断基準の「判例」として根付いている組織の常識は、変えるのが非常に難しいものです。経営が変わればなんとかなるという単純な話ではありません。経営者のコミットメントは必要条件ではありますが十分ではないのです。
組織は本当に変われるのでしょうか。私は変われると思っていますし、だからこそ、このコミュニティを立ち上げました。
なぜなら、20年前のソフトウェア開発と状況が同じだからです。20年前のソフトウェア開発は、効率への最適化をし尽くしていました。プロジェクトが炎上することも、当時は珍しくありませんでした。無理とは分かっていてもその方法しか無かったので、不条理、非効率、機械的に押し通そうとしていました。そんな中で生まれたのがアジャイル開発です。2001年に発表された「アジャイルソフトウェア開発宣言」では、個人と対話、動くソフトウェア、顧客との協調、変化への対応に価値を置いています。ソフトウェア開発はアジャイルに取り組み、20年かけて今があります。随分変わったと思います。もちろん、アジャイルだけではなくコミュニティの果たした役割、先達の知恵、いろんな人の努力によるものだと思います。
20年かけてアジャイルは進化し、ソフトウェア開発の世界を変えました。大事なのはアジャイルを支えるマインドセットです。アジャイルという言葉が生まれる前からあった価値観、原則、プラクティスがベースとなり、アジャイルを支えてきました。アジャイルとは「方法」であり「あり方」でもあります。ソフトウェア開発が変わるために必要だったアジャイルを、組織の運営や思考に適用する「組織アジャイル」は、効率への最適化に偏らないよう、「振り子」のオルタナティブを与えるものです。
ここでは「組織アジャイル」と表現していますが、「アジャイル型組織」「アジャイル組織」と言われることもあります。「アジャイル型組織」「アジャイル組織」と言うと既に完成されている印象を受け、簡単には使えない言葉だと思います。そこに辿りつくまでに費やす途方もない時間を考えると、遠さを感じてしまいます。そこで、あえて「組織アジャイル」という言葉を使っています。
組織アジャイルの可能性とは、回転を止めないこと
組織にも「ふりかえり」や「むきなおり」「重ね合わせ」といった観点を取り入れて、過去から見直したり、行く先を見直したり、今の状況を明らかにしていったりする必要があります。
分かりやすく一手で勝てる方法はありません。我々にとって唯一の可能性とは試し続けること、機会を獲得し続けること。そして、それが可能となる動き方や体の動かし方を手に入れることではないでしょうか。アジャイルの回転の数だけ意思決定と行動を変えるチャンスが生まれます。チャンスメイキングを繰り返す中で突破口も見えてくることでしょう。回転を止めないことが重要です。
回転が持つもう一つの意味は、関わる相手側にもその力を与えられることです。一緒にスプリントを回していくと、相手にも回転の力を与えていくことになります。相手とは組織内の他部門、他チームかもしれませんし、外部のパートナーや顧客かもしれません。我々の回転が生み出す「鼓動」を相手にも伝えていくことで、いろんなことを変えられる可能性が生まれます。アジャイルの回転を繋げていくことで、組織の境界を越えて連なることが期待できます。アジャイルの連なりと繋がりが変える組織とは、もはやあなたの組織だけではありません。だまされたと思って(笑)自分たちの居る場所を変えましょう。それがいろんなところへ影響を及ぼしていきます。一緒にアジャイルの活動を進めていきましょう。
コミュニティ「シン・アジャイル」
取り組みを進めるには、コミュニティの力が必要となるかもしれません。ソフトウェア開発でも、いろんな人たちで集まって語り合い、失敗談を持ち寄りながら、手がかりを得て少しずつ良くなってきた経緯があります。組織の中だけではなく、境界にあるコミュニティの力が状況を前に進めることが多分にあります。このコミュニティでは、「組織」という切り口でいろんな人がアジャイルについて語ったり学べたりする場を作っていきたいと思います。
コミュニティ名は「シン・アジャイル」です。
われわれはなぜここにいるのか?組織を芯からアジャイルにするためです。開発はもとより、広く組織の仕事、業務、運営にアジャイルの叡智を適用するべく、その学びの場を作ります。つまり、アジャイルな個人、チーム、組織を増やすことで、日本を芯からアジャイルにしたいと考えています。
「シン」と付けたのは、20年以上続いてきたアジャイルの「過去」ではなく、「今」に照準を合わせたいという想いからです。今の現場や組織にとって必要なアジャイルとは、フィットするアジャイルとは、良い感じと思えるアジャイルとは、という観点で再定義できたらと思っています。これまでのアジャイルから学びを得つつ、今のアジャイルを作っていくというイメージです。
つまり、シン・アジャイルの「シン」とは、新であり、真。そして、伸、進、深。いろんなコンセプトが当てはまります。方法論ではなく、価値観やあり方を表現するものであり、心の、そして芯からの、アジャイルを作っていくことを目指します。
学びの場がより機能するように、文脈を分ける、文脈を繋げる、実践知を残すという三つを意識したいと思っています。実際の進め方など、これ以上具体的なことについては、コミュニティの場で皆さんと一緒に考えながらつくっていけたらと思います。
- 文脈を分ける
現場、職場、業界といった観点で文脈が違うはずです。プロダクト開発の現場と行政のアジャイルを一緒くたに語れるかと言うとそれは難しいはず。課題が共有できるといいですね。今まではここが混在していたと思いますが、広がってきた今、文脈を分け関心に基づいて場を作っていけたらと思います。 - 文脈を繋げる
コミュニティのいいところは、文脈を越えて交わることができること。半年や年に一回など、文脈を越えて交わる場を作れたらと考えています。 - 実践知を残す
長らくコミュニティ運営をしてきて思うのは、コミュニティとして残るものが少ないということです。イベントの履歴や個人のスライドだけではなく、オンラインホワイトボードなどのツールを使って、各文脈で得られたアジャイルについての理解や方法を蓄積することで、活用の幅を広げたり、後々の引き継ぎをスムーズにしたりできたらと思います。
コミュニティも組織ですから、コミュニティの運営自体もアジャイルにするべきですよね。そこで、イメージ図を作ってみました。まずはバックログを積み上げてみましょう。そして、スプリントプランニングを経て、各文脈でのアジャイルの場を立ち上げ、それぞれの活動をそれぞれに行い、6ヶ月に1回くらいの頻度でスプリントレビューを行います。ここでは文脈を越えて全員集合します。『シン・アジャイルカンファレンス』でもいいですし、そういった場を作れたらいいですね。ふりかえり、むきなおりは言わずもがなです。この回転を通して実践知を残していきたいと思っています。
初回の大スプリントプランニングでは、具体的になにをするのかバックログの積み上げと、推進チームを作れたらと考えています。コミュニケーションにはDiscordを用います。皆さん、ぜひご参加ください。参加が難しい方にはリファインメントの機会を設けますのでご安心ください。
リファインメントミーティングのご案内
第1回 大スプリントプランニングを7月20日に開催しました。7月27日(水)にリファインメントミーティングを開催しますので、ぜひご参加ください。
コミュニティへの入り口
■組織を芯からアジャイルにするサポートページ
■シン・アジャイルコミュニティDoorkeeper
■シン・アジャイルコミュニティDiscord
組織を変えようともがくあなたへ 『組織を芯からアジャイルにする』
DXの名のもと、変革が求められる時代。組織がその芯に宿すべきは、「アジャイルである」こと。
本書は、ソフトウェア開発におけるアジャイルのエッセンスを、「組織づくり・組織変革」に適用するための指南書です。
ソフトウェア開発の現場で試行錯誤を繰り返しながら培われてきたアジャイルの本質的価値、すなわち「探索」と「適応」のためのすべを、DX推進部署や情報システム部門の方のみならず、非エンジニア/非IT系の職種の方にもわかりやすく解説しています。
アジャイル推進・DX支援を日本のさまざまな企業で手掛けてきた著者による、〈組織アジャイル〉の実践知が詰まった一冊です。
【目次】
イントロダクション
第1章 われわれが今いる場所はどこか
第2章 日本の組織を縛り続けるもの
第3章 自分の手元からアジャイルにする
第4章 組織とは「組織」によってできている
第5章 組織を芯からアジャイルにする
付録1 組織の芯からアジャイルを宿す26の作戦
付録2 組織アジャイル3つの段階の実践
参考文献
あとがき
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