2022年2月21日、レッドジャーニー代表の市谷聡啓による新著「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー 組織のデジタル化から、分断を乗り越えて組織変革にたどりつくまで」が発刊されました。DXという旗印のもと、経営と現場、部署や世代の違いを越えて組織変革へと視線が注がれているこの好機に、いかにしてトランスフォーメーションを実現するのか。業務のデジタル化やアジャイルなプロダクト作り、新たな事業創出など課題が山積する中で、組織内のあらゆる分断を乗り越え、取り組みを前に進めていくためにはどんなことが必要なのか。これまで多くの組織でDX支援を行ってきた経験をもとに書かれた、具体的で実践的な本になっています。本書を作成中の段階からレビュワーとして支えてくださった草野こうき氏と、著者である市谷が日本のDXと組織について語りました。本書を通して見えてくる、これからの組織像とは。

話し手

草野 こうき 氏

研究テーマやサービスコンセプトの構想において、リサーチ結果や議論結果を構造的に整理して洞察を見出すことが得意。人間中心デザインの研究からキャリアをスタートし、研究成果を活かしたデザイン・コンサルティング業務を経て、現在はUXリサーチャーとして活動している。学術と実践の両輪で活動しながら、使い手にも作り手にとっても良いサービスデザインを目指して越境し続けている。cosou LLC 代表、Ph.D.(SDM学)。
著書「はじめてのUXリサーチ ユーザーとともに価値あるサービスを作り続けるために」

市谷 聡啓

株式会社レッドジャーニー 代表
DevLOVE オーガナイザー

サービスや事業についてのアイデア段階の構想から、コンセプトを練り上げていく仮説検証とアジャイル開発の運営について経験が厚い。プログラマーからキャリアをスタートし、SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発の実践を経て、自らの会社を立ち上げる。それぞれの局面から得られた実践知で、ソフトウェアの共創に辿り着くべく越境し続けている。訳書に「リーン開発の現場」がある。著書に「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」「チーム・ジャーニー」「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」がある。

一番記憶にのこった章やフレーズ、内容は?

市谷聡啓(以下、市谷):草野さんには本の作成中からレビューをお願いしていましたが、一番記憶に残った章やフレーズ、内容はどの部分でしたか。

草野こうきさん(以下、敬称略):序盤に出てくる「二項動態」という言葉でしょうか。この言葉が本全体の背骨のような存在になっていると感じました。対立軸ではなく二項動態で相互作用しながらいい方向へ向かっていく、というテーマは私も好きですし、共感できます。

 この本自体も、いろんな立場からの視点で書かれていて、それらが相互作用することで魅力を増していると思います。まさに二項動態です。とはいえ、視点のスイッチングが多くなってしまうと、主語をどこに置いて読み進めるのかが難しく、ともすれば他人事化してしまいます。作成中のレビュー段階ではその点を指摘させていただいたと思いますが、完成した本を読むとその難しさと背骨となるテーマが整理され、非常に読みやすくなったと感じました。自分の状況の変化に合わせて、ずっと読み続けたい本ですね

市谷:ありがとうございます。おっしゃる通り、二項動態はこの本のテーマですから、それが心に残ったと言っていただけて嬉しいです。この本は、どんな人が読むと良さそうでしょうか。

草野:いろんな人が読める本だと思いますので、難しい質問ですね。あえて言えば、DXという言葉を斜めに捉えているような人は特に読んでみたらいいのではないでしょうか。というのも、DXというキーワードを使って、いかに今の時代に合った組織体制を作っていくかという話が書かれているので、「DXを手段としていかに使うか」という一歩引いた視点で捉えている人には、興味深く読めると思います。

いま、組織が直面している状況、危機とはなんだろうか。

市谷:今日、草野さんとお話したかったテーマに組織があります。初めて出会った頃、草野さんは伝統的な大手企業にいらっしゃったと記憶しているのですが、そういう企業が直面している課題として、どんなことがあると思われますか。

草野:危機としては大きな要因が二つあると思います。一つは、本の中で指摘されているように「深化」に最適化していること。コストパフォーマンスをより高め効率化する方向に傾いていることです。もう一つは、それに対して世の中の変化が激しすぎること。この二つが悪い意味で相互作用していて、変化しなくてはならないタイミングが次々と訪れるのに、組織は変わらないまま進もうとしていることに危機を感じます。

市谷:組織の外側の方が進んでいるという感覚は数年前からありましたが、決定的になったきっかけはコロナ禍ではないでしょうか。リモートワークへの移行の難しさや、ITインフラが全然整っていないことなど、いろんなものが露呈しましたよね。

草野:私は2〜3週間でフルリモートに切り替えることができたのですが、デジタルでのコミュニケーションの環境が既に整っていたため比較的すばやくスイッチできたのだと感じています。経営層の対応の早さは、コミュニケーションやスキルのデジタル化の進み具合によって決定づけられることを、あらためて実感しました。

なぜ、日本の組織は今ここにたどり着いてしまったのだろう?(どうしてこうなった?)

市谷:日本の組織は、なぜ今ここにたどりついてしまったのでしょうか。

草野:私は通信インフラの会社で働いていたのですが、通信に使われる光ファイバーを実用化するための基本的な技術が確立されたのは1970年代で、それが2022年になった今でも現役でサービスとして成り立っているような業界なんです。ひとりの社員が入社してから定年退職するくらい長期に渡って技術が活用されつづけるわけですから、組織はどうしても深化の方向性が強くなります。それは当然の流れだと肌で感じていました。

 昔は、それに対してうまくディスラプトするような技術を研究開発組織が作って、次の世代への交代を果たしていました。例えば、通信インフラは電話からインターネットへと進化したと思っていて、その世代交代はうまくいったわけです。ですが、その次に進化させることは、世の中の変化が激しいのでより難しくなっているでしょう。

市谷:ディスラプトというと外からやってくる「黒船」のような感じがあるかもしれませんが、実は、組織内にあえてディスラプト的存在、勢力、動きを作ることがとても重要です。私たちは、それを作りだせる機会を失ってしまったのではないかと思います。

 つまり、2001年にITバブルが崩壊した後、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災の発生と、未曾有の出来事が数年おきに起こったことで、ディフェンシブにならざるを得ない状況が続きました。そんな中、自分たち自身でディスラプトするような仕組みを作る余裕はなかったのかもしれません。もし、2000年頃のタイミングで一旦ディスラプトするような動きが起こり、次の20年が変わっていたとしたら、今の状況はまったく違っていたはずです。

草野:なるほど。そうすると、変化を求める層が現場にいて、変化を受容できる層が経営層にいる、今こそ動きを起こすタイミングかもしれませんね。ジャーニーを始めるために、この本が強力な伴走者となってくれるのではないでしょうか。

あなたが実際に直面した組織のあるある課題とは?(エピソードをお願いします)

市谷:草野さんがこれまでに直面した課題やエピソードがあれば、ぜひ聞かせてください。

草野:「屛風のトラDX」のような状況はありますね。立派なビジョンを掲げるんだけど、なかなか追いつけないまま古くなっていき、そのうち次のビジョンを描かなくてはならなくなる、そういうことはありました。

 あと、新しいプロジェクトを立ち上げようとしても、効率のいい既存事業に重点が置かれてしまうことは、残念ながらよくあります。まさにこの本にも書かれていたと思いますが、惜しいですよね。効率とは違う指標で捉えられるようになるといいのですが。

市谷:新規事業はサイズ感が小さいからこそ、新しい価値創出までのサイクルが早く回せます。出島(新規事業を立ち上げて新しい価値を創出するチーム)の役割は新規事業を創出することだけではなく、そこで生まれた新しい考え方や方法、人材が既存の本業においても活用されて今までとは違う価値を作っていくことも一つの意義です。

 効率を重視するあまり変革に必要な取り組みがなくなりかねない状況は既存事業の中でも起こっています。今プレイしているゲームがこの先も変わらず続くのならいざ知らず、ゲームがいつまで続くかは誰にも分からないのです。もし、現状に顧客が満足していないとしたら、変わらなければ次へ進むことができないのに、現状を維持するために取り組みを続けることになってしまいます。最適化の最適化によって生まれる非常に危ない状況です。

草野:まさにそうですね。その事業がいつまで続くのか?というのは深刻な問題です。あれほど普及していたフィルムカメラのその後を見れば、その危うさが分かるはずです。

市谷:はい、そんな話が今現実に至るところで起きています。

DXで日本の組織は変わるのか?

市谷:DXで日本の組織は変わるでしょうか。

草野うまく使えれば変わっていくんじゃないかな、と期待しています。そのためには、泥臭くても段階を踏んで一歩ずつ進んでいくことが大切です。すぐには結果に結びつかず目立たない地味な取り組みでも、今すべきことを一つずつ取り組んでいけば、DXを手段として、変わり続けられる組織へとシフトできる可能性はあるんじゃないでしょうか。

市谷業界や企業によっては、これが最後のチャンスというケースもあると思います。この先、DXほどの旗印が出てくるか分かりませんし、出てくるとしてそれまで生き残れるのかも未知数です。最後のチャンスだと思って取り組んだ方がいいです。この20年間を振り返ってみると、変わるチャンスとなる様々なブームを活かしきれていなかった。だから、今こうして苦しい状況に陥っているのです。経営から現場まで、組織の中でいろんな立場にいる人たちの視点を集約できる絶好のチャンスですから、ここで取り組めなかったらかなり厳しい未来が待っていると思います。

これからの組織のありかたとは?

市谷:これからの組織のありかたについては、どのようなイメージを持たれていますか。

草野組織と個人が二項動態で動いて行ける、そういう組織形態は今後おもしろくなっていくんじゃないでしょうか。組織と個人の思惑がフィットするからこそ一緒にやっていける。ライフステージが変われば、それぞれ違うところへ移ればいい。その時々で、マッチングができるように進化していけばいいのだと思います。一つの組織でずっと働いている人も、スナップショット的に加わる人も、どちらもいていいし、それをどんな風にしてうまくマネジメントできるかを考えていけるようになったらおもしろいですよね。

市谷:草野さんとよくお話するテーマですよね。組織の中での二項動態ももちろんありますが、視点を変えれば、組織と自分という関係性での二項動態もありえます。その先にあるのは、組織と個人がフラットに両立していて、それぞれに選択する世界です。両者間で一致するものがあれば一緒に何かを生み出していけるし、もし合わなければ無理に一緒になる必要はない。そういう世界観になるとおもしろいと思います。

草野:真にデジタル化が進むことで、だいぶその方向へ近づくのではないでしょうか。

市谷:例えば、どういうことが明らかになっていくと良さそうですか。

草野:その人の取り組んでいることやアウトプットのトレーサビリティは重要です。役割や報酬に限らず、その人がどういうことに関わっていて、何に繋がって、どうなったのかというようなことを可視化することです。アウトプットに至るまでのディスカッションの場での様子とか、そういうところまで見えてくると、より細かく評価ができ、柔軟な組織構造へとつながっていくのではないでしょうか。

市谷:仕事にまつわるあらゆる行為をデータ化して記録できれば、例えば、三ヶ月前の一言がその後重要な展開へつながったというような事実をトレースできるようになりますね。とてもいいことだと思います。他者からの評価よりも、「より良いアウトカムに繋がるかどうか?」という観点で動ける人が報われるといいですよね

草野:はい、よい行いを賞賛するためにトレーサビリティがあるといいと思います。ルールやカルチャーなど検討は必要ですが、おもしろいテーマです。

市谷:たしかに、「偽装していないか?」といった悪い方のトレーサビリティはよくあるのですよね。一方で、いい方のトレーサビリティはあまり見られませんから、どこまでできるのかはおもしろいテーマですね。

草野:市谷さんとこうしてやり取りしていることも、もっとスムーズにできるようになれば、もっといろんなことができるようになるでしょう。いろんな仕組みが重たいと、すぐに人間の心は折れてしまいます。何かにチャレンジしようとする人が、途中で心が折れないような滑らかな社会や仕組みができるといいなと心から思っています。

市谷:今お話しているような妄想を、現実に実現していけるようなトランスフォーメーションを語れるようになりたいです。

草野:個人として最適化していくことと、大きくライフシフトしなくてはならないこと。それを包む仕組みやコミュニティをどう動かせば自分を変革し続けられるのか。この本は組織論として書かれていますが、視点を個人において読んでみても非常におもしろいと思います。

今日の対談を踏まえて、まとめの一言。

草野:この本に出てくる言葉で、もう一つ、私の好きなキーワードが「アジャイル・ブリゲード」です。プロジェクト単位で動いていって、ゴリゴリと変えていって、終わったら解散!っていう…必要なところにサッと現れて解決していくようなスタイルは、今までの組織では意外とありませんでしたよね。

 市谷さんが書かれているのは一つの組織の中でのブリゲードだと思いますが、業界単位でのブリゲードもあったらおもしろいですよね。神出鬼没なブリゲードが現れて業界全体が変わっていくなんてことも起こりえそうです。そんな風にいろいろと展開して考えてみると、すごく多角的にいろんなことが議論できる本なので、みんながいろんなテーマや視点で語らいながら、それぞれの実践に持ち帰っていくことで、今後さらに活用の幅が広がるのではないでしょうか。

市谷:自分が体現者となり、組織や今いる場所、世の中が良くなったらいいな、というようなヒロイズムへの憧れは、誰しも抱くものかもしれません。アジャイル・ブリゲードは実質的に必要な組織パターンでありながら、そうしたヒロイズムを体現する側面も持っているのかな。

草野:ヒーローのように卓越したすごさがなくても、一つずつ着実に完成させていく地道さがあればいいですよね。その結果としてヒーローが生まれたら、すごくいいんじゃないでしょうか。

市谷:誰もがヒーローになりえますよ、ということですね。今日はありがとうございました。

草野:ありがとうございました。

書籍『デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー 組織のデジタル化から、分断を乗り越えて組織変革にたどりつくまで』

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