巨人の肩に乗り、そして飛び降りよう。
市谷:これからの日本のDXを担う人たちへ向けて、「巨人の肩に乗りましょう」ということをお伝えしたいと思います。今ある知見は、数々の失敗の歴史により積み重ねられてきた知恵そのものです。これを使わない手はありません。ぜひ、巨人の肩に乗りましょう。覚えておきたいのは、今、通用している方法や解決策が、これから先も通用するかというとそうではないということです。そんな時の拠り所として、自分の中に芽生える自然な感情、湧き上がる声を大事にした方が良いと思います。「これはおかしいんじゃないか?」「こうした方がいいんじゃないか?」「普通はこうじゃない?」と感じることを頼りにしてほしいのです。それが、問題を解決し先へと進む一番の近道だったりします。
ですから、巨人の肩に乗るんですけど、どこかで飛び降りればいいんですよ。あるところまでは乗っかって、「もう巨人あかんな」と思ったら飛び降りましょう。そして、新しい方法を自分たちで作っていきましょう。今、職場や現場の前線に居る人たちが「普通」に良いと思うことを、ふつうにやっていけることが進化だと思います。良いと思うことを試してみて、検証しながら進めていく、学びを得て確かにしていく、ということができれば何よりです。
最初の出発点はたしかに開発をアジャイルにすることでしたが、DXを一つの目印にして、現場でも経営の場でも、もっと広く仕事の進め方や意思決定の仕方をアジャイルに変えていくチャンスが来ています。DX白書2021もそれを後押ししています。
もっと言えば、先程小田中さんがお話してくださったように、仕事に限らない人との繋がりとか、生きていく上でのいろんな判断とか、行動とか、そういったところでもアジャイルは活きるはずです。だって、10年前に決めたことを守り続けるよりも、環境や生活や家族に変化があるなかで、より適した道を選び直すことができる方が良いわけです。世の中との関わりにおいても、「自分はこうと決めたから絶対にこう」と頑なにこだわるのではなく、この先、自分も世の中も変わるのだから、都度ふりかえりをしながら、変えた方が良いところは変えていける方が良い。そんな術を身につけていくことができたらいいですよね。
小田中:そうですね。アジャイルはソフトウェア開発の文脈で生まれたものではありますが、きっと他のことにも適用できるでしょうし、だからこそ米国でもこれだけ経営に導入されているのでしょう。
「失敗してはいけない」という先入観から失敗を避けようとした結果、今目の前に見えている狭い範囲内でしか動けなくなってしまうことがよくあります。でも、未知への挑戦に失敗は付き物です。失敗しても、そこから学んで次へ進むということをアジャイルを通して繰り返していると、だんだんと失敗を恐れずチャレンジできるようになっていきます。そうして組織が伸びていく様子を私は肌で感じていますから、アジャイルは「学習する組織」へ向かうための装置という機能と、「失敗を恐れずチャレンジするための処方箋」という二つの意味で重要だと思っています。
市谷:いいですね。非常にいい言葉です。
アジャイルが当たり前にある時代の「シン・アジャイル」
小田中:これから10年後、20年後には、もしかしたら「アジャイル」という名前ではなくなっているのかもしれないなと思うことがあります。アジャイルという看板を下ろすこともいとわず、学習し続け、変化に適応し続けていくという姿が、究極的なあり方ではないかと思いますし、実際にそうなっていくのではないでしょうか。万物は流転するものですから、「これはアジャイルじゃないから駄目だ」と宣言することは、変化に適応することを宣言している「アジャイルソフトウェア宣言」の価値観と対照的です。
市谷:アジャイルが当たり前のようになっていって、もはやアジャイルという言葉を必要としない環境、状況が生まれるかもしれませんね。これからの日本で、様々な企業が今のトランスフォーメーションの取り組みをうまく進めていくことができれば、企業の動き方や意思決定の仕方も変わっていくでしょうし、それが必要なことだと思っています。他には、気になるキーワードはありますか?
小田中:そうですね。大仰にとらえすぎず、やさしい言葉で伝えていくことも、すごく大事だと感じます。例えば、DX白書2021に「CX指標を追いかけているか」という項目がありましたが、もし現場にいる人が「CX指標を見直しているか」といきなり問われたら、すごく大変なことに聞こえて、「そんなに大変なことはやっていない」と答えてしまう。でも、実際は、Webサイトの離脱率や滞在率、最終的に購買に結びついたかどうか、といった指標で見直しをしていたりします。それは「見直しをしている」に当てはまるわけです。
市谷:たしかにそうですね。私は、いわゆるIT部門のような、新しい価値を生み出すというよりはインフラ部門で、アジャイルに取り組んでいる方々の支援もしています。そういった現場でアジャイルをうまく活かすには、月並みに聞こえるかもしれませんが、まずは「ふりかえり」をしてみてほしいと思います。スプリントをどうやってまわしていくか、ということよりも、メンバー同士でお互いが何に違和感や課題感を持っているのかを分かっていないことが意外とあるので、それを持ち寄るところから、まずはやっていくといいのではないでしょうか。
小田中:それぞれの仕事を見える化するだけでも違ったりしますよね。属人化していたり、偏りや見落としが見つかれば、それをどう改善するかがアジャイルのスタート地点になります。
まだまだ日本ではアジャイル開発が浸透しきれていませんが、そんな中でもアジャイルの持つ意味はどんどん先へ進んでいると感じます。進化したアジャイルに乗っかることができれば、日本はいきなり「シン・アジャイル」にいけると思います。そういう意味では、やはり今が大きなチャンスなのでしょうね。今日は楽しかったです。ありがとうございました。
市谷:「シン・アジャイル」の「シン」にはいろんな意味があって、何が当てはまるかは人それぞれです。「シン・アジャイル」の「シン」に何を当てはめていくのか。どんなアジャイルがあるのか。2022年、いろいろと知りたいですし、紹介したり交流できたらと思っています。「新しいアジャイル、今の現場や組織にあるアジャイルって何ぞや?」ということを、今後も追いかけていきたいと思います。今日は本当にありがとうございました。