組織内での役割を問わず、DXという旗印のもと経営と現場が同じ方向を向いている昨今、この好機を活かしていくために必要な変革やアジャイルの勘所について、豊富な実践経験を持つレッドジャーニーの市谷新井より、変革を起こすために必要な意識、発生する対立への対処、変革を継続させるためのプラクティス(技)などをポイントにお伝えします。

話し手

市谷 聡啓 Toshihiro Ichitani
株式会社レッドジャーニー 代表
元政府CIO補佐官
DevLOVE オーガナイザー
サービスや事業についてのアイデア段階の構想から、コンセプトを練り上げていく仮説検証とアジャイル開発の運営について経験が厚い。プログラマーからキャリアをスタートし、SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発の実践を経て、自らの会社を立ち上げる。それぞれの局面から得られた実践知で、ソフトウェアの共創に辿り着くべく越境し続けている。訳書に「リーン開発の現場」がある。著書に「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」「チーム・ジャーニー」「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」がある。

新井 剛 Takeshi Arai
株式会社レッドジャーニー 取締役COO
プログラマー、プロダクトマネージャー、プロジェクトマネージャー、アプリケーション開発、ミドルエンジン開発、エンジニアリング部門長など様々な現場を経て、全社組織のカイゼンやエバンジェリストとして活躍。現在はDX支援、アジャイル推進支援、CoE支援、アジャイルコーチ、カイゼンファシリテーター、ワークショップ等で組織開発に従事。勉強会コミュニティ運営、イベント講演も多数あり。
Codezine Academy ScrumBootCamp Premium、機能するチームを作るためのカイゼン・ジャーニー、今からはじめるDX時代のアジャイル超入門 講師CSP(認定スクラムプロフェッショナル)、CSM(認定スクラムマスター)、CSPO(認定プロダクトオーナー)
著書「カイゼン・ジャーニー」、「ここはウォーターフォール市、アジャイル町」、「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」、「WEB+DB PRESS Vol.111 見える化大作戦特集

テーマ1:アジャイルの技でDX組織変革を起こすには?

組織変革を始める準備が整った”組織変革Readyの状態”とは?

組織変革を始める準備として、ジョン・P・コッターは『変革の8段階のプロセス』の第1段階として社内の危機意識を高めることとしています。ここにはトップ経営陣の100%、管理職の75%、従業員の50%が組織変革の必要性を感じていなければならないと書かれていますが、ここまで変革意識の高いチームや会社はまずありません。
私的には各役職、各ポジション、各現場ごとに変えていこうというリーダーシップを発揮する人が最低1人以上存在することが、組織変革Readyの状態の最初のトリガーかなと思います。

過去には終戦や明治維新などの外圧が変革の要因となったこともあるので、コロナ禍でリモートワークが進んだことはひとつのティッピングポイントかもしれないですね。

新井

組織変革を始める準備が整った”変革Readyの状態”には2つあると思います。
ひとつは”Ready状態はない”ということ(笑) 何をもってReadyとなすかを考えたとき、Ready状態になっているから本質的な準備が整っているとするなら、もう変革は進んでいくだろうと思うんです。なのでこの時点はReady状態で、ここからは変革が進んでいる状態だと決めることは難しいと思っています。

もうひとつは”いつでもReady状態”ということです。何かを変えることを始めれば、それが最後まで行くかはわかりませんが、ものごとを進めて行く状態にすることはできます。変革を始めることはいつでもできるけれど、こうなったら変革が最後までたどり着けるというReady状態というのはないんじゃないかなと思います。

コロナ禍で組織の中でいろいろな目線がある方向に揃えられるかもしれないという惑星直列のような機運は、最大のチャンスだなと思います。

市谷

全方位から発生する対立・断絶への対処の方法は?

対立や分断はある前提で進まないといけないと思っています。それをなかったことにすることはできないし、相手の見え方を180度転換させて自分と同じにさせるのは無理。うまく共通のゴールを作りながら歩んでいかざるを得ないと思っています。

新井

対立・分断を否定して抑え込むことではうまくいかないと思います。双方を活かすような判断が偏りなくできるかが適応的な対処であり、アジャイルの精神だと思います。

スクラムの生みの親である野中郁次郎先生の言葉に”二項対立ではなく二項動態”というものがあります。これはAかBかどらちかということではなく、どんなボールが来ても適切に打ち返せる手段を持っておくというイメージです。
対立でも均衡でもなく、動きがある二項のどちらにも主役になるチャンスがあるということを表現したとても巧みな言葉だと思います。
私たちが対立構造で物事を考えがちなのは、その方がわかりやすいし、どちらかを選べば考えること自体をやめられるからではないか思います。でも二項動態は常に考え続けなければならない。それはとても大変な事ですが理想とはこれができる事ではないか思います。

市谷

DX組織変革を起こす中で有益なプラクティス(技)とは?

どんなトラブルの中にも期待のすれ違いのようなものがあるので、やはりコミュニケーションに手を打っていくことは大切だと思います。リモートワークが主流となったことでコミュニケーションの機会が減り情報の流通は薄く、偏りは大きくなっています。なので例えばランチをZOOM越しに一緒にとってみたり、定例ミーティングや社内研修の中でも雑談や脱線OKの時間を設けるなどして、意図的にコミュニケーションをとる機会を設計していくべきなのではないでしょうか。
コミュニケーションの量を増やすためのアジャイルの技としては”ドラッカー風エクササイズ”や”期待マネジメント”などをやってみるのもいいと思います。

新井

リモートワークになったことで意図的に雑談をしなければならない世界になっているので、やはりコミュニケーションは大切だと思います。限られた時間の中で仕事を進めようとする働き方はせわしないですよね。オンライン化が進んだことでひっきりなしにいろいろなことを考えなければならない職種の方もいれば、一つのことに集中して一日をそこに費やせる方もいる。そういった意味では働く状況ははっきりと分かれてきてるのかもしれないですね。

市谷

テーマ2:アジャイルの技でDX組織変革を持続させるには?

DX組織変革が持続しない要因は?

持続しない要因は現状維持に戻ろうとするバイアスが強いことだと考えています。慣れ親しんだスタイルは居心地がよいですし、またお客様の状況にも左右されがちですよね。
ではそのバイアスをどう打破していくか。これにはルールや規約を決めて矯正することも必要ではないかと思います。本来なら自発的にできるのが一番いいのですが、できないのであればそれも一手かなと思います。
また共通認識を薄めないためにも、共感、感動し続けられるゴールの設定やそれに関心を持たせ続けられるような機会を作ることも大事だと思います。

新井

持続しないのは関心を持っていないからだと思います。関心を持っているか、持たれているかはとても大事で、もし関心が持てないような変革なら必要がなかったのだとやめてもいい(笑)
自発的に動いたりがんばれるように、共通の目指すモノやありたい姿を語り合うことができるといいと思います。

市谷

組織変革の正解が見えなくて不安になったら?

正解はないので気にしなくていいと思います。
不安な理由は取り組みがあっているかどうかわからないからだと思うので、引き出しを増やすようなアドバイスを心がけています。ギヤを上げて失敗しても大ケガをしないような試行錯誤を続けるうちに気づきが得られる。気づきを得るという成功体験はとても大切なので、その機会を奪わないように導くようにしています。

新井

正解をおしえてください!と言われても、そんなものはないので答えようがないのですが、分からないことが不安であることは理解できます。そういう場合はその不安を聞いたり、一緒に悩むことで解決できると思います。
DXには失敗がつきものなので、失敗自体を不安に思う必要はありません。
1番恐れるべきことは何も学べなかったということ。本当の失敗とは学びを奪うことで、学びなき実践はもっとも避けるべき失敗だと思います。

市谷

アジャイルで作り出すゆとりとチャンス

私が良くやっているプラクティスはワークフローの改善などの際、バリューストリームマッピングを使って、いま何が問題になっているのかを整理するということです。整理ができたら1番優先度が高いもの、あるいは短時間で効果が高そうなものから始めて成功体験を得てチームにゆとり時間を作ります。

新井

持続させるために使うプラクティスはアジャイルの基本である”繰り返すこと”だと思っています。
反復をすることでチャンスが繰り返し生まれます。この方法をとっておくとDX組織変革を持続させることもできると思います。

市谷