企業が競争優位性を高め成長し続けるためには、急速な変化に柔軟かつスピーディーに適応できるアジャイル型組織への変革が求められています。新規開発プロジェクトにアジャイルが適用されるケースが増える一方で、組織運営にアジャイルが適用され成功している例はまだ少ないのが実情です。パーソルホールディングス株式会社 GIT本部では、顧客の期待を越える価値をスピーディーに提供するプロフェッショナルなチームを目指して、「アジャイル型組織運営」に取り組んできました。レッドジャーニーが伴走支援を行うようになって一年以上が経過し、チームは大きく変化したと言います。GIT本部 IT企画部部長、ITガバナンス部ITマネジメント室室長の渡辺良夫様に詳しくお話を伺いました。(聞き手:レッドジャーニー 新井剛)
※役職・肩書は当時のものです。

「はたらいて、笑おう。」をミッションに、価値ドリブン型組織へ。

新井 剛(以下、新井):渡辺さんは社内のアジャイル推進をリードする部門にいらっしゃいますが、具体的にはどのようなことに取り組んでいるのでしょうか。

渡辺 良夫様(以下、渡辺様):大きく二つの目標を持って活動しています。一つは価値ドリブンなIT組織への変革、もう一つはグループビジョンでも掲げているように「はたらいて、笑おう。」を実現することです。そのためにIT企画部で取り組んでいることを、GIT本部全体に広げています。

 私たちは社内のいわゆる情報システム部門ですが、単なるシステムを提供する組織ではなく、ITサービスを通じた価値を顧客に提供できる組織になりたいと思っています。顧客にとっての価値によりフォーカスし、システムの提供は価値を届けるための手段として捉えています。

「はたらいて、笑おう。」というのは、当社のグループビジョンです。お客様にそうあってほしいのはもちろん、自分たちもそうありたいという想いで、組織カルチャーを変えることに取り組んでいます。例えば、縦割り型の階層組織に見られるような不必要な上下関係はできる限り排除しています。社員が心理的安全を感じながら全力で働いて成果を出す、私たちGIT本部では「アジャイル型組織運営」と呼んでいますが、そういう組織を目指しています。

意思決定のハンドルは現場にゆだねる、アジャイル型組織運営とは。

新井:「アジャイル型組織運営」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。

渡辺様:キーワードの一つは「価値ドリブン」です。顧客に対してどのような価値を、いかにして提供していくのかを第一に考えます。提供する価値を最大化するためには、現場により多く力を渡すことが重要です。従来のトップダウン型のサイクルでは、どうしてもスピードが遅くなってしまいます。プロダクトとプロダクトを使う顧客のことを一番よく分かっているのは、恐らく現場のメンバーですから、現場への権限委譲を進め、スピーディーな運営を目指すのがアジャイル型組織運営です。

 もう一つのキーワードは、働き方改革でしょうか。現場への権限委譲が進むことで、より主体的に仕事に取り組めるようになります。組織上の制約はもちろんありますが、基本的には自分たちが作りたいもの、顧客が喜ぶものを作ることができるのがアジャイル型組織運営の世界観です。上司にお伺いを立てるのではなく、上司はあくまでもサポート役に徹する。仕事に向かうマインドが大きく違ってきます。

新井:サーバントリーダーシップ(1970年にロバート・グリーンリーフが提唱した哲学。部下を支配するのではなく、まず相手に奉仕し、その後相手を導くというリーダーのあり方)ですね。メンバーのパフォーマンスをいかに上げるか、を重視されているということでしょうか。

渡辺様:はい。提供価値を最大化するための「How」(方法)はチームやプロダクトによって違いますから、各現場のメンバーが決められるようにすることが重要です。マネジメント層よりもその分野のエキスパートの方が、より高い熱量を持って取り組んでいるはずですから、そのための環境を整えることができれば組織としてのパフォーマンスも上がります。これは私自身が経験から実感していることでもあります。

新井:自らハンドルを握ることでパフォーマンスが上がるというのは非常に共感できます。「はたらいて、笑おう。」についても、詳しくお聞かせいただけますか。

渡辺様:私は、ただ楽しく笑えればいいということではなく、一生懸命働いて成果を出して笑おう、という風に解釈しています。「はたらいて、笑おう。」の真ん中にある句読点には、そういう意味が込められていると思います。ビジネスの場ではプロフェッショナルとして成果を出すことが求められますが、そこに難しさはあっても苦痛があってはいけません。心理的安全のもと全力で働き、納得のいく成果を出して、はじめて心から笑えるのではないでしょうか。

経験に基づいた言葉には、組織を動かす説得力がある。

新井:チームでのご自身の役割については、どのように捉えていらっしゃいますか。

渡辺様:自ら経験したことを組織全体へ広めていくことが私の役割だと思っています。大きなミッションを実現するためにはトップマネジメントから変わらなくてはなりません。そのため、まずはアジャイル推進室という小さなチームで始め、効果が感じられたので「部長スクラム」(本部長と部長で構成されたメンバーでスクラムを活用して組織運営していること)という形でトップマネジメントに広げていきました。自分はその一番のリード役という自負を持ってやってきました。

新井:「部長スクラム」は他の会社とは違う大きな特色ですよね。「自らやってみる」ということについて、どのような想いで取り組まれているのでしょうか。

渡辺様:実際に経験した上で語る言葉には厚みがあります。組織のトップマネジメントにスクラムを導入するのは非常に難易度が高く、そもそもスムーズに運びようがありません。ですが、情報収集の段階で止まっているよりも、実際に経験し、それをもとに組織への提言を行う方が断然説得力が増します。現場に委ねることは大事ですが、丸投げでは困難を乗り越えることはできません。マネジメントを担う自分たちが中心となって挑戦することに意義があります。そうすることで共感する人が徐々に増え、組織全体に広がっていくと考えています。

「ともに越える」本音の関係性が大きな後押しに。

新井:レッドジャーニーが関わらせていただいて一年以上になりますが、その前はどのような状態だったのでしょうか。

渡辺様:アジャイル推進室が正式に発足したのは2020年4です。当時から、「組織として変わらなくてはならない」「自分たちが変えなくてはならない」といった課題感はありました。とはいえ、小さなチームゆえに組織運営のリズムがなかなかつかめずにいました。いろいろと試行錯誤しましたし、イメージをより具体化しようと本を読んだり資格を取得したりもしましたが、実動へ繋がるには至らず。アジャイルやスクラムについての実践的な理解が不十分だったのだと思います。

新井:レッドジャーニーのファーストインプレッションはどのようなものだったのでしょうか。

渡辺様:最初にご提示いただいた提案資料を見て、私たちのチームが漠然と抱いていたイメージが具体化されていると感じました。一緒に進められそうだという感覚が湧いたことを覚えています。レッドジャーニーさんの「ともに越える」というコンセプトにも非常に共感できましたし、振り返ってみると実際の進め方も、まさに「ともに乗り越える」というスタイルでしたよね。目指すべきゴールを共有しつつ、スモールステップで、我々の組織に合った形で進めていただけたことが、とても良かったと思います。フレームワークで決められたプロセスに沿って進める方法もあるでしょうが、それでは恐らくうまくいかなかったのではないでしょうか。

新井:「ともに越える」「越境する」はレッドジャーニーの掲げるコンセプトですが、なかなか難しいところがあり、私も日々試行錯誤しています。例えば、どこまで踏み込んでいいのか、といったことです。

渡辺様:慣れるまでは我々も苦戦していました。どこまで期待していいのか、お願いの仕方、チームの巻き込み方など、一つ一つに戸惑いがあったと思います。そのような中でも、例えば「ここはこうしないと進められないですよ」「ここはこうしたいのですが、どうですか」と率直に伝えていただき、本音ベースでいろんな会話ができたことで徐々に信頼関係を高められたと思います。受発注のような硬化した関係ではなく、終始「ともに越える」という姿勢で向き合っていただきました。

 また、「(皆さんなら)できそうな気がする」という市谷さん(レッドジャーニー代表)の言葉には大変勇気づけられました。表面的な言葉ではなく経験に裏づけられたものだと感じられて、非常に大きな後押しになりました。いろんな企業や組織を見てこられた経験から客観的に私たちの置かれた状況を捉え、その上で「ここまで揃っているのに、なぜやらないのですか?」と。あの言葉がけや、本音で話せる関係性があったからこそ、ここまで進めることができたと思います。私たちだけでは恐らくもっと時間がかかっていたでしょう。

新井:いろんな企業で支援をさせていただいていますが、パーソルさんのアジャイル推進室は「レベルが高い」という印象です。知識も人材もメンバーのモチベーションも、ここまで揃っているならきっとできる、という実感から出たのが「できそうな気がする」という言葉だと思います。寄り添い、勇気づけ、伴走し、ともに越える関わり方ができたことは私たちにとっても大きな喜びです。

チームに起こった大きな変化

新井:アジャイル推進室でのチーム運営や部長スクラムなどの取り組みを通して、どのような変化があったのでしょうか。

渡辺様アクションを起こせるようになったことが一番大きな変化です。「いつかはやる」という状態と実際にアクションを起こすのとでは大きな違いがありますよね。部長スクラムでは課題や施策をすべて可視化しています。これらはクローズになりがちですから、オープンにすることが基本姿勢として定着したのは大きなマインドセットの変化です。部長スクラムを始めてから、チームの対話量は明らかに増えました。組織課題の捉え方などは、表面的にはメンバー同士で揃っているように見えても、対話を重ねてみると差異が見えてきます。その差異をフックにさらに対話を重ね、その上で施策が決められるようになったことで、メンバーの当事者意識が増しチーム全体が強くなったと感じます。

 また、システムではなく価値を届けるという価値ドリブンの考え方が浸透しました。施策を目的化せず、行動を起こした結果としての成果にフォーカスできるようになったことは、非常に良い変化です。

新井:実際にアクションを起こすことによって初めて見えてくることがありますよね。あるメンバーの方が、新たに導入したタスクボードを実際に使うことでメリットに気づき、それを話してくれたことがありましたが、そのようなマインドセットが変わる閃きのような瞬間を何度か目の当たりにしました。

渡辺様:ゆっくりとした変化ですが、最初の頃を振り返ってみると今は全然違います。変化ということではモブワーク(複数人で一緒に難課題やタフタスクを実施・解決して、次の工程に流していくことで、抱え込んでひとりで悩む時間や承認待ち時間を激減させる働き方)も思い当たります。会議で議論して決める典型的なスタイルと比べて、モブワークでは一定の時間内に結論を出し、成果をあげるところまで到達できます。そんなスピード感のあるスタイルを今実現できているのは感慨深いです。モブワークは経過ごと共有するので、資料など初めから100%のものを作りこむ必要はなく、修正が必要ならそれでいいという考え方ですよね。価値観が大きく変わりました。

新井:部長という役職にある人たちがそこに取り組んでいるケースは、他社ではほとんど見られませんから、大きなメリットだと思います。

何がチームを変えたのか?

渡辺様:何がここまでの変化をもたらしたのかというと、リーダーであっても難しいものは難しい、と悩んでいる姿も見せられる組織になったことでしょうか。

 組織のあり方をアジャイルにする過程で、クローズだったものを透明化し、心理的安全性を高めていった結果、みんながハッピーになったように思います。もちろんビジネスですから、ただハッピーなだけではいけません。徹底した顧客目線でプロダクトやITサービスを捉える考え方を浸透させていくことで、今後アジャイル型組織運営に深みが増していくと思います。

新井:組織としての競争優位性も高まります。新規開発プロジェクトでアジャイルやスクラムを導入している例はたくさんありますが、パーソルさんのように組織運営のアジャイル化ができている例はまだまだ少ないですから、差別化に繋がりますよね。マーケティングや人材採用など他の部署でも活用していけるといいのではないでしょうか。

アジャイルでチームはもっと強くなれる

新井:最後に、今後の展望をお聞かせいただけたらと思います。アジャイルを推進することによって生まれるワクワクや期待感はありますか。

渡辺様アジャイルが当たり前になれば、間違いなくチームは強くなると思います。私はチームスポーツが好きなのですが、チームスポーツでは個人だけが強くても勝てません。アジャイルが当たり前になってチームとしての能力が高まれば、経営への貢献度も増していくはずです。

 理想は、若手、中堅、管理者、支援者も含めて、どのレイヤーにいる人も一人で悩みを抱え込まずに弱さを見せられる組織です。アジャイルによって組織内部の透明化が進み、メンバーの心理的安全が実現した暁には、乗り越えるべき壁や達成すべき目標へ向かって力強く挑める組織になるのではないでしょうか。我々が提供するITサービスの価値も上がるはずです。顧客の期待を越える価値をスピーディーに提供できるプロフェッショナルな集団を目指して、貴重な一歩目を踏み出すことができたと思っています。

新井:素晴らしいです。本日はお忙しいところ、ありがとうございました。

渡辺様:こちらこそ、ありがとうございました。