アジャイル開発に取り組むためのルールやガイドは存在するものの、実際の取り組みは組織内の一部に留まり、なかなか拡大していかない。そんな課題の背景にある組織の実情とは、どのようなものでしょうか。長年にわたりカイゼンが繰り返され効率化された仕事の進め方など、組織のあり方にはその成り立ちによる相応の理由があり、変えていくには何らかのきっかけが必要です。三菱UFJインフォメーションテクノロジー株式会社では、レッドジャーニーの市谷を講師に迎えて講演とセッションが行われ、およそ350名の方が参加されました。様々な場面で「今まで」と「これから」が大きく変わる節目にあって、どのような学びや気付き、変化があったのでしょうか。詳しくお話を伺いました。

【聞き手】レッドジャーニー市谷
【話し手三菱UFJインフォメーションテクノロジー株式会社(以下、MUIT)
ITアカデミー長 斉藤 賢哉様(以下、斉藤様)、競争力強化第一部長 石川 和利様(以下、石川様)、デジタルプロデュース部長 髙橋 博実様(以下、髙橋様)

キャズムが超えられない…アジャイル開発の取り組みが社内で広まっていかない背景とは。

はじめに、MUITにおけるアジャイル開発の課題についてお聞かせいただけますか?

髙橋様:取り組みは行っているもののキャズムを超えられていないという課題感があります。

アジャイルへの取組みは2014年から行っていて、そのためのガイドや規定も整備されていますが、実際にはスキルや情熱の高い一部のメンバーやチームのみが行っていて、拡大していないのが現状です。また、全体への周知も不十分です。

当部(デジタルプロデュース部)ではR&D(Research and Development。自社の事業領域に関する研究・開発業務のこと)を行い、アジャイル開発を社内開発に取り入れるべきと判断しました。組織改編前の部署になりますが部内で内製メンバーを組成してお客様向けアプリ開発を行ったり、そのメンバーを他部署に派遣することでアジャイル開発への取り組みを拡大しようとしているところです。

個人として取り組まれていることもあるのでしょうか?

髙橋様:はい。アジャイル開発が社内で活用されるように広めていきたいと願い活動しています。

具体的には社内勉強会を開催し、その活動実績を対外的に発信しています。社外への発信をきっかけに、社員がアジャイル開発についての情報を得たり、関心を持ったりする機会が増えるのではないかと考えています。

私は、元々社内標準フレームワーク(共通ライブラリ)を扱う部署に所属していました。そこで行っていたのは社内で蓄積されたデータやノウハウを活用してもらうための業務で、アジャイルというよりXP(エクストリーム・プログラミング。ソフトウェア品質を向上させ、変化する顧客の要求への対応力を高めることを目的としたソフトウェア開発プロセス)ですね。

石川様:私は、長らくウォーターフォールの開発に携わってきたのですが、企画系のセクションに来て最近感じていることは、特定の一銀行のシステム開発に特化しているという特徴からくる効率化の深度です。プロジェクトの量が多く、限られた予算やスケジュールの枠内で一つでも多くのプロジェクトをこなしたいという背景も、効率化に寄与していると思います。

予算の運営、開発手続き、プロジェクトの評価基準などが予め決められていますから、一通りを覚えて行動を重ねることで効率良くプロジェクトをこなすことができます。ウォーターフォールを前提に定められた仕事の進め方や判断基準が組織内に根付いていますから、それらを変えることで大きなメリットを失うことになり、現場の負担が大きくなってしまいます。

キャズムを超えられない背景には、こういった実情もあるのではないでしょうか。

しかし、世の中のニーズは多様化していますし、むしろ自分たちから新たなニーズを生み出していかなくてはなりません。そういった場面ではアジャイルが必要です。

もちろん、一遍にすべては変えられません。これまで培ってきた大きく強い流れが根強く残っていますから、段階を踏んで少しずつ進まなくては取り組みそのものが流れてしまいかねません。

少なくとも、社内で設けられているアジャイルプロジェクトのルールを、もっとみんなが活用するようにならなくては。そのための環境を整備しつつ、いかにしてプロジェクト全般をアジャイルへ移行していくか。難題ですから、相当強い気持ちで臨むことが必要だろうと感じていました。

そんななかで、今回の講演は、組織内の意識を変える大きなきっかけになったと思います。

組織内の意識をアジャイルへと向けていくためには、きっと何かしらのきっかけが必要ですよね。そのための意識的な取り組みは何かされているでしょうか?

石川様:主にマネジメントする立場にいるメンバーを対象に、アジャイルについての基礎的なレクチャーなどを行っています。

プロジェクトの内容や目的、性質によって開発手法を選択し、運用の方針を決めていくキーパーソンである彼らにアプローチすることで、一つずつの現場単位でアジャイル開発への働きかけを進めてきましたが、現実には日々の業務に追われて加速が難しいシチュエーションが多いのもまた事実です 。

斉藤様:今回の講演には、マネージャークラスから若手のエンジニアまでかなり多くの人が参加しました。人材育成という観点で見ても、多くのヒントや刺激を得られたと思います。

当社のアジャイルへの取り組みは道半ばです。アジャイル人材はごく一部に限られていて、現時点では各開発部へ技術者を派遣する形をとらざるを得ません。

今後は、エンジニアとしてアジャイルプロジェクトを推進できる人材を増やし育成することで、各現場で当たり前のようにアジャイル開発ができるようにしていきたいです。

これまで人材育成では技術者よりも管理者を重視してきたところがあります。一方、プロジェクトマネージャーやアジャイル開発におけるスクラムマスターは、エンジニアとしての経験がマストです。デベロッパーとしてモノづくりができるようになった若手に、早い時期からスクラムマスターとして管理者の経験を積んでもらうのもいいと考えています。

他社でも、若手のスクラムマスターが増えています。立場にとらわれず、若手でもどんどんチャレンジしてほしいと思っています。

「今まで」と「これから」のギャップが生む対立構造をどう乗り越えるか。

これからの人材像をどう描きどう実現していくのか、新しいチャレンジであり、そういう意味では大きな節目を迎えられているのではないかと思います。
新しい人材像を描く必要性を感じた、きっかけはどんなことだったのでしょうか?

髙橋様:まず、人材育成を抜きにしても、ユーザー満足度の高いアプリケーションをスピーディに作るためには、外部委託ではなく内部の人材による開発が理想です。現在はデベロッパー集団による対応を試みていますが、部門単位の取り組みでは進みが弱く力不足と感じます。

会社の方針として、人材育成に投資することが必要でしょう。

しかし、恐らく経営層にとっても課題が漠然としていて、解決への道筋が不明瞭なのだと思います。さらに、技術的な難しさも年々増していますよね。いわゆる「普通」の開発が難しくなってきているのを感じます。

今後どのような人材像を描き、どのように育てるのか。大きなチャレンジが必要です 。

ビジネス的な観点と技術的な観点の両面に課題があるということですね。恐らく他社でも同じような状況に直面しているのではないでしょうか。

髙橋様:そうですね。それに対してどう対処していくのか、我々も非常に関心を持っています。

例えば、通常の業務や部署から距離を置き、自由に人材育成やマネジメントをする「出島特区」を設置するという方法や、教育ルール作りからスタートする方法、あるいはSAFe(Scaled Agile Framework。企業規模でアジャイルプラクティスを導入するための一連の組織およびワークフローのパターン)で組織的に取り組む方法をとるケースもあるようです。

今までとは流れが変わることへのギャップや抵抗感などはあるのでしょうか?

髙橋様:ギャップが大きい分、これまでのやり方で当たり前にやってきた人たちと、変えていきたいと思う人たちで対立するような構図になってしまうことはどうしてもありますが、だからこそそこをいかに上手く橋渡ししていくかというところに、私としてはやりがいを感じます。

一足飛びに理想的な姿に辿り着けるわけではありませんから、結局は地道にやっていくしかないのですけどね。

まさに、市谷さんが講演のなかで話されていた「越境」や、対立しがちな両者の間の橋渡しをする方法、仕事の進め方といったロールモデルが、非常に良いヒントになりました。

それらを取り入れながら、働き方や人材育成のあり方を徐々に変えていけるよう、会社として舵を切っていけたらいいのだと思います。大きく鉈をふるうように一気に変えることは難しいですね。

そうですね。「今まで」と「これから」とのギャップが、二項対立と言われるような状況を生むことはよくありますが、対立関係の上では歩み寄りが難しく取り組みが一向に進みません。
刻一刻と変化する環境やニーズに適応するためには、技術そのものの善し悪しは問題ではなく、それぞれが活きる場所や適した使い方を知った上での柔軟な対応が求められます。
とはいえ、今までと違う方法も選択肢に入れ、臨機応変に採用していくというのは大きな組織では難しいところですね。
講演でもお話しましたが、これは「技術課題」というより「適応課題」なんですよね。単にやり方を学ぶだけでは解決が難しい。こういった新たな課題や、その乗り越え方についてはどうお考えですか?

石川様:対立関係ではなく、全体としての大きな目的に向かって方向性を揃えられるのが理想です。適材適所でどちらも尊重しながら進められるように、意識して取り組んでいます。そのためにも、まずは会社の方針や価値基準を明確に示すことが大事だと思います。

マネジメントというのは、物事をスムーズに進めていく上では必ず必要なものですよね。あくまでも手段であって、目的化することは避けねばなりませんが、実際は管理に特化した結果、いつのまにか「管理のための管理」を組み立てているという状況に陥りがちです。

ビジネスと向き合う経営の視点と、プロジェクトを進める現場の視点をそれぞれ活かしながら進んでいくために、プロジェクトマネジメントという役割についても会社としての定義付けを明確にすることで社内に意識付けしていくことが必要です。